第2話
「……えっとその、それで話って、」
稔が向こうの席に着いたのを確認してから私がおずおずと切り出すと、
「あ、ごめんなさい。先に軽く自己紹介させて貰いますね。私、稔の元カノのミカです」
いやそれくらいならさっきまでの話の流れでわかります。というか、さっきまでは稔と別れるのに納得いかない、って感じだったのに。
今は「元カノ」か。これはどういう心境の変化なのだろうか。ともあれ、
「これはこれはご丁寧に。私は、稔の幼馴染で涼子と言います。……えっと、それで?」
私としては気まずいにも程があるので、さっさと本題に入って欲しい。
「あの、さっきはすみませんでした。……その、ちょっと気が立っていて」
「あ、いえ別にそれは」
気にしていない、と言えば嘘にはなるが、必要以上に気にしないことにする。もう大丈夫だ。
というか、謝ることが二人きりで話したいっていう内容ではないだろう。
だから私は、ミカが話し始めるのを待つ。
「……えっと、稔のことでお話したいことがあります。いや、稔のことっていうよりは、アナタのことっていう方が近いかもしれないんですが……」
ミカの言葉は、妙に歯切れが悪い。
というか、初対面の私について何の話があるのだろうか。
「あのですね、私、稔からアナタのことを沢山聞いていて」
あー、そうか。なるほど。
稔は何故か、付き合ってる女の子に対して私の話を良くしている、らしい。
これまで何人か稔の元カノだという女の子と会ったことがあって、その子達は決まって同じことを言うのだ。
――稔がよく幼馴染の話をしてくれるんですが、でもそれが女の子だとは思いませんでした。
付き合ってる女の子の前で他の女の子の話をするのもどうかと思うし、稔が私のことを一体どういう風に話しているのかも気になるところではあった。
初めて聞いた時には、私が男扱いとかどういうことだ稔め、と怒りを覚えたのが懐かしい。
しかし今は、何度も同じようなことを言われるのもあって、慣れてしまって別になんとも思わない。慣れとは恐ろしいものだが。ともあれ、
「それで私、稔の幼馴染って男の人だと、つい最近まで思ってたんです」
あー、はいはい。ミカもこれまでの元カノさん達と同じなのね。でも残念、私は女なのだ。
何が残念なのか、自分で言ってて意味不明だけど。
「だから、稔は両刀使いなんだなって勝手に思い込んでいたんです、実は」
はい? 今なんと?
「あ、えっと、両刀使いってのは男も女もイケるっていう、」
いやそういうことを聞いているんじゃなくて、いやあの、えっと、稔ってば付き合ってる女の子になんてことを思われてるんだ。
「あはは。あははははははは。もーおっかしぃ。なにソレ、あはははは」
ツボに入った。
ふと、向こうの席の稔が、こちらを唖然とした目で見ているのに気付いた。
笑い転げながら、一応は手を振っておく。
やーい稔、お前元カノにすげえ目で見られてたぞ。これは後で笑い話に出来そうだ。
「そうですよね、おかしいですよね。だって、稔の言う幼馴染って、女の人だったんですもん。あ、さっきは地味とか言ってすみませんでした」
また、謝られた。
「いや別に、それは自覚もしてることなんで。そもそも、稔と会うのに化粧とか不要って思ってますし」
そうなのだ。私はノーメイク。日曜の夜に気合の入った化粧などするものか。今着てる服もジャージだし。
女子にあるまじき、とか言うな。めんどくさいのだ。
「……えぇ、そんなに美人なのに? もったいない」
「あはは。気を遣って貰わなくて大丈夫ですよ」
美人、なんて言われたのは初めてでちょっと嬉しい気もするが、どうせお世辞だ。適当に流す。それよりも、
「それで、話の続きを聞かせて貰っても?」
ミカに話を促す。あ、という表情を見せたミカが、
「すみません、脱線してましたね。それでえっと、どこまで話しましたっけ?」
「……稔が男好きっていうところ?」
「あ、やっぱりそうだったんですね」
冗談のつもりだったのだが、真に受けられてしまった。まあいいか、稔の評判など知ったことではない、ということで訂正はしないでおく。
「それで、……えっと、思い出しました。先週、私フラれたんですけれど、その時に理由を聞いたんですよ」
うんうん、それでそれで?
「そしたら、私はなんか違う気がするんだって、そう言われて」
ふむふむ、それでそれで?
「他に好きな人が出来たの? って聞いたら、そういうのとは違うんだけどって歯切れ悪い答えしか返ってこなくて」
ほうほう、それでそれで?
「だから私言ってやったんです。稔が気になってるのは、例の幼馴染なんでしょ!? いつも私と比べてるもんねって」
ふんふん、それでそれで?
「そしたら稔、即答でその通りだよ! って。図星だったらしくて、そのままケンカ別れですよ」
ぶほぉぉぉおおおおお。
吹いた。飲んでいたソフトドリンクを、そりゃ盛大に。
「わあごめん」
幸いにして、ミカにソフトドリンクが掛かる、とかそういう被害はなかった。
それにしても、意味がわからない。
いや、意味はわかるんだけど、わかりたくないというか。
一体全体、どういうことなのだろうか。
話を素直に受け取れば、稔は私のことが好きだという事実にたどり着きそうで困る。
なんとなく、頬が赤くなってしまっている自覚はある。
ミカの向こう、元カノ軍団に囲まれた稔の姿がある。
なんだかんだ、楽しそうに談笑しているようだ、少なくとも女の子達は。
反対に稔は、縮こまってなんだか泣きそうな顔をしている。
その稔がふと顔を上げて、私を見た。
視線が合った瞬間に稔が見せた安堵の表情に、私は、
「ああもう、稔の癖にッ!」
妙ないらだちを感じて、目を逸らした。
稔は、どうしてあんなにも沢山の女の子と付き合ってきていたのだろうか?
どの女の子とも、半年以上長く付き合いを続けた、ということはなかったと思う。
毎回毎回フラれるんだかフったんだかして、その度に私が呼び出されて愚痴を聞かされて、そしてたまにはこんな感じで元カノとの修羅場に巻き込まれて……。
「今日ここでアナタと会ったのって、偶然じゃないんです」
それは、どういうことか。
「稔って、別れた後は毎回、このファミレスでアナタと話し込んでるんだそうですね?」
「えっと、そうだね。そうだよ、なんで知ってるの?」
「稔が、元カノの一人と付き合ってる時に教えてくれたそうですよ。毎回ここで愚痴ってるって。その話を聞いて、みんなで待ってたんです」
それが、あの元カノ軍団結成アンド待ち伏せ理由か。
「それで稔が来て、そこまでは良かったんです。みんなで例の幼馴染の顔見て帰ろう。私達より男を選ぶ稔のBLネタで笑おうよ、みたいなこと言ってて」
それはそれで楽しそうではあるが、しかし現実には、
「でも来たのがアナタだったじゃないですか。私、もー頭に来ちゃって、それで気付いたら今ここでこうしてる訳ですよ」
私は、ミカの目を見る。ミカも、私の目をしかと見据えて、
「たぶん……というか、絶対に稔はアナタのこと好きですよ。好きだって言いたくて、でも言えなくてこじらせてるだけだと思います。……ねぇ、稔?」
「あーその、なんっつーか、それその通りなんだけどな?」
「稔ッ!? ちょ、あ、いやあの、隣座らないで欲しいっていうか!」
私は、飛び上がらんばかりに驚いた。いつの間にやら稔が、私の横に座っていたから。
肩に回してくる手を叩いて、
「触んな、馴れ馴れしくすんな! もーめんどいから私帰る」
稔を押し退けて、ついでに伝票を押し付けて、私は席を立った。
「あー、待ってくれよ涼子ー」
「ごゆっくり~」
追い縋ってくる稔と、何か含むようなもののあるミカの声は聞こえないフリをした。