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14 取り残された想い

 シルヴィアに害意を向けていたクリスティアーネが目の前で焼け死んでいった。事はあまりにもあっけない。嫌いだと、母を魔女だと叫んだ想いだけが取り残されてしまっているようだった。それでも、目の前で無様に殺されてしまったことを憐れだと感じる。その程度の気持ちしか母に抱くものはないのかと、燃え残っている負の感情を見つめるようにクリスティアーネから目を逸らさずにいた。


 肉の焦げ付いていく匂いを気にもせず、アメリアはクリスティアーネの居なくなった玉座の前に立つ。

 尊敬していた父が座っていた玉座。大好きだった母がしがみついた玉座。次にこの玉座に収まるのは自分かと、その肘掛けに手を乗せ身震いし、満足げに腰を下ろした。


「鏡を見て、お姉様」


 促されるまま真実の鏡を覗き込めば、シルヴィアの幼い頃姿が映し出されていた。粟立つ肌が先か、思い出された恐怖が先か、無理やりアロイスに体を開かれていく様を鏡は無機質に流している。

 忘れてしまいたい過去。

 なかったことにしたい過去。

 恐怖と絶望。見せられる過去の映像はシルヴィアの心をズタズタに引き裂く。


「……やめて」


 震えるシルヴィアの声に誰も反応しない。


「やめて!」


 意図せずに放たれた術が鏡に亀裂を入れる。ひび割れた鏡には、アロイスとシルヴィアの情事が消えずにそのまま映っていた。

 鏡を見たくないと藻掻いても、騎士の拘束は外れない。


「父親を、子供でありながら誘惑するなんて」


 顔を上げたシルヴィアは信じられないものを見るようにアメリアを

凝視する。


「さあ皆様。傾国の幼子。蠱惑の魔女の断罪を始めましょう」


 幼い頃シルヴィアへ向けられていた加虐的な笑みに冷や汗が流れる。あの物足りなそうな笑顔をしているときほど、アメリアは恐ろしい。


「全ての発端はこの蠱惑の魔女のせい。お姉様がいなければ、お父様が色に狂うようなことも、お母様が権力に取り憑かれることもなかった」


 カタカタと震えだした奥歯を無理やり噛み締め、恐怖を押し込める。妹を怖がる必要はないと言い聞かせ、シルヴィアへ敵意を向けるものはアメリアだけだと目を見開く。

 風を起せと、口の中で術を紡ぐ。術の阻害感は術を封じられていたかと、拘束する騎士に微笑みかけた。

 ただ微笑んだだけで、騎士からの封じの術は綻んだ。

 アメリアが気が付いた時には既に遅く、シルヴィアを中心に突風が吹き荒れる。


「お姉……シルヴィアぁ!」


 憎しみに怒りを露わにするアメリアにシルヴィアは掛けるべき言葉が見つからず、そのまま逃げるように走りだす。

 追いかけてくる騎士は、侍女服が足に纏わり付く煩わしさと一緒だ。その煩わしさのすきを探せれば難を逃れられるはずだ。だが、体力も乏しく、術を戦う事に使い始めたばかりのシルヴィアにそれは難しい。術を使いこなしているように見えるが、本に書いてあった通りの事ならば苦なくこなせるが、何分経験が足りず、応用が利かない。致命傷となり得るような傷を避けられていても、その数が多ければ命取りになる。

 おぼつかない足を縺れさせながらも、シルヴィアは必至に走り、物陰となる石壁に背中をもたれかけ、天を仰いだ。

 息を整えるシルヴィアの瞳に滲む涙が落ちる。

 なにが悲しいのだろうか。母クリスティアーネのあっけない死か。助けの手を払いのける妹の憎しみばかりの冷ややかな表情か。

 夜半の気温はシルヴィアに冷たく刺さるように体温を奪う。滲む涙を拭い、追っ手のいないことを確認する。

 足元に浮かんだ魔法陣に、シルヴィアは飛び退く。


「もう、逃がさない!」


 突き上げてくる剣先を尻餅で辛うじて避け、着いた左手が魔法陣に入り込む。


「きゃぁぁぁ……っ!」


 鋭く差すような痛みに、左手が魔法陣縫い付けられたように動かせない。

 シルヴィアを見下ろすのはデニスだ。

 ドルチェ家の屋敷を襲撃された直後と変わらない殺気を漂わせる相手に息を呑む。


「どうして……」


 デニスが王城にいる理由がわからなかった。家を潰されて間もなく、保護もない貴族の子だ。身寄りのない身で登城が出来るはずもない。


「どうして? 理由なんか必要ないだろう」


 振り上げられた剣を視界に混乱する頭を引っかき回すように術を探す。逃げなくては。生きなくては。殺されたくない。

 口の中で紡いだ術の失敗に、神様と助けを請うように呟く。


「デニス!」


 刃がシルヴィアの間近で止まる。向けていた殺気を霧散させるようにデニスは舌を打つ。


「ニクラス。邪魔をしないでくれ」


 デニスを止めたその男の金の髪に、優しそうな色素の薄い瞳。どこかで出会ったことがあると言われればそうかもしれないと感じた。だけど、シルヴィアは彼の事は知らない。有り体にいえばこの国でよく見かける顔つきの男だ。それでも整った顔立ちは同じような年頃のデニスをくすませる。


「か弱いお嬢さんが殺されそうになっていれば誰だって止めるだろう?」

「シルヴィアはか弱くなんて……」


 涙に濡れた瞳は星の輝きを映し、半開きの口元は熟した果実ように柔らかそうで、破れた衣服から覗く血の滲む肌は艶めかしく、デニスは一瞬誰を相手にしていたのか忘れ、頭を振りシルヴィアの名前を思い起こす。


「シルヴィアって……アメリア様の?」


 男の問いにシルヴィアは黙って見つめる。ただ、視線を男に合わせただけ。それだけで男は顔を赤らめ背けた。


「駄目だ、デニス。それじゃあ、ますます殺させるわけにいかない」

「はぁ?! ふざけんな! 僕の家はこいつのせいで」


 ニクラスの心変わりのような言葉にデニスは納得いかない。王城に入る理由をくれた仲間であっても、シルヴィアへの殺意を抑えつけられる覚えはない。


「違うだろう? 全ては鏡の魔女クリスティアーネのせいだ。間違えるな」


 子供だと今まで隠されていた事実を家をなくしたデニスは知った。今、なにがあって女王が国の頂きにいるのか、傷みはじめた果実をどうすべきなのか、短い間に教えられた。父親がなにを思ってシルヴィアを保護していたのかを。

 ニクラスはシルヴィアに対して跪き、手を差し出す。


「我々はあなたを歓迎します。この腐った国を」


 シルヴィアの胸ぐらを掴んだニクラスは吐き捨てるように先を続ける。


「国を腐らせた責任は取って頂きます」

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