第3話
店を出た。
火照った頬を撫でる夜風が心地良い。
ちらりと店内を覗き見ると、稔が支払いで手間取っているようだった。
――さっさと帰っちゃおう。
そう思って、けれども足はなかなか一歩を踏み出せずにいた。
はあ、と溜息を一つ。
私は、どうしたらいいのだろうか。
どうしたいのだろうか。
――自分の心に正直に生きるべき。
それは、私がよく稔に言っていた言葉だ。
稔が女の子をフったりフラれたりした後の呼び出し愚痴大会の際には、毎回言っていたような気もする。
その言葉を聞いた稔はいつも、「よぉーし、それじゃ次の可愛い女の子を探すことにするぜ」とかなんとか言って、新しい恋に向かうのだ。
稔の気持ちを新しい方向に導くことが出来た、みたいな妙な満足感を得られて会はお開きとなるのだが、今は、
「ミカの話を聞いた今じゃ、俺のことは今まで通り話せないってか?」
うん、そうだね。そうだよ。私、どんな顔して稔と話せば、
「って、ちょっと! 私、稔と話すことなんてないし! 帰る!」
いつの間にやら稔が、私の隣に立っていた。
「あっれー? 俺のこと待っててくれたんじゃないのー?」
「違うし! ちょっと考え事しちゃってただけだし!」
「何考えてたのかなー? もしかしなくても俺のことなんじゃないのー?」
「自惚れんなバカ!」
早足で、自宅へと急ぐ。当たり前ではあるが、稔も着いてくる。
「女の夜道の独り歩きは危ないぜ?」
「送り狼にならないなら、別にいいけど」
「お? 涼子ってば難しい言葉知ってんね?」
これが難しいとか、稔の頭の中はどうなってるんだ? いやもしかして私バカにされてるんだろうか?
「あー、もしかして怒った? 俺は怒ってないけどね? だから大丈夫だよ?」
「うん、稔。ここはお互いにきちんと話し合いが必要な気がするよ?」
「奇遇だねー、俺もそう思ってたとこ。さあじっくり話し合おっか?」
「いいよ。……ウチ来る?」
気づけば、稔のペースに乗せられてしまっている自分が居た。
だが、隣を歩く稔がやけに嬉しそうな顔をしていることに気付いてしまえば、もはや何も言えない自分が居て。だから、
「あのさ。……明日は月曜だから、今夜はゆっくりしたいなあって」
すると稔は、ニヤリ、という言葉がしっくり来そうな笑みを浮かべて、
「俺としては、今夜は寝かせたくないんだけどなーって、うわウソウソごめんごめん冗談だって!」
「近所迷惑になるから、もーちょっとお静かにお願いしまーす」
言って、私は隣を歩く稔の手をそっと握った。
優しく握り返してくれた稔の手は、とても温かかった。
これから、この夜から、私達の関係は変わるのかもしれない。
いやもしかすると、何もなくて変わらないのかもしれない。
それは、今の私にはわからないけれど、でも。
たった一つだけ、今、決めたことがある。それは。
――私は、私の心に正直になろう。
そうして迎えた結末ならば、きっと私は後悔しないだろうから。
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