僕は男です!
一人の軍人が厳かな雰囲気が漂う扉をノックする。
「レビン・グリフィーナ一等兵。招集により参りました!」
「入りたまえ」
中から扉に相応しい男性の声の応答。
「失礼します」
レビンが入室すると同時に、ほう、と息が執務机に座す部屋の主ーールクス・ドルトムント准将より漏れる。
「君がグリフィーナ一等兵で間違いないか?」
「はっ!」
緊張した声で応えるレビン。
「合格だ!」
顎髭の整った厳ついドルトムント准将は笑う。
レビンは円らな赤目をさらに丸くして呆ける。
「そのカールのかかった銀の髪!」
「ただの癖っ毛です」
「ルビーのように輝く瞳!」
「母親譲りです」
「ビスくドールのように艶のある白い肌!」
「日焼けすると赤くなります」
「笑顔をプレゼントされたら惚れてしまう幼い顔立ち!」
「軍で童顔は嘲笑の対象です」
「小柄で抱いたら折れてしまいそうな華奢な体型!」
「重装備の戦闘は酷でした。そしてセクハラですか?」
「君は噂通りの美少女だな! ぜひ今回の任務を任せたい!」
「……閣下、私はーー」
「分かっている。みなまで言うな」
ドルトムント准将はレビンの言葉を手で制す。実に悔しそうに。
「君が男であることは把握している。だがどうした! 可愛いこそが世界の理であり、絶対的な正義だ!」
「閣下、私は閣下のそんな演説は聴きたくなかったです」
「男なのに違和感のない一人称私ボイス。満点だ!」
「褒められても嬉しくないです。私はもう十七ですよ。それなのに声変わりしなくて部隊で弄られています」
「だが君の所属先にアンケートを取ったら全員一致で君を嫁にしたいと出たぞ。つまりあれだな、好きな相手ほど意地悪したくなるというやつだな」
「……聴きたくなかったです」
レビンはガックリと肩を落とす。
「それで、任務とは何でありましょうか?」
「うむ」
ドルトムント准将が表情を引き締める。
「君には要人の警護を頼みたい」
警護? とレビンは訝しがる。
「私は軍人です。警護は警察の管轄では?」
「そうだが、依頼人がぬるま湯に浸かった警察には頼れないと。前線帰りの兵士が良いらしい」
「軍人が警護に付かなければいけないほど敵は危険なのですか?」
レビンの瞳が険しくなる。
「それは分からん。だが戦時中の今、その要人が敵国に捕らえられて人質にされたら我々は降伏も止むを得ないかもしれん」
「もしや、大臣や将官クラスですか? 私では荷が重すぎます」
「いや、君しか適任が居ない。安心したまえ。君の大隊長が君を推薦したのだから」
ドルトムント准将は立ち上がりレビンを見下ろす。さっきまでの変態と違う、歴戦の軍人だった。
「現時刻よりレビン・グリフィーナ一等兵には要人警護の任を与える。身命を賭して成し遂げるように!」
「拝命いたします!」
レビンは敬礼する。ドルトムント准将も返礼する。
「詳細は部下から追って伝える。退室したまえ」
「はっ! 失礼しました!」
いまいち釈然としないままレビンは扉を開く。
「最後に一つ」
ドルトムント准将に呼び止められてレビンは振り返る。
「任務地に行く前に香水を買っておくと良い。前線から離れて久しい俺でも分かる」
ドルトムント准将は葉巻に火を点け、一度吸う。そして溜め息のように煙を吐き出す。
「君からは酷い血と硝煙の臭いがする。気を付けるように」
ドルトムントの忠告にレビンは花のように笑った。
「善処します、ドルトムント閣下」