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04 久し振りの目覚め

 夜の森は昼間に見せていた姿と違った。

 か弱い月明かりでは足元はなにも見えず、庇護をなくした子供には木々のざわめきさえ恐怖を湧き起す。

 ドミニクの言葉を信じて森の奥に入ってしまって本当に良かったのだろうかと、日が沈んでから後悔のように思い立つ。彼を信じられる理由はどこにもないはずだ。

 恐いと声を上げられるはずもなく、言われた通り真っ直ぐに進む。木の根に足を取られて転ぶのは何度目だろうか。スカートの裾はもうボロボロだ。立ち上がろうとして、痛む足に叫び声を上げる。


「大丈夫か?」


 突然かけられた声にシルヴィアは息を呑む。

 声の主の顔は暗くてよく見えない。害意のある相手なのか、親切心で声をかけてくれたのかわからず、動くに動けない。こんな時はどうしたらいいのだろうかと、考えても、恐怖が先に立ち、上手く考えられない。


「女の子がこんな所に……足抜けでもしてきたか?」


 質問の意味がわからず黙っているシルヴィアに声の主は溜息を溢す。


「まあ、アレだな。足抜けしてきた奴が話をするわけないか」


 一人で勝手に納得している声の主はシルヴィアの腕を引き起す。

 急に体勢が変わったことで足に痛みが走り、悲鳴を上げ、声の主に体を預ける。立っていられないほど痛い。


「怪我、してんのか?」


 頷く事でなんとか伝えたシルヴィアは痛みと恐怖、緊張に意識を失ってしまった。


 久し振りだと思うくらいシルヴィアはよく寝たと目を覚ます。

 アロイスが毎夜の如く通ってくる日々に、安息して休める夜はなかった。さらにいえば、クリスティアーネが様変わりしてからは昼も夜も心が休む暇はなかった。

 体の疲れを癒やされたと思うほどの目覚めは気持ちがいい。今居る場所を確認しようと顔を上げたシルヴィアに声が掛かる。


「起きられましたか。シルヴィア様」


 部屋の壁際にある椅子にはドミニクがいた。今まで読んでいたのであろう本を、無造作に椅子の上に置いたドミニクは、シルヴィアの額に手を乗せる。


「熱も落ち着いたようで安心です」

「ここは……」


 狭く飾り気のない壁に、ただの布というようなカーテン。今寝かされていたベッドも見たことがないほど小さい。今までシルヴィアが使っていたベッドは王族が使う高級品だったために大きく、比べられるようなものではない。


「ここは城中ではありません。あなたが寝ているこの三日間で、世間ではシルヴィア王女は死んだことになっています。クリスティアーネ女王が気が付くまででしょうが」


 気が付くまでとは不吉な物言いだ。だが、逃げられたならばどうでもいいかと聞き逃す。


「どうして、わたしを助けてくれたのですか?」


 今までシルヴィアに手を差し向けてくれる者はいなかった。国王である父と母を恐れてシルヴィアを助けようとする者はいない。空想の中でシルヴィアを助けてくれる妖精はいても、現実にはいなかった。


「苦しんでいる子供を助けるのに理由が必要ですか?」


 偽善にしか聞こえない言葉でも今のシルヴィアには染み入るものがある。手を胸の前で組み合わせて肩を震わせ、押えていた感情が決壊したように、今まで上げられなかった声を全て出してシルヴィアは泣き出す。

 最後に大声を上げて泣いたのは、夜アロイスが通ってくる前に遡るくらい前だ。助けを求める方法もわからず、一人で悩んでいる内に事態はどんどん悪くなっていく一方だった。子供にできる対処なんて一つだけ。

 大きな声で泣けばいいだけと、言われているような安心感を今のシルヴィアは抱く。


 落ち着いた頃合いを見計らって、ドミニクはシルヴィアが寝ている間にあったことを掻い摘まんで話す。

 アロイスが死んだこと。

 姿を消したシルヴィアはアロイスの死を嘆いて自殺したことにされたこと。

 アメリアが成人して女王となるまで、クリスティアーネが女王として君臨すること。

 これだけのことがシルヴィアの寝ている間に、短期間にと驚いてしまう。


「最高評議会の七人のこびとはアロイス国王のあなたへの偏愛を危惧しておりました」


 クリスティアーネが手を下さなくても、時期さえ定まればアロイスは失脚させられることが決まっていたが、まだシルヴィアとアメリアの姉妹が幼いために見送られていた。

 クリスティアーネをはじめとしたアロイスの家族には伝えられてはいない。王の失脚など、醜聞もいいところ。当の本人からしても気分のいいものではないだろう。

 それに次の王を任せるに値する者が居なかったために、七人のこびとはなにもせず静観していただけだった。

 早まってしまった事に七人のこびとの慌てようといったらない。それを黙らせたのはクリスティアーネだ。アロイスを殺した大義名分を整え、周囲を黙らせ、女王として君臨することになった。

 彼女に本当の忠誠を向けるものがどれ程いるのかわからないが、他に王を任せられる人物もいないのだから仕方ない。


「あなたはこれからどうしますか?」


 どうすると聞かれても、シルヴィアに答えられる訳もない。城の中の世界しか知らなかった。自分勝手な愛を向けられてきた。いわれのない罰で、蔑まれてきた。

 やりたいと思うこともなければ、なにが出来るのかも知らないのだ。

 返事に困って俯き、布団の端を握る。


「暫くは我が家で過ごされるといいでしょう。それとこれだけは」


 シルヴィアは顔を上げる。


「王女だったことは忘れて生きていくことになります。そのお覚悟だけは持ってください」


 それは自分の力で生きていくということ。誰の庇護もない一人の人間だということだ。まだ子供のシルヴィアにその覚悟を持てと言うのは酷なものだろう。


 市井ではシルヴィアよりも年下の子供が一人で生きている事例はいくらでもあった。世間知らずなお姫様は当然それを知らない。今、シルヴィアが寝かされていた部屋だって、女が春をひさぐのに使う部屋だ。シルヴィアが、王女がそんな場所にいるとは誰も思わないだろうと、ドミニクが手配したのだ。世間には過酷な場所は沢山ある。


「名前を改める必要もありますね。えーと、……」

「どうしても変えなくてはいけませんか?」


 堪えていた涙が落ちる。


「お母様に……名前を呼ばれるの、好きだったから……」


 その母親に殺さそうになっても、母を思う気持ちは変わらない。ドミニクの言うとおり、名前を改めた方が生きやすいと言われれば、そうかもしれないと思う。


「シルヴィア様を守る為には必要なことですから」

「どうしても?」

「そうですね」


 絶対に嫌だというわけではない。変えなくてはいけないならばそれを受け入れる気持ち、子供から仕方がないと思っている。


「では、アッシェンプッテルはどうでしょう?」

「童話のお姫様の名前では悪目立ちします」


 シルヴィアの提案は苦笑いと一緒に却下される。

 慰めるように読みふけっていた物語は必ず幸せになっていた。それにあやかりたいと思っただけに、寂しく睫を伏せる。


「おいおい決めていきましょうか。名前は大事なものですからね」


 城に近い王都に居てはシルヴィアの顔を知る者もいるかもしれないと、身を隠すようにドミニクの領地にある彼の本邸に移る。

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