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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

蛙の自殺

作者: 雑文家

ふと思い出した子供のころの記憶です。

当時は無邪気でしたが、なにげなく残酷なことをしていました。できてしまいました。

 小学二、三年生のころ、わたしはよく近所の公園で遊んだ。公園にはブランコと滑り台と砂場とベンチとコアラやゴリラの置物があった。

 出入り口に公園の名前が掘られていたが正式な名前は忘れた、というより覚えること自体しなかった。皆、置物からコアラ公園と呼んでいた。ゴリラ公園でも良いのだが、そうは誰も呼ばなかった。

 秋が完全に閉じ、雪が降るまで間もないだろうという日頃も三つ歳上の姉と砂場で遊んでいた。冬にわざわざ外で砂遊びするなど、大人になった今では気が知れないのだが。

 砂場は二、三十センチの高さのコンクリートの縁があって、その縁際を掘っていた姉が変な声をあげた。

 近づくと、穴の底に蛙がいた。種類はわからない。見てわかるのは雨蛙くらいで、牛蛙や蟇蛙など名前は知っているが区別する自信はなかった。

 姉は怖がり、わたしは嬉々と持ち上げた。蛙は子供の掌を広げたくらいの大きさであった。湿った土のように冷たく、ゴムの水袋のような感触であった。蛙にしてみれば、さぞ迷惑なことだったろう。

 しかし、こんなところで冬を越そうとする蛙も蛙だ。近くに水場などないのに、どこからやってきたのか。

 蛙を砂場の縁の上に乗せる。起きているのか寝ているのか、生きているのか死んでいるのか、定かではないほど動かない。

 蛙の脇腹をつついたり、仰向けにしたり、腹を押したりしていると、陽光と手で温められたのか少しずつ動き出した。けれど逃げるようなことはせず、緩慢で、鳴くこともしない。

 姉は横でおっかなびっくりというより気持ち悪そうに、けれども怖いものみたさといった具合で見ていたが、年長者としての威厳を示すためか、可哀そうだからやめるように言った。

 わたしも動かない蛙に飽きたので、やめるのはやぶさかではないが、せっかく手に入れたのだから惜しくもあった。けれども家に持ち帰り、飼うまでの労力を払いたくもなかった。

 それに、蛙にとってもなにが最善なのかわからない。このまま捨て置けば、寒さで一晩を越すこともできまい。かといって、自力でふたたび土中に戻ることもできまい。姉と相談し、埋めてやることにした。

 砂場ではまた掘り起こされるだろうから、場所を変えることにした。蛙を持ちながら公園内をぐるっと回り、ブランコのそばの、なるべく土が柔らかい場所にした。

 蛙をわきに置いて姉と穴を掘ったが柔らかいのは地表のわずか数センチで、すぐに堅くなった。

石などで削るように掘ったが、二人ともすぐに飽きてしまい、蛙がようやく埋まるくらいで止めることにした。蛙はいつのまにか一メートルほど離れた場所に動いていた。

 蛙を穴の底に置き、被せされる土が薄いから、少しでも寒さがましになるように捨ててあった砂遊び用の小さなプラスチックバケツを被せて土を埋めた。

 次の日、姉は同級生と遊びに出かけ、わたしだけコアラ公園に行った。蛙を掘り出して遊ぼうと思ったからだ。

 蛙を埋めた辺りに人が立っていた。立っていたのはわたしと同じマンションに住む友人であった。

近づくと異臭がした。なにかが腐った臭いだ。友人が指さす方には蛙がいた。仰向けになり、四肢をだらしなく広げ、蝿がたかっていた。どう見ても死んでいた。冬でも蝿はいるらしい。被せたはずのバケツは少し離れたところに転がっていた。

 友人はブランコで遊ぼうとしたところ、異臭を嗅ぎ、蛙に気がついたという。蛙が自ら土中からでてきたとも思えないから、野良犬にでも掘り返されたのだろうか。

 わたしは死んでから掘り返されたのか、掘り返されてから死んだのかが、ふと気になった。掘り返しされたのが先だったら、蛙を殺したのは掘り返した者だろう。

 先に土中で死んだのだったら、原因は深さが足りず、寒さが蛙まで届き死んだのかもしれない。そうなれば殺したのはわたしと姉だ。しかし、蛙を最初に掘り返したのは姉なのだから、わたしに責任はないとも考えられる。

 それでは姉が可哀そうな気もしたので、さらに突き詰めた。そもそも、砂場なんかで冬眠をしようとした蛙自身に責任があり、だとすればこれは蛙の自殺だろう。

 わたしも友人も、臭いが届くブランコで遊ぶ気にはなれず、そもそも公園で遊ぶこと自体興ざめといった具合になった。家でゲームをして遊ぼうかという話になり、蛙をそのままにして公園を出た。

友人には昨日、蛙を見つけてそこに埋めたことは言わなかった。家までの数分間、なんのゲームをして遊ぼうかと話しているうちに、自殺した蛙の存在は忘れてしまった。

 帰ってきた姉も忘れたのか、興味がないのか話題に出ることはなかった。

 一週間後に公園に行ったとき、蛙もバケツも穴も臭いも跡形もなかった。

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