銀色の髪に蒼き瞳を持つ少女と、空に浮かんだ島々の記憶。
空を見上げると、紺碧の空が広がっている。
星々は銀髪の輝きに答えるかのように、チラリチラリと瞬く。
ここは浮遊島群の中でももっとも上空に位置する島。
全ての始まりと、終わりを見届ける島。
その島には1人の少女が住んでいた。
透き通る水のような透明感のある銀髪に、穢れを知らない水面のような、凪いだ青い瞳。
柔らかな風が吹くと、身にまとっている白いワンピースがふわりと揺れる。
工事が中止になり、鉄骨がむき出しのまま放置された港。1番長く空中に突き出した鉄骨の1本に座り、足をぶらつかせながら景色を眺めるのが彼女の日課。
ここには彼女を除いて、人1人住んでいない。訪れる者もいない。
何故か。
この島の周囲は荒れ狂う乱気流に覆われていて、飛行船で近づくことが出来ないからだ。
だから彼女は、ずっと1人でここにいる。
〇
もう何年たっただろう。
最後に誰かと話したのは。
ここから見下ろす景色にも飽きてしまった。
だって、もう何も見えないんだもの。
以前はまだいくつかの島がここから見えたし、その頃は人の行き来もあった。
ああ、アルマ島のパン屋さんのメロンパン、また食べたいな。いつもパンを持って来てくれたエリーはいくつになったのかな? 元気でやってるかな?
大工のリオはどうしてるだろう? 最後に会ったのは工事が
中止になった時、別れ際に泣きながら『ごめん』って謝りっぱなしだったな。『絶対に港を完成させに戻ってくる』
とも言っていたけれど、無理だったのかな。
政治の出来ない私の代わりに、民を導いてくれた大統領は大丈夫かな? もう歳だから早く代替わりしなよって言ったら、『まだまだこれからですよ』そう言って笑ってた。案外まだ現役かもしれないね。
何日も、何週間も、何年も経った。
見下ろした景色の中に浮かぶ島は、ひとつ、またひとつと沈んでいって見えなくなった。
それなのに空はどんどん近付いてくる。
最近は、息苦しさも感じる。
私がここにいる意味ってなんだろう。
私はなんで生きてるのかな。
私はこの島々の管理者。
だけど、もうその力は失われつつある。
だってそうでしょう?
もう、下の島は見えないんだもの。
すっと立ち上がって空を仰ぐ。
青紫色ののっぺりとした空に笑顔で手を振る。
キラリ、星が答えてくれたのか、瞬いた。
そのまま1歩、踏み出した。
支えを失った身体は重力に逆らうことは出来ず真っ逆さまに落ちる、落ちる、落ちる──
乱気流に突入する。
身体中を打ち付ける激しい風。体が粉々になってしまいそうだ。
履いていた靴が風に飛ばされる。慌てて手を伸ばすが、虚しく空を掻き、あらぬ方へと靴は飛んでいってしまった。
乱気流を抜けた。
それまで全身を叩きつけていた風は嘘のように消え、心無しか、落下の速度も遅くなっている気がする。
横から眩しい光が私の目を突き刺す。
そちらを見てみると、そこには広大な雲海。そして、その果てから顔を覗かせる真っ赤な夕日があった。
自分の銀色の髪が、光を反射して赤色の輝きを放つ。
ああ、綺麗だな……
そっと手を伸ばす。
手のひらが太陽の光を遮る。
そっと握ると、目を閉じて笑う。
みんなと、見れたらよかったのにな。
〇
その日、最後の島はとうとうこの世界から消滅した。
しかし、もはやその存在を認識していたものは誰も残っていなかった。
誰にも気付かれずに、消えていったのだ。
その日、空を一筋の銀色の光が走った。
それを目撃した人々は口を揃えて言うのだ。
「綺麗な流れ星だったよ」
空を見上げると、いつもと変わらない青空が広がっている。
でも、もしかしたら、あの空にも我々が知らないだけで、島々が浮かんでいたのかもしれない。
だからこそ僕は。
その存在を知ってしまった僕は、彼女の生きた証を、そして、確かに存在した空に浮かぶ島々の記憶を、ここに残そうと思う。