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07 毒林檎

 クリスティアーネの君臨する城はとても静かだった。

 彼女が暴君というわけではない。ただ、笑顔というものが少ないのだ。女王となる日のためにと、アメリアは過分な勉強を強いられ疲弊し、シルヴィアを痛めつけていたクリスティアーネを知る者たちは、いつその矛が自分に向けて振り回される日が来るかもと、怯えていた。


「鏡よ、鏡。この世で一番美しいのはだあれ?」


 クリスティアーネを苦しめていた二人が居なくなってから、政務に追われていた彼女は、癒やしを求めるように真実の鏡を使った。そんな術があったこともつい最近まで忘れていた。一息つこうと手にした茶の中に映った自分の姿に思い出した術だ。

 自分よりも美しいと映し出されたシルヴィアはもう居ない。


 ――居ないはずだった。


 自信に満ちていた声音は、金切り声と変わる。

 鏡の映し出したそれは、シルヴィアの屈託のない笑顔だった。

 城に居た頃よりも血色の良い顔に、艶やかになびく黒い髪。子供だった彼女はすっかり年頃の娘だ。


 シルヴィアが生きていた。


 その事実がなによりも許せない。思い付くのはドミニクの裏切りだ。当然、裏切りを許すことはありえない。クリスティアーネの怒号に慌ててドミニクを呼びに走る従者の顔は恐怖に青ざめていた。



 王都から荷物だとドミニクの屋敷に届いた木箱には沢山の林檎と当主ドミニクの頭が入っていた。

 荷物を改めた下僕はあまりの出来事にその木箱の中身を溢してしまう。転がるドミニクの頭に執事頭は腰を抜かす。彼らにしてみれば自分の主人が物言わぬ形で、モノのように箱につめられているとは思うわけがない。

 箱が開けられたことを見定めたかのようにドミニクの屋敷に兵がなだれ込む。

 指揮を執るのは女王クリスティアーネ本人だ。彼女への裏切りは国への反逆だと、見せしめの意味も込めて彼女はここに立つ。


 オーブオリース王国の旗が掲げられる様子に屋敷の者は右往左往するばかりだ。自分たちが国を裏切った覚えもなければ、反逆の汚名を着せられるいわれもない。

 兵たちは屋敷の人間の皆殺しを命じられていた。手当たり次第に命を奪う所行に、奪われていく恐怖に、屋敷には阿鼻叫喚で溢れていく。

 ドミニクの本邸である屋敷には使用人たちの家族も暮らしている。その家族、老人も子供も関係なく殺されていく。

 逃げ惑う人々に、追いかける兵士ら。


 シルヴィアも自分の身を守ることに精一杯だ。一緒にいるザシャも恐怖で涙が止まらない。兵士から隠れるように逃げ回るしか手段はなく、どうすることも出来ない。

 目の前で殺されていく人に助ける為の手を差し伸べることが出来ない。力のなさに打ちひしがれるが、そんな場合ではない。

 目の前で斬り殺される侍女の恨みがましい眼が、シルヴィアの心を抉る。心に深く傷を切り込むような眼差しに動けなくなってしまう。


「し、ジルビアざまぁ!」


 シルヴィアに振り下ろされた剣から逃すように腕を引くのはザシャだ。

 シルヴィアを守ろうと必至な様子で、手を握る彼女も体が震えている。


「ザシャ……声が」


 ザシャのくぐもっていても、聞けた事が嬉しい。こんな時でなければ素直に喜べるのにと悔しい。恐怖に顔を強張らせていてるザシャを守りたい。

 今まで読んだ沢山の魔術の本の中には、攻撃に特化したものもあったと思いおこす。そこに記されている術は恐かったが、一緒に記されている陣の美しさに読まないという選択はなかったのだ。

 初めて使う攻撃の術はシルヴィアに剣を振り下ろそうとしていた兵の両腕を奪った。

 目の前で派手に血を溢す様子に恐怖がざわめく。

 青ざめながらも、二人はお互いの手をしっかりと握りそこから離れる。


「わたし……わた、し……」


 人を傷つけた恐怖を懺悔の言葉にして、目の前で起こっている殺伐とした恐怖を、殺されるかもしれない恐怖を、ザシャが死んでしまうかもしれない恐怖も一緒に、救いを求める祈りの言葉にして呟き、シルヴィアの体は震えていた。

 声を出せたといっても、長く使われていなかったザシャの喉は簡単に音を出してくれるはずもない。シルヴィアを慰めたくても、声は音にならない。シルヴィアを元気づけるようにザシャは彼女を抱きしめた。


「ザシャ……?」


 止まることなく流れる涙に、今ここにある恐怖がどれほど恐くても、シルヴィアを守らなくてはと、自分は彼女よりも年上なのだからしっかりしなくてはいけないと、ザシャはシルヴィアに向かって微笑む。

 シルヴィアに字を教えられてからザシャの世界は広がった。声をなくしてから人と関わることのないように、自分の内に閉じこもるようになっていた彼女の殻を破ったのはシルヴィアだった。

 人との会話が、筆談が楽しかった。人と関わる事が楽しいと思い出させてくれたシルヴィアには感謝しかない。

 彼女を支えることが出来るのは自分だけだと、シルヴィアの手をしっかりと握り締める。


 シルヴィアの恐怖を和らげるように握り締められた手に、恐怖を押し殺すように笑顔を向けるザシャの瞳は諦めてはいないとはっきりと感じられた。

 恐いと震えてはいられないとザシャに頷き返す。

 生き残らなければ先はない。殺されていく力のない人を守らなくてはとシルヴィアは術を使う。

 風を起し、兵の動きを阻害する。彼らの足元を凍らせては逃げる時間稼ぐ。屋敷を守る任に就くドルチェ家の私兵も、シルヴィアの術に助けられるように働きをよくした。


 だが、そんなものは焼け石に水だ。

 国を挙げての挙兵に一領主の、屋敷一つを守るだけの私兵が敵うはずもない。当主の留守を預かるエーファの首が晒され、アルミンが命を奪われてしまえば彼らの戦意などあっという間に消えてしまう。

 戦意の失った者も関係なく、クリスティアーネの命令は彼らの命を奪う。


 もう駄目かもしれないと、ザシャの脳裏を諦めの一言か過ぎる。

 ザシャは術を放つシルヴィアの気を惹くために手を強く握る。

 シルヴィアの気が付かないところに敵でも居たのかと、ザシャに気を向けたシルヴィアにザシャは口付けをする。

 突然のことに見開かれた瞳はすぐに閉じられ、力をなくして崩れるように倒れるシルヴィアをザシャはゆっくりと横にした。

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