第37話 吊り橋
『美月へ。ごめん、別れる』
きれいな字ではあるものの、明らかに女性の字ではないその文字。
「熊田先輩?!」
熊田の下の名前が美月であることに気がついたのは手紙を見てから10秒ほど経ってからのことだった。
『たまたま見ちゃったったことでいいのよね?』
「うん。あのままにしておけないしそのまま持って帰ってきちゃったけどどうしようこれ」
その夜、結衣奈は香菜に電話をかけて事情を説明して協力を仰いでいた。電話の向こうで香菜の唸り声が聞こえる。
「そういう状況なかなかないし結構難しいよね」
「そうなんだよ。しかも知り合いだしさ」
「たしかにねー」
「とりあえず聞いてみるか」
当てずっぽうでいった言葉に電話の向こうの香菜が吹き出す。
「バカ?」
「冗談」
「だよね」
「うん」
一単語で会話を済ませると沈黙が訪れる。
「その手紙さ、なかったことにすれば?」
「どういうこと?」
「だから、とりあえず持っておいて、聞かれるまでスルーして聞かれても『知らない』で通すとか」
「あー」
香菜の提案に相槌を打った結衣奈は机の端に置かれた小さな手紙を取り上げる。人の運命をかんたんに変えてしまう小さな白い紙に恐れを感じ、そのまま元の場所に戻す。
そのままため息をつくと明日から訪れるであろう綱渡りの生活をどうやって乗り切ろうかと考えを巡らせた。
「永山さん。昨日更衣室に紙切れ落ちてなかったかしら」
翌日のクラブ前。更衣室で着替えていた結衣奈に制服のまま熊田が近づいてきて声をかけた。
結衣奈は一瞬身構えたものの、昨日頭のなかで用意しておいた原稿をそのままよどみなく答えた。
「いえ、昨日は部屋の確認してなかったのでわかりません。なにか忘れ物ですか?」
「うん、ちょっとね。まぁないならいいわ。ありがとう」
「そうですか」
「ええ、あと私、今日は部活休むわ」
「なにかあったんですか?」
「用事ができちゃってね」
力なく笑う熊田の笑顔が作ったように見えてしまった。更衣室を出ていく熊田を見送るとおおきく息を吐いた。隣の莉子が笑いながら肩を叩く。
「さすが結衣奈ちゃん。原稿通りでしたね」
「原稿通り言うのもかなり緊張する・・・」
朝、誰か味方が欲しかった結衣奈は莉子に一部をオブラートに包んだ形で話し、彼女にも相談に乗ってもらっていた。
「これからどうなるんだろ・・・」
更衣室の無機質な白い扉を見たまま誰にも聞こえないような小さな声で漏らす。
ふわふわしていたはずの彼女の心にいつしか雪が振り始めていた。




