第2話 二つの瞬き
「ねえお母さん。」
「なに?」
フライ返しを手に、フライパンの中を覗いている母親の佳奈美に声をかける。
「高校生になったらバイトしていい?」
「別にいいけどなんでこんな唐突に?」
「だって、私、もう中3だし来年高校生じゃん。高校生になったらバイトできるから。」
「でもあんた経済的に困ってないでしょ?」
「お小遣いが少し足りない・・・?」
「なんで?」
「だって空港行くときの電車代自腹だから。」
「だから母さん出すよって前言ったじゃない。いらないって言ったのはあなたよ?」
「その時は大丈夫だと思ったんだもん。でも学校の友達とプリクラ撮りに行ったりカラオケ行ったりするようになってから金欠で・・。」
「うーん。もう一回話したほうがいいわね・・。あ、お皿取って。」
「はい。これ。」
佳奈美がフライパンからムニエルを持ち上げて皿に載せながら言う。誰かの気配を感じて振り向き、そこに父親の慎一がいて驚き、落としかける。白と木の色で配色された明るい台所に笑い声が響いた。
夕食を終えて、自分の部屋に入った彼女は電気をつけるよりも先に部屋の端、窓の前に置かれた望遠鏡に近寄った。
鏡筒の先につけた蓋を取り、接眼レンズをつける。腰をかがめて接眼レンズを覗くと、小さな星がひとつ2つ、視界に飛び込んできた。少し倍率を落とそうと手を伸ばし、レンズを入れた箱を探る。手に当たるものを引き出すと、物音とともに、そのものが手から離れた。慌ててレンズから目を離し、床を見る。
「あー・・またやっちゃった。」
屈んで床に散らばった部品をかき集める。中には接眼レンズも入っていた。拾い上げて付け替える。覗き込んだ小さなレンズにはさきほどは見えなかった小さな星が点々と映っていた。
自身の記憶を頼りに、星座を結んでみる。
「牡牛座見えるかな・・・・。」
肉眼で確認したオリオン座のリゲルから望遠鏡を少し上に移動させた。僅かに光る小さな赤い星を見つけた瞬間、部屋が一気に明るくなった。驚いてレンズから目を離すと振り返った。
「あんた部屋の電気もつけずに何やってるの?」
「星座見てた。」
「長すぎるわよ。それにさっきのあの物音はなに?」
「あ〜部品落としちゃって。手探りでやってたから・・・。」
「壊さないでよ?達輝の遺品のひとつなんだから。」
「うん・・・そうだよね・・・。」
あまり触れたくない過去の話を佳奈美に切り出され、胸の奥が少し傷んだ。
「あ、飛んでるよ。」
「え?」
佳奈美に言われ、彼女は窓の外を見やった。星とは違う、規則的な赤と白の点滅。ストロボライトの発光間隔からそれが新しい航空機であるAF-330型機であることを彼女は知った。
「あ、新しいやつだ。」
「そうなの?」
「うん。衝突防止灯の発光時間が一回あたり長いから。」
「ふ〜ん。」
気のない返事をすると佳奈美は部屋を出ていった。ドアノブにかけられた小さなキーホルダーが少し揺れた。