第3話 思わぬ場所の小石
母親が出ていくと彼女は窓とは反対側の机に座った。結衣奈の部屋には窓が2つあり、ひとつはベッドのそば、ひとつはベランダに面していた。結衣奈が星を見上げていたのはベランダ側の窓だった。机から窓のカーテンをめくる。住宅街の明かりが飛び込んでくる。
「あ〜相変わらずきれい・・。」
そうつぶやくと彼女は机の上でノートを開き、宿題をこなし始めた。
時計の音が静かに時を刻む。二回ほど、0分を知らせる音が響いたあと、彼女はノートの上に突っ伏し、その場で声を上げた。
「終わった〜!」
起き上がると彼女は椅子の上で伸びをし、そばで点滅しているスマホを取り上げた。真新しいスマホのホームボタンを押し、開くとラインのポップアップメッセージが表示されていた。
もう一度ボタンを長押しし、開く。友達の香菜だった。ペンを置き、彼女との画面上の会話に注力した。
空にはいつも通り、砂時計型のオリオンが静かに瞬いていた。
「ねえ、ねえ、Youtubeって入れた〜?」
次の日、学校に行くといきなり明るい声が響く。
「え?」
あまりに突然すぎる声に結衣奈の反応は少し遅れた。目の前の少女は結衣奈を見つめ続ける。
「あ、スマホの話し?」
「そーいうことですね〜結衣奈、新しいスマホ買ってもらったんでしょ?入れたの?」
「ううん。まだ。だってお母さんが色々と厳しくて新しいアプリのインストールとかってあんまり許可されてなくて。」
「あらあら。新参者さんは大変ですね〜。」
「香菜、それ意味被ってるよ。」
「やだな〜わざとだよ〜この私が間違えることなんて・・。」
「あるよね?よくテストで凡ミスして落ちてるよね?」
「う・・・、そ、それとこれは別であるぞ!」
「香菜、口調おかしいよ。」
真実を突きつけられて口ごもる香菜に、少し笑いながら結衣奈は言葉を投げかけた。
「えっと、Youtube、だっけ?なんのアプリ?」
「動画を見れるアプリ、かな。いろんな人が投稿しててそれを見れるんだよ。」
「お金、かかる?」
「映画とかは300円位かかるけどそれ以外は無料だよ。結衣奈、星好きだからさ、天文台とかが出してる星の動画とか結構おすすめかな〜って。」
「へ〜面白そう・・・。帰ってお母さんに聞いてみるね。」
「お〜聞いてみるが良いぞ!」
「だから香菜口調おかしいって。」
そう言って二人は笑った。
(Youtube、か〜。)
「ねえ、お母さん?」
「どうしたの?」
「Youtubeっていうアプリ、入れていい?」
「でもそれって動画のアプリでしょ?時間とかそれに取られるんじゃない?」
「え、大丈夫。自分で管理できるから。」
「でもゲーム機与えたらずっとそればっかりやってるじゃない。」
「うう・・・。」
「で母さんがやめなさいって言っても、あと少しだからって言ってやめないでしょ?」
「うーん。今回はできるから〜。」
「そう言ってパソコンのパスワード教えたら案の定じゃない。」
「うう・・・。返す言葉もありません・・。」
「もう少し自分で管理できるようになったら考えるわ。」
結衣奈は夕食の匂いが残るリビングを出て自分の部屋に帰ると、香菜に先程の会話の結末を伝えた。すると香菜は驚いたような反応を返してきた。
「星の動画か〜。どんなやつなんだろ・・・」
彼女の想像は膨らみを増していく。だが現実はかなり厳しかった。母親が閉め忘れたのだろうほんの少し空いた窓から風が吹き込んできた。