第10話 束の間の休息
作者から一言。
「私は高校受験はしてないので憶測と小学校の時の記憶をもとに書いてます。ですので多少実際と異なる場所があるかもしれませんがご了承ください。」
「これから模試の結果返すぞー。」
朝のHRの時間、担任が持ってきた紙の束が何なのか考えている最中の言葉に教室はざわめいた。
1月の模試の結果はいわばほぼ受験当日の結果に等しいと言われている。悪かったとしてもここから巻き返せば受かる可能性はあるが、それもごく少数だ。
「結衣奈、どうだった?」
「うん。ちゃんと合格圏内だった。香菜のおかげかな。」
「そかそかー!良かったー!」
「香菜は?あ、聞くまでもないか。」
「うん、余裕で合格ってとこかな。」
教室には様々な言葉が飛び交う。だがある程度のレベルを誇るこの中学において、高校受験に落ちる生徒はあまり多くない。もっとも、学校側が個人のレベルにあわせた学校の受験を勧めているからだが。
目の前のたった一枚の紙。そのなかにこれからの人生が表されているといっても過言ではないかもしれない。事実、高校次第で大学が変わるしそれからの人生も変わる。だから高校受験をする者にとって1月から受験前の3ヶ月はとても緊張するものだった。
クラスだけではない。教師も、親も。すべてがピリピリとし始める。気の抜けない日々を過ごす彼らはひたすら気力だけですべてをこなしていく。とは言っても始終気を張り続けているのも疲れる話だ。
「香菜ー、今日の帰りどっか寄ってこー。」
「いいよーどこにする?」
「敵前に美味しいカフェあったよねーそこ行こー!」
「いいけど結衣奈お金足りるの?」
「え・・・」
香菜に指摘され、結衣奈は慌てて財布を取り出して確認する。開けたファスナーの中にいくらかの輝きを放つ硬貨を認める。
「あ、大丈夫!野口さん残ってた!」
「じゃあ大丈夫かな。放課後に息抜きで行こっか!」
「うん!」
香菜と放課後の約束を取り付けると、結衣奈はその足で食堂に向かう。
「あったー!」
食堂内の売店で売っていたぶどうゼリーを買うと再び食堂を出た。
残り一時間。日の傾きも増し、校舎が作った影が校内の道を暗く染める。右手でゼリーを持ち、左手でスカートのポケットに手を入れる。
ポケットの布とストッキングを通して太ももに当たる手の冷たさが冬の気温の低さを下から告げてゆく。
暖かい空間に戻った彼女は勝手に冷えたゼリーを口に運んだ。食堂から戻ってから授業が始まるまでの3分、彼女はいつもそうしていた。いや、売店にゼリーが並ぶようになってから毎日、だった。
「結衣奈、それ美味しいの?」
「うん、美味しいよ。あれ?香菜、髪の毛。」
「うん、寒いんだけどちょっと暑かったからくくった。」
冬場、いつも首筋が寒いとハーフアップにしている彼女が冬にしては珍しくひとつくくりで済ませていた。確かに言われてみれば少し教室も暑い気がする。
「空気が停滞してるのかもね。」
「換気したいけど誰かが騒ぎそう・・。」
「うん。」
だがその後入ってきた授業担当者によって問答無用で窓が開けられ、気温一桁の冷たい風がぬくぬくと暖められた平和な世界に吹き荒れた。




