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09 応えられない

 首筋に当たる熱を帯びた痛みに、シルヴィアは目を開ける。いつ力を込めて刃を引かれるかわからない恐怖……その恐怖が薄いことに、目を細める。


「……お前の、お前のせいで」


 泣き声混じりの恨み言。向けられる覚えのない恨み。いや、これは女王に疎まれる娘がここにいたせいで起こったこと。恨まれても仕方がないのだろうか。


「全部、わたしのせいなの?」


 水を打ったように静かな声音に、籠もっていた殺気が怯む。


「わかってる……父さんが言っていたから、わかってる。だけど……」


 首筋にあった刃が離れ、剣が落ちた音が静かな場にうるさく響く。

 シルヴィアの後ろに立っていたデニスは座り込み、声を上げて泣く。エーファの首が掲げられてすぐ、アルミンに地下室の奥に隠されたのだ。家族の死の間際に眠りの術で寝ていた。

 目が覚めたのは全てが済んでからだ。

 怒りも悔しさも悲しみも恨みも、やり場のない気持ちをシルヴィアにぶつけているに過ぎない。

 今までのシルヴィアならばデニスの気持ちをぶつけられても、なにも出来ずただ泣き、殺されても文句もなくそのままだっただろう。

 だけど、目の前にいるシルヴィアは今までとどこか違う。

 怒りと憎しみ、それと鬱々とした哀愁。

 今までのシルヴィアならばそういった感情を外に出さなかったのではないだろうか。

 デニスに差し出された手は嬲られるだけで終わるものかと言っているようだ。

 今までのデニスが知っている彼女の表情ではなかった。どこかでなにもかもを諦めたような表情だった力無い少女の顔ではない。


「シ、シルヴィア様……?」

「わたしはもう、女王になんて負けない。弄ばれるだけの子供じゃない」


 デニスは背筋が震える。

 黒い髪に雪のように白い肌、血のように真っ赤な、唇は妖艶だ。か弱い小さな王女だった彼女が、大きく見えた。

 自分の中に芽生える負の感情は、彼女さえ居なければとざわめく。

 ドミニクが彼女を連れて来なければ。

 怪我が治ってすぐにでも、城へ送り返していれば。

 女王に疎まれるような姫を家に置いたばかりに……

 落とした剣が指先に触れた。


 ――家族の敵は目の前にいる。


 殺気の籠もった一筋をシルヴィアは後ろに避ける。

 デニスから再び剣を向けられると思っていなかった彼女は体勢を崩し尻餅をつく。避けたからといって、殺気が消えるわけではない。デニスの剣には明確に殺意が宿っており、振り下ろされた剣を躱すも、避けきれずに血を溢す。


「あなたがどんな決意をしたって、僕の家族はもう……帰って来ない!」


 デニスから向けられる感情にシルヴィアは応えることが出来ない。

 殺されてしまった人たちは、彼女にとって家族と同然だった。初めて助けてくれたドミニクを、なにも言わずに受け入れてくれたエーファを、心からの安らぎをくれたザシャを助けたかったに決まっている。悲しみに浸りたいのはデニスだけじゃない。


「シルヴィア様……シルヴィアが居なければっ……!?」


 振りかぶってくる剣を術で編み出した氷の剣でなんとか受け止める。

 剣なんて扱ったことも、触ったこともない。殺そうとしてくるデニスには剣術の嗜みがある。兵士を相手にしていたように、間合いの外から攻撃ではない。間合いの内からの攻撃に防御が間に合わない。一対一での戦いにおいて術しか手段のないシルヴィアには分が悪いものだ。

 男女の差だってある。圧倒的な力、体力の差だ。書庫に籠もって本ばかりを読んでいたシルヴィアは同じ年頃の娘よりも体力が少ない。

 デニスからの剣を躱しきれず、いくつも傷を作る。致命傷にならないのは彼女の術の精度がいいからなのか、デニスの殺気が感情に任せたままだからだろうか。

 シルヴィアの白い肌から流れる血は、誰よりも鮮明に赤い。


「デニス、わたしが死んだって誰も、生き返らない」

「そんな事、わかっている!」


 デニスの剣がシルヴィアの頬を掠める。


「それでも、僕はお前が憎い! お前がいなければと思う!」


 デニスの剣がシルヴィアの胸を切り裂き、赤い血飛沫が舞う。


「どうして、シルヴィアが生きていてさ、僕の……っ」

「っ、そんなの……わたし」


 このままでは殺されてしまうと、デニスに対抗出来る術がないかと記憶を探る。傷を、血を流し過ぎたのだろう。頭に靄がかかったかのように上手く思い出せない。

 焦るばかりで、術を構成してはやり直す。デニスから後退し、逃げに徹するばかりで埒があかない。

 振り下ろされた剣を弾くことが出来たって、次の剣技が来る。

 光が瞬きデニスの目を眩ませた。


「っ、死ねよ。僕は……」

「わたしはドミニクに助けて貰った。……助けてくれたのは」


 一瞬の光では大した目くらましにもならず、目の前には血の付いた剣が振り下ろされてくる。剣を躱すために、一か八かで術を使っても一時しのぎにもならない。剣を躱しては、躱しきれずに再び傷を作り、間合いを取ろうとしては詰められる。


「父さんのせいにするな!」


 デニスの振り下ろした剣が魔法陣に弾かれ、 シルヴィアを中心に展開した魔法陣がデニスを弾き飛ばす。


「なっ! ……逃がすか」


 伸ばした手はシルヴィアに触れる事無く、彼女は消えた。

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