12 断罪
クリスティアーネの座る玉座にはいつものように家臣たちが跪いている。見飽きたいつもの景色だ。アロイスが死んでからほぼ毎日だ。何を恐れられているのか彼女には見当もつかない。いや、見ない振りをしている。その方が都合がいい。アメリアが成人するまでと、期限を決められていたこの玉座も手放す日が確実に近づいている。
一度味わったこの権力の美酒はそう簡単に手放せるものではない。いずれと思っていても、今はまだこの玉座から離れたくない。
「鏡よ、鏡。この世で一番美しいのはだあれ?」
戯れにと使う術に映し出されたものは遠くて小さい。それでも黒い髪に白い肌。年頃の若い娘だと、美しいのだとわかる。自分ではない憤りに近くに置いてあった花瓶を倒す。鈍い音を立てて転がっていく花瓶から溢れた花を踏みつけた。
鏡に映る黒い髪はシルヴィアを思い出させた。つい最近、裏切り者と一緒に始末した憎い自分の娘。夫を誑かすまで、彼女の美しさは自慢であり、嫉妬だった。
鏡は嫌なものを映し出すと、顔を背けた端に映り込んだものに気が移る。見覚えのある部屋の様子は、もう一人の娘アメリアの部屋だ。よく見れば娘は城に仕える侍女の格好をしている。
「アメリアはなにをしているの?」
近くに控えている侍従はクリスティアーネの問いに緊張をした面持ちで返す。アメリアの一日の予定はクリスティアーネは把握していた。当たり前のように、どこでなにをしていると、いうしか能のない侍従にクリスティアーネは暇を申しつけた。
「アメリアを呼びなさい」
慌てた様子で側から離れていく侍従達を冷ややかに見送る。
クリスティアーネは市井で己がなんと呼ばれているのか知ったのはドルチェ領から戻る途中だった。裏切り者の粛正に旗を掲げて、仰々しく城へ隊列を並べているクリスティアーネの満足していた心に影を落とすものだった。
今まで、彼女の知っているクリスティアーネを飾る言葉は褒め言葉しかなかった。『王国の宝珠』なんてその最たるものだ。
『鏡の魔女』なんて失礼なんてものではない。誰が言ったか、通り過ぎた道すがらに聞こえたクリスティアーネを侮辱する言葉。
これからシルヴィアの死を祝おうと心躍っていたはずなのに、城へ戻ってみれば浮き立つ間もないほど、『魔女』と呼ばれたことがのし掛っていた。
鏡の術に見えた黒髪の娘のせいもあるだろうが、これから始まる夜会を楽しめそうもない。
「お母様、今夜はまた一段と素敵ですわ」
昼過ぎに呼びつけたはずのアメリアは女王クリスティアーネに負けじと着飾った姿で、夜会半ばに現れた。女王の呼びつけに、母の言葉に反抗的な態度は面白くないものがあるが、年頃の娘なのだからと気を静める。
「あなたの側に見慣れない侍女がいるようだけど」
「ああ、新しい侍女を入れましたの。あまりにも黒髪が美しいものですからわたくしの髪の手入れをさせようと思いましたのよ」
鏡の術で垣間見た黒髪はクリスティアーネも嫉妬するほど美しい。それを認めることに嫌悪感があった。
「お母様、そんな事よりもわたくし……」
恭しく顔を伏せた侍女がアメリアの後ろから書状を差し出す。侍女の格好をしていながら彼女は黒髪を自慢するかのようにおろしている。侍女は皆、仕事で邪魔にならないように髪を編み込んでいるはずだった。
「お父様が死んだ真相を知ってしまいましたの」
アメリアの舐るような視線が纏わりつくように気持ちが悪い。シルヴィアへの憎しみのようにアメリアへ特段変わった感情を持ったことはなかった。腹を痛めて産んだ大事な娘。世間一般のそれと変わらないはずだった。
「お母様が女王になるために殺された。ほら、ここにその証拠がありますのよ」
アメリアは侍女の黒髪おもむろに引き上げた。
「!? シルヴィア!」
髪を引っ張られる苦痛に顔を歪めているのは死んだはずの憎たらしい娘だ。生きていたこともだが、ここにいることに何よりも肝を潰す思いだ。 シルヴィアの死体を自分の目で確かめなかったことを今さらながら悔しい。
「お母様! いえ、クリスティアーネ女王」
夜会には似つかわしくしない武装した騎士が会場になだれ込む中、アメリア声が響く。
「違うわね。鏡の魔女クリスティアーネ! 国王アロイス殺害の罪であなたを拘束します!」
クリスティアーネは誰かに担がれて女王になったわけではない。その地位を、毒を持って手にした簒奪者。クリスティアーネを取り囲む騎士たちに招待客は何事かと訝しむ者もいれば、ついにといった顔をしているものもいる。
そして彼らの前には死んだといわれてたシルヴィアがいる。何が起こっているのか、わかっている者は少ない。
「アメリア。なにを言っているのですか?」
クリスティアーネは困惑の表情のまま立ち上がる。シルヴィアだけでなく、アメリアまで自分に楯突くのかと、苦々しかった。