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02 いつもと変わらない朝だと思っていた

 朝食の準備が整う部屋には既に両親が揃っていた。

 いつものように笑顔で挨拶し、母の側に寄るシルヴィアにクリスティアーネの向ける視線は刺々しい。嫌悪感を隠す事もないその視線にシルヴィアは怯み、体を強張らせる。

 妹のアメリアに対する態度と、昨日までの笑顔と全く違う。クリスティアーネの態度に思い当たることはなにも浮かばない。

 突然のクリスティアーネの変わりようにシルヴィアは混乱するばかりだ。どうしたら、なにがあったのかと、食事が喉を通らない。


 その日が境だった。


 シルヴィアへのクリスティアーネの態度に倣うように城の中で彼女に対する風辺りは強くなっていく。

 顕著に露になっていったのが妹のアメリアだ。小さな嫌がらせから、シルヴィアの立場が悪くなるものまで、なんでもありだった。

  諌めなくてはいけないはずのクリスティアーネは、 アメリアを庇うばかりで、 全てはシルヴィアが悪いと、罰を科す。

  アロイスに至ってはそこに興味を示すことなく、毎夜のようにシルヴィアの身体を弄び、クリスティアーネの折檻で傷ついた身体を労るような事もない。

 アロイスの寵愛をシルヴィアに持っていかれた形のクリスティアーネの顔は険しさを増す。『王国の宝珠』と揶揄された美貌も相まって、その険しい顔つきに周囲は恐怖を覚えていた。


 唯一といってもいいほど、シルヴィアが心を落ち着かせられるのは本に没頭している間だけだった。王妃に疎まれる王女を相手にしようとする大人はなく、彼女は一人で過ごすことが多かった。

 書庫の奥で見つけた古ぼけた物語の主人公に自分を重ね合わせる。同じように虐げられる境遇のお姫様。見初められた先の王子様と幸せに暮らす結末に夢を見る。

 積み上げられた魔術の本に寄りかかり、シルヴィアは厨房からくすねた林檎を囓った。

 甘酸っぱい果汁が口いっぱいに広がる。

 あふれ出す涙が、本のページにシミを作った。

 どうして自分だけがと、物語の主人公のように上手くいかないのはなぜと、いくら考えてもわからない。答えがでるようなものではないと、幼いシルヴィアにわかるわけもない。

 声を上げることなく、気の済むまで泣いたシルヴィアは魔術の本に手を伸ばす。

 意味もわからずに読んでいる魔術の本にある陣の美しさに興味を惹かれ、文字を辿ることがただ楽しかった。


 その日のクリスティアーネの癇癪は特に酷かった。シルヴィアの何が気に入らないのか、些細なことに彼女は腹を立てては硝子の酒杯をシルヴィアに向けて投げつける。硝子の破片がシルヴィアの頬に一筋の朱線を引く。


「なにをしている!?」


 たまたま近くを通りかかったアロイスがその様子を目撃する。

 可愛くて堪らないシルヴィアへのクリスティアーネの仕打ちは目に余るものがると、常々思っていたところだった。

 その原因が自分にあるなど、思いもせずに、自分がシルヴィアにしていることは棚に上げてだ。

 大事な娘の顔に傷を付けるなど、実の母親であっても許せない。

 痛みに涙を溜めて、溢すまいとしているシルヴィアが不憫だと、妻であるクリスティアーネに怒りを向ける。


「シルヴィアの、娘の顔に傷を付けるとは、なにをしているんだ!」

「これはシルヴィアが……」

「言い訳など要らないぬ! 母としての自覚が足りないのではないか!?」


 娘の体に溺れる男に母の自覚を言われる覚えはないと、湧き上がる怒りに、クリスティアーネはアロイスへの気持ちが冷めていく。


「お母様はなにも悪くありませんわ」


 クリスティアーネを庇うため、縋り付くシルヴィアの姿が不憫だと、アロイスは彼女の背を撫でおろす。体がビクリと反応する様子に男の微笑みが漏れる。


「シルヴィア……なんて優しい子なんだ」


 抱き合う二人にクリスティアーネは冷えた視線を向ける。

 子供に、憎い娘に同情を、情けを向けらる覚えはないと、はらわたが煮えくり返る。

 焼き付けるような憎悪にクリスティアーネは黙ってその場を離れる。二人がこの後なにをしようと、どうでもいい。立ち去り際に見えた二人の口付けも、自分には関係のないものと思えた。

 ただ、二人への憎悪、嫌悪感だけが増していく。


「シルヴィアさえ居なければ……」


 こんなにも苦しい思いをすることはなかったと、近くにあるものを手当たり次第に投げる。誰も、彼女を止めようとはしない。クリスティアーネの憎悪が自分に向くことを恐れているのだ。

 シルヴィアへの態度を苦言したもののほとんどは城から追い出されていた。命が残るだけマシなのかもしれない。少しでもシルヴィアへ同情を向ければいわれのない罰を科され、中には首を跳ねられるものもいた。自分の身が大事と誰も幼い王女の味方をする者はいない。


「クリスティアーネ様。そのお美しい御手を、そのような醜い事に使ってはなりません」


 呼び出しに応じていたドミニク・ドルチェは、クリスティアーネを労るように彼女の手を握る。彼女はそれを汚いものかのように振り払い、一瞥する。

 一介の貴族が簡単に王妃に触れていいようなものではない。それを許してしまう隙があることに、クリスティアーネは気が付いていない。気が付いていてもどうでもいいと、思っているのだろう。


「あの子が視界に入る。それだけで鳥肌が立つ……」


 千切るように髪飾りをむしり取り、投げ捨てる。壊れ散らばった宝石を侍女たちは拾う。それすらも彼女も気に入らないと、近くで屈んでいた侍女を蹴る。


「シルヴィアを森に連れて行って、殺して! 殺したら肺と肝臓を取ってきて!」


 吐き捨てるような命令にドミニクは恭しく頭を垂れた。

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