第11話 通常運転
放課後、彩乃はいつもの通り図書室に入り浸っていた。
彼女の隣には香菜が座り、黙々と自分のすべきことをこなす。過去問を解いていた彼女は採点をすると赤ペンを置いた。
「うーん、微妙かな・・。」
彩乃のつぶやきに香菜が反応する。
「受かってるんでしょ?」
「うん、ただ合格点ギリギリーってところだからもう少し頑張らないと・・。」
「そうだね・・・ちょっと見せて。」
「え?」
結衣奈の返答を聞かずに香菜は答案用紙と計算用紙を自分の目の前に持っていった。
「ふーむ・・・・。」
結衣奈の答案の表面をくまなく見た彼女は裏返し、裏も同様に見ていった。
見終えると彼女は一息つき、結衣奈に正対した。
「結衣奈。」
「ひゃい!」
香菜の少し怖い声色に彼女は少し変な声が出てしまったことに驚いた。
「何回も言ってるけどさ、計算間違い多いよ?」
「やっぱりかー。」
そう言うと彼女は机に突っ伏した。
机から飛び出した手が前の椅子の背に当たる。
「ちゃんと見直ししなよ。解き終わったら『終わったー!丸つけしよー!』じゃなくてさ。時間余ってるんでしょ?」
「実はギリギリだったり?」
「嘘でしょ。10分は残ってた。」
「見てたの?!」
「うん。まあ顔あげたら十中八九時計が目に入るからね。」
そう言うと彼女は図書室の壁にかかる銀色の時計を見つめた。
ちょうど結衣奈たちと正対する位置にあるその時計は少しおしゃれで、文字盤の下に小さなメリーゴーランドのようなものが置かれていた。一般的にいうところのからくり時計というものだ。
その時計は少し見にくいが、4時50分を少し回ったところだった。
「あともう一回やる!」
「その前に直しやりなよ。また同じ間違いするよ。」
「あ、そっか。って言っても計算間違いだからいいかなーってときどき思ったりしてるんだけど・・・。」
「でもさ、ほら、こことか根本的に間違ってるよ。だって・・。」
「あ、そっか、ここグラフのここ見るんだっけ。はぁああーー。」
「ため息着くと合格が逃げるよー。」
笑いながら言った香菜の冗談に口をとがらせて返すと、彼女は再び過去問を開き、次の年のところをやり始めた。
一方の香菜といえば宿題をさっさと終わらせてプリントになにやら書いているところだった。その余裕ぶりに少し驚き、過去問の進捗状況を聞いたものの、すぐにそれをとりさげた。香菜のことだ、恐らくすべて終わらせて2回目ぐらいやっているだろう。
香菜の賢さに舌を巻くばかりの彼女はまた、さきほどとあまり変わらない点数で気落ちしていた。