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11 恨まなきゃいい

 幼い頃、まだ父アロイスも母クリスティアーネも誰もが笑顔でいた頃、アメリアは姉のシルヴィアが大好きだった。憧れだった。

 『王国の宝珠』と敬まわれるクリスティアーネに劣らず負けずの美しさ。そこまで歳の変わらない姉妹であるのに、可愛いと美しいと容姿を褒められるのはいつだってシルヴィアだった。

 雪のように白い肌に血色の良い赤い頬、黒檀のように真っ黒な髪。どこをとっても完璧な造形に敵わないと、憧れるしか出来なかった。

 だけど、アメリアはそれでいいと思っていた。見ているだけで満足感を得られるお人形のようなものだったからだ。


 いつも穏やかな笑みだったアロイスの表情が変わったのはいつだっただろうか。

 いつも優しい笑顔を絶やさなかったクリスティアーネから笑顔が消えたのはいつだっただろうか。

 シルヴィアがいびつに歪んだ笑顔を張り付かせるようになったのが先だっただろうか。


 アメリアは大好きだったシルヴィアの変化が一番許せなかった。両親の変化は全部シルヴィアのせいだと、責めるように嫌がらせをした。何をしても大人はアメリアを諫めることがなかった。どんなことをしてもアメリアは許されると増長していった。

 今でははっきりと自分が増長していったわかる。目の前で床に這うシルヴィアには同情を感じなくもないが、やっぱり、シルヴィアのせいでと思ってしまう。


「……姉様は、女王であるお母様をどう思っているの?」


 唐突な質問にシルヴィアはアメリアから視線を外せない。


「女王になられてからお母様は……人が変わったように、いいえ、本来のお母様がああなのかもしれませんけど、残虐で、己の事ばかり。わたくしが部屋に籠もるようになったのも、自分の身を守るためですもの」


 シルヴィアの知るクリスティアーネは優しい母の姿と、嫉妬に顔を歪めた魔女の姿だ。


「わたしにそれを聞いてどうしようというの?」

「そんなの決まっているわ。お母様を失脚させるのよ」


 アメリアは机に置いてあった一輪挿しを手に取り床に投げつけ、その破片がシルヴィアの肌を掠めた。小さな痛みにシルヴィアは幼い頃受けた虐待を思い出す。クリスティアーネの冷え切った表情に体を強張らせ、幾度となく助けを願っただろうか。


「お父様を殺したのは、お母……あの女王ですもの。奪われた玉座を取り返すことはおかしいことかしら?」

「え……? お父様を殺……」


 シルヴィアのなにも知らないと呆けた顔をアメリアは蹴り倒す。


「全部、お姉様のせいでしょ! 知らないなんて……ふざけないで!」


 蹴られた痛みより、口の中に広がる血の味の不快感を拭う。

 アロイスが死んだことは知っていても、その死因を知らなかった。ドミニクがシルヴィアに話さなかったせいもあるが、シルヴィア自身も尋ねなかった。自分を弄ぶ父の死に安堵して、それ以上の事を知りたいと思わなかったのだ。

 今だって、殺されたと聞いても、特別な感情は湧かず、ただその事実を受け止めただけだ。


「なにが、わたしのせいなの? わたしは」

「うるさい! お姉様のせいに決まっているわ。そうじゃないと……わたくしは誰を恨めばいいのよ」


 自分勝手な妹の苛立ちを睨み返す。子供の頃のようにいたぶられているわけにはいかない。


「恨まなきゃいい」


 そんな一言で昂ぶった感情が落ち着くわけがない。暴力に感情を抑えようとするアメリアの手首をシルヴィアは掴む。


「わたしは死んだお父様を恨めばいいの? 自分勝手な欲望をぶつけられ、弄ばれたのよ? あの時、あの日、あの頃、あなたはわたしを助けるどころか、一緒になっていたぶってくれたじゃない」


 シルヴィアの掴む手に力がこもる。


「……もう。そのことはどうでもいい」


 乱暴に放され赤くなった手首を癒やして、アメリアは椅子に座る。

 なにをしても怒らず、されるだけだったはずのシルヴィアの怒りの一端にアメリアは落ち着きを取り戻した。


「恨みは簡単に消えないわ。……お姉様のせいだけじゃないってわかってはいるけど……」


 足を組み、シルヴィアから顔を背ける。


「わたしは、お母様は嫌い。女王であっても、なくても関係ないわ」


 返事のないアメリアにシルヴィアは首を傾げる。


「さっきの、お母様をどう思っているって話だけど……」

「ああ、そんなはっきりお姉様が嫌いだって言うとは思わなくて……」


 シルヴィアの怪我を癒やして、アメリアは床に散らした花を拾い上げた。


「玉座を取り戻すため、手伝ってもらうわ」


 アメリアのその感情を押し込めるような表情は奇しくも母クリスティアーネそっくりだった。


 その日の夜シルヴィアは寝付けないと部屋の端で丸くなっても、眠れなかった。

 この場所が子供の頃暮らしていた城であるせいだろう。さすがにあてがわれた部屋は当時の部屋ではないが、それでもここには幼く辛い思い出が染みついている。

 暖炉の火は燻りを残すだけで夜の部屋は冷え切り、外では雪が舞っているというのに、シルヴィアは寝付けないベッドの中に戻ろうとしない。震える肩をさすり、少しでも温めようとするが、無駄なあがきだ。

 少しでも目を瞑ると浮かび上がってくるアロイスの顔。ベッドで行われた悍ましい記憶を消せずに怯えていた。今はもうアロイスは居ないと知っているのにだ。ベッドから引きずりおろした毛布にくるまっても、体の中をぐしゃぐしゃにかき回された苦しい過去の記憶が襲ってくるために、毛布は投げ出されていた。


「……ザシャ……」


 呟いた名前に涙が溢れる。彼女はもういない。こんな眠れない日は隣に眠る彼女の寝顔で安心したものだ。一人で怯える必要もなかった。

 溢れる涙を抑えよう目を瞑る。瞑っては……繰り返し思い出す記憶に目を開く。

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