13 真っ赤に焼けた鉄の靴
「鏡の術を使えるのはお母様だけでなく、わたくしも使えますの。鏡は嘘をつきませんわ」
アメリアは大きな鏡に真実を映す。
あの日、アロイスが苦しそうに血溜まりに顔を埋め、クリスティアーネがなにもせずに見ているだけの姿。
「これは……なにかの間違いよ! 術が未熟だわ!!」
「わたくしだって、あなたを信じたかった。でも、あなたはこのわたくしも処分しよう考えて見張りを付けていたのでしょう」
「それはアメリアの為を思っての事よ」
「常に見張られた生活が私のため? 違うわ。女王の地位を守るためだわ」
話を聞く気はないとばかりに上げられた手を合図に、騎士はクリスティアーネを拘束する。アメリアは声を高らかに夜会の中止を宣言した。
側に控えるように立つ侍女姿のシルヴィアとアメリアを交互に視線を回しながら招待客は後ろに下がり、これからなにが始まるのかと困惑を露わにしている。
今まで実態のないに等しかった彼女の言うことを誰が聞くかと、呪いを吐くかのようにわめき立てるクリスティアーネを黙らせたのは、シルヴィアの冷たい表情だ。
なにを言うでもなく、ただ彼女はそこで事の成り行きを見守っているだけだ。ただそれだけだというのに、クリスティアーネは鳥肌を立ていた。
「早く連れて行って!」
暴れるクリスティアーネをを押さえつける騎士の視線の先にはシルヴィアがいた。アメリアの命令よりも、今まで女王と崇めていたクリスティアーネよりも、彼女の美貌に目が向いてしまう。
それに気が付いたシルヴィアはニコリと微笑む。シルヴィアとしてはニヤリと微笑んだつもりだが、周囲にはそう見えない。彼女の微笑みに、騎士たち心揺さぶられる。
「待って」
引き止めるシルヴィアに、クリスティアーネはどこかホッとしたような表情だ。このまま連れて行かれてしまえば極刑は免れない。弁明の余地を得たと喜んだのも束の間、それは奈落に落とされるようなものだった。
「どこに連れて行くの?」
「罪人の向かう場所といえば、わかりますでしょう」
無慈悲なアメリアの言葉にクリスティアーネは眉間に皺を寄せる。
「……そうね、魔女の刑は火あぶりが常套ですわ。それならば今ここで……」
「なにを、言って……?」
アメリアの呟きに、クリスティアーネの緊張は高まる。嫌な汗が背中を流れる。
「魔女の極刑は決まっているも当然」
「ふざけるな! 私は女王よ! 誰が魔女だ!」
アメリアはクリスティアーネに一瞥を送る。
「我が国父、アロイスを殺したことは明白な事実。真実の鏡に映された通りだ。それだけじゃない」
アメリアの合図に騎士はシルヴィアを拘束する。どう藻掻こうと、シルヴィアに騎士の力を払いのける力はない。
「クリスティアーネの機嫌を損ねた者は姿を消し、一時の美を保つための散財は甚だしい。この夜会だって、国費で賄われている」
「それは全部、必要だから……」
小さく呟きを溢し、逃れようと身を捩るクリスティアーネの前にアメリアが立つ。
「いつも、夜会で賞讃されるのは女王の踊りでしたね」
彼女の前に置かれたのは鉄の靴。
「こんな無粋な靴では、あなたに似合いませんわ」
アメリアは鉄の靴を真っ赤になるまで焼く。クリスティアーネは目の前で焼けていく鉄の靴に顔を引き攣らせて、逃げようと必至に藻掻くが、騎士の力の前では無力だ。術も使えないようにと封じの術が施される。
「この真っ赤に焼けた鉄の靴を履いて踊りなさい」
「焼けた鉄の靴って……アメリアは女王を、お母様を殺す気なの!?」
あまりも残酷な仕打ちに、シルヴィアは術を構築し焼けた鉄の靴に水をかける。真っ赤になるまで焼けていた鉄の靴だ。かけられた水は水蒸気となって周囲に熱を撒き散らす。鉄の靴の一番近くにいたクリスティアーネは拘束されているために直にその熱を直に浴びる。熱いと顔を顰め、体を捩る。
「殺されそうになっていたのはお姉様でしょうに」
自分を憎くみ殺そうとしてくる母でも、やっぱり、シルヴィアにとってかけがいのない母親なのだ。思い出の中の優しい笑顔を忘れられるはずもなく、目の前で殺されそうになれば、痛めつけられれば、助けたいと思う。
「そうだけど、あなたは実の母を殺そうとしているわ」
「そうよ」
当然のことというように悪気も、罪悪感もない返事に言葉を返せない。
「だってこの人、この魔女はわたしくしのお父様を殺して、わたくしの国を奪ったのよ。罪にはそれ相応の罰が必要ですわ」
「……なにが罰ですか。本当に罰を受けなければいけない者は私ではない!」
封じの術を破り、術を放ってくるクリスティアーネにアメリアは一瞥の元に再び封じの術を掛けた。
「これを、解きなさい! アメリア!」
焼けた鉄の靴から顔を背けながらも、訴えるのはありもしないシルヴィアの罪だ。
「国王を誑かした傾国の罪は死よりも重い!」
ボッと音を立てて燃え出す鉄の靴。
「許さない……お前達姉妹を私は絶対にぃぃ……ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ」
肉の焼ける匂いとクリスティアーネの悲鳴が会場に響き渡る。あまりのことに倒れてしまう者まで現れる。女王主催の夜会と意気揚々と着飾っている者だっていたのだ。女王の断罪も処刑も行われると、誰が思うだろうか?
クリスティアーネも意識を手放してしまえば楽になれるかもしれないが、気絶する度に起される。動きが鈍れば鞭まで打たれる始末だ。
アメリアの蛮行ともいえるこの行為を止めることが正しいのだろう。だが、誰一人としてクリスティアーネを助けようと動く者も、進言する者もいない。
拘束を解こうと抗いながらも、シルヴィアはクリスティアーネから目を離せなかった。クリスティアーネを助けようと、術を展開しようとしては失敗していた。なにかに邪魔されてるいるような阻害感だ。
徐々に動かなくなっていくクリスティアーネ。立っているだけだった彼女の膝が落ち、横に倒れる。事切れたクリスティアーネの体が真っ赤に焼けた鉄の靴によって燃えていく。