第8話 曇時々笑い
「あけましておめでとー!」
「おめでとー。12月だけど!」
ある日、寒い教室に結衣奈の声が響いた。
その声を向けられた先は香菜。冬の朝、若干の曇り空を打ち砕くかのように叫んだ内容は、特に意味のないものだった。
「なんでいきなりそんな挨拶?」
「ん〜、寒いからテンション下がるからさ、だから上げていこーー!って思って。」
「それにしては・・・テンション上げ過ぎじゃない?」
「だって寒いじゃん。」
「まあ確かに寒いけどね。」
そう言うと香菜は、結衣奈の前でマフラーに顔を埋めた。口元を隠し、目だけで自分を見つめる香菜に、なんともいいようのない感情を覚え、結衣奈は彼女に抱きついた。
「ど、どうしたの?」
「ううん、なんとなく!」
「あ、でもちょっと暖かい。」
「でしょ?」
「重いけどね〜・・。」
香菜はそうつぶやくと、結衣奈を引き剥がし、カバンを机の上に置いた。
クラスの中にいた人たちはいつもよりも少なく、少し静かだった。そのせいか、結衣奈の声もいつもよりも響いた。
「それにしても人、少なくない?」
「うん・・・いつもだったらもう大半は来てるはずなのに来てない人の方が多い・・。」
「さすがに受験の影響、ってわけじゃないよね、まだ12月だし。」
「でももう12月よ?」
「早いな〜。」
「そろそろ本当にYouTubeばっかり見てたら落ちるよ?」
「大丈夫!ちゃんと勉強して今のところ模試もA判定だから!」
「ほんと結衣奈は賢いよね〜憧れるわ。」
「まあ女子だけの生活も今年で終わりだしさ、来年から楽園が待ってると思えば頑張れるよ!」
「あのね、結衣奈。必ずしもみんな共学に行くとは限らないのよ?」
「あ、そっか。香菜、品山高校志望だったっけ?あそこ女子校だもんね・・。」
「なんかね、共学より女子校のほうが落ち着くから・・・。」
「なんか不思議ちゃんだね〜。」
「そう?」
その日、電車の遅延が起きたことが、後に校内放送で知らされた。勉強できると喜んだものもいれば、帰るのが遅くなると文句を言うものもいた。
「あ、雨降ってきた。」
「え?うそ〜!傘持ってきてないよ〜どうしよ〜。」
「おい、永山!授業中だぞ。静かにしろ。」
「はい〜ごめんなさい・・。」
「あら〜結衣奈怒られた〜。」
「うるさいよ〜香菜が雨降ってきたとか言うからじゃん!」
「だって事実なんだもん。ちなみに私は傘持ってきてます!」
そう言うと彼女は、自慢げに折りたたみ傘を見せた。結衣奈はそれを頬を膨らませて見ているしかなかった。