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01 真実の鏡

「鏡よ、鏡。この世で一番美しいのはだあれ?」


 鏡に向かってオーブオリース王国のクリスティアーネ王妃は尋ねる。

 真実の鏡という術を覚えてから彼女は思いつくままに色々な事を鏡に聞いていた。今だって思いつきのままに声に出したに過ぎない。

 誰が一番美しいかなんて聞かなくてもわかっている。『王国の宝珠』とまで言わしめるクリスティアーネ以外に考えられないと、自信があった。それも国外においても彼女は美しいと話題に上がるくらいだ。誰であってもクリスティアーネの名前以外を上げることはないだろう。


 クリスティアーネは鏡が映し出す姿に自身の顔を覆った。


 自分でなかった。それは彼女の心に針を刺すようなものだ。だが、映し出された人物が愛してやまない愛娘ならば話は違う。

 悔しいと思う。それは美に絶対の自信があった彼女だから思って当然だろう。

 だけど、この世で一番美しいと愛娘が評価されたことは誇りだ。決して嫌なものではない。嬉しいものだ。

 娘の次に美しいのは自分だと。母子揃って美しいのだと心に留め置く。「次は?」と聞かないのは彼女の意地だ。

 気持ちを変えるためにも、懸念している事柄を鏡に尋ねた彼女は、近くにあった銀の酒杯を鏡に叩きつけていた。


 割れた鏡の破片をクリスティアーネは踏みつける。憎しみを込めた力で踏みつけたそれは小気味よい音を立てて更に割れる。

 粉々と表現してもよい、割れた鏡には夫である国王アロイスの情事が映し出されていた。

 だけど、彼女の眼が追う者は夫ではない。


 慈しみ愛してやまない愛娘。いや、愛娘だった。憎たらしい小娘だ。


 近頃、夫との営みがないことに寂しさを感じていた。国王であるアロイスが多忙な事は重々承知している。浮気などあり得ないと信じていた。それでもまさかと、思いながらも、気持ちを切り替えようと鏡に問うたのだ。


「夫の心を掴む者はだあれ?」


 はじめは鏡に映った娘の姿に安堵した。我が子が可愛いと思う事は親として当然だ。やはり浮気はないと心落ち着けた矢先、鏡が見せるものに彼女は声を出せなかった。


 嫌がり逃げる娘の服を乱暴に引き裂き、その白い肌を貪り始める。

 鏡は音までは伝えてこないが、娘の泣き叫ぶ様子ははっきりと映し出していた。嫌がっていた娘が次第に全てを諦めたような表情に変わっていく。この様子に、これが初めての事ではないと感づいてしまった。


 雪のようにからだが白く、血のように赤いうつくしいほっぺたをもち、黒檀のわくのように黒い髪かみをした子が欲しいと、願ったのはクリスティアーネ本人だ。

 実の父を誘惑するような娘を望んだ覚えはない。

 真実の鏡が美しいという娘はまだ年端もいかない子供だ。年頃というにもほど遠いというのに、父親を誘惑し、受け入れる。

 そんなふしだらな娘を欲しいと願った覚えはない。誇りに思った娘を気持ち悪いと、手のひらを返したように感情が変化していた。


 毎度のことのように痛む体を隠すようにシルヴィアはシーツに包まる。父アロイスが部屋を出て行くまで、部屋を出ても地獄にいるような気分は変わらない。

 今夜は殴られなかった。それでも、彼女が受けた仕打ちは酷いものだ。


「誰にも話してはいけない」


 アロイスが呪いのように置き捨てていく言葉がなくたって、話せるわけがない。

 はじめはこの行為がなにかなんてわからなかった。

 アロイスがシルヴィアを裸にして撫で回すだけ。痛みもなく、気持ちが悪いと青ざめているだけのものだった。それを我慢していればと、思うも時間の問題だっただろう。嫌だと拒絶を示したシルヴィアの体は無理やりに開かれ、混乱と恐怖のままに為す術がなかった。

 これを誰に相談出来るものだろうか。母クリスティアーネに? 妹のアメリアに? それともアロイスを部屋に入れる乳母に?

 浮かびあがる親しい人たち。彼らに話せば、シルヴィアに向けられていた笑顔が彼女を蔑むような顔に変わってしまうと思ってしまう。そんなことはないと、否定を浮かべても、汚いものを誰が好んで見るのだろうかと重くのし掛かる。誰にも話すことなんて出来ない。

 汚らしい体でと、心でと、大好きな母の笑顔を見ることすら苦痛となっていた。


 わたしなんて……と嗚咽を溢し、胸の前で組んだ手にだるい体を押し付ける。


「神様……苦しいです。どうしたらいいですか」


 朝を告げる鳥の声にシルヴィアは嗚咽を、祈りを呑み込む。

 誰にも話せない、知られたくないと、人知れず寝間着を着直す。早くしなくては乳母ら侍女たちがシルヴィアを起こしにくると、気怠い体に鞭を打つように起き上がった。


 知ってか知らずか、侍女たちはいつもと、今までとなにも変わらない様子でシルヴィアの身支度を整える。なにも変わらない彼女たちの様子にシルヴィアは心を落ち着けて、無にしていく。助けて欲しいと願いながらも、汚らしい自分なんかとさいなむ。助けを求める声の出し方がわからなかった。

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