第1話
明日は月曜。
仕事が始まる。そう思うと憂鬱で仕方がない。
金曜の夜、仕事が終わった瞬間にはあんなに晴れ晴れとして気分が良かったのに。
今はもう、気分はどん底である。
この土日の休みはどう過ごした?
一週間分の食材を買い込んで後はただ家でぼーっとしてただけじゃないの?
そんなんで良いのか、いや良くない。
「……みたいなこと考えてんじゃないの? だからさあ、俺と付き合おうよ。涼子に必要なのは恋なんだって、恋」
恋をすれば仕事にも張り合いが出来て、休日は充実して、オンオフのメリハリが出来て毎日ハッピー。
とかなんとか、そんな質の悪い、内容も薄っぺらいセールスマンのごとき提案をしているのが、幼馴染の稔である。
何だかんだ、この幼馴染との付き合いは二十五年にもなる。
中学高校大学に、それこそ社会人になってから今までも私を選ぶことはなかったというのに、何故今になってこんなモーション掛けてくるのか、
「……ほら、涼子いつも言うじゃん? 自分の心に正直に生きるべきだって。自分がしたいことをするべきだって。それでさ、俺考えたのよ。で、真実の愛に気付いたっつーか、やっぱ結婚とか意識するとさ、気心知れた幼馴染が一番だって、そう思う訳よ」
「……あーつまり、この間まで付き合ってた女子大生? にフラれたのね?」
「ちげーし! 俺がフったの! だってあいつ、料理もまともに出来ねーんだぜ?」
大声を出すな、大声を。
日曜夜のファミレスで、それなりに騒がしくて周囲の迷惑って程ではないけれども、でもひと目を引くようなのは困るというか、
「稔、もーちょっと声抑えよ? ほら、向こうの女子大生っぽい集団がこっち睨んでるよ?」
何故か私が睨まれているような気がして落ち着かない。
何だろう。私なんか地味でひと目を引くようなこともない、週末引き篭もりのOLでしかないんだけどなあ。
「……あ、一人こっち来る」
「げ、マジか」
稔の背後、女子大生っぽい集団の一人が、険しい表情で私を見据えつつ、こちらに歩いてくる。
釣り眼気味でキツイ印象があるが、綺麗な黒髪を肩まで伸ばした結構な美人である。
その美人さんが私達の席で立ち止まったところで、稔が勢いよく立ち上がりつつ、
「あー、すみません。うるさかったですか、ってミカかよ!?」
稔が驚きの声を上げて固まり、しかしミカと呼ばれた女性は稔を一瞥することもなく腕を組んで私を見下ろしてくる。
どうやら知り合いらしい……というか、このミカが、稔がフったっていう女の子なのか。
私は、心の中で溜息を吐く。
――また、修羅場に巻き込まれてるのか。稔の幼馴染で、無理やり呼び出されてこうやって話を聞いてるだけで。
私が無言で居るのに気を良くしたのかそれとも悪くしたのか、ミカが一言、
「なにこの地味なオンナ」
……それは、悪口だったのだろう。向けられた悪意ある言葉に、私の身は竦む。
怖い、嫌だ、目を閉じたい耳を塞ぎたいこの場から逃げ出したい。
そんな思いが、感情が私の身体を支配する。
ああ、助けて欲しい。誰か、誰か。
お願い稔、昔みたいにその背中に隠れさせて欲しい、
「なによ、何も言い返さないの? そりゃそうか。あんたみたいなオンナじゃ稔に相応しくな、」
「なあ、ミカ? 涼子のこと何も知らねえ癖に、そいういうこと言うんじゃねえよ?」
「……なッ!? 何よ稔、こんなオバサンの肩を持つの? 私の方が若いし、綺麗だし、稔の為に何だってするよ!?」
「そーいうことじゃねーんだよ。たしかにミカと居ると楽しかったんだけど、なんつーか違うっつーか」
「意味わかんない! 料理だって一杯練習して、この間作った肉じゃが美味しいって言ってくれたじゃない!? 稔の好みの味にたどり着くまで、あれどんだけ苦労したか、」
「知らねーよ! ……いやごめん、必死に努力してたのは知ってるけど、」
稔が、ミカの手のあたりを見たのに釣られて、私も見た。
ミカの手は、絆創膏だらけだった。
努力の痕が、好きな人の為に頑張ったという証が、そこにはあった。だから、そこを純粋に疑問に思って、私は口を挟む。
「……稔? このミカさん? の、何が不満だったの? 凄く良い子に思えるけど?」
「涼子にゃわかんねーだろうよ。……一度だって俺に振り向いてくれねえ涼子にはよ」
なんだそれ、なんで私が悪いみたいな、
「……稔? もしかしてこの人って、稔がよく話してる幼馴染……?」
「あ? 涼子のことか? そうだな。……それがどうかしたか?」
「なんか今、ストンと腑に落ちたっていうかね。……あーこの人なのかーっていう感じ。ただの地味なだけのオンナなら、私が奪い返してやろうと思ってたんだけど、」
ミカはそこで言葉を切って、
「ちょっと二人だけで話をさせて貰いたいんだけど、いいかな? ガールズトークだから男子禁制、稔はちょっとあっち行っててくんない?」
ミカが指さしたのは、ミカが元々座っていた席。そこには、ミカの友人らしき女子大生達が座っており、こちらを好奇心一杯、という目で見ているのだった。
「ゲェ、アカネにユリヤにシズカまで居るじゃねえか」
「……全員アンタの元カノなんだから、知らない女の子で気まずいなんてことはないでしょ?」
違う意味で気まずいわボケェ、とか何とか言い残して、稔は向こうの席に移動する。