十三章の6 敵地の下に眠る物
敵本陣に侵入し、指揮官を直接叩くという戦術は成功を収めた。しかし、これで休めるわけでも無い。土塁の方ではいまだ戦いが続いており、背後で何があったかは気づいていないように見える。
「ポンペオはどうだ?」
「今様子を……」
言ってから、口周りが濡れているのを感じる。鼻水が止まらないような感覚と鉄のような臭い。膝蹴りで鼻をやられたらしい……だが鼻血で済んだのはむしろ幸いと言うべきだろうか。頬も切れて血を流しているが、とりあえず軽傷と判断して良さそうだ。
問題は昏倒したポンペオの方。矢をつがえなおしてから彼に近づく。口から血をこぼしてはいた物の、息があるのは確認できたので、横腹を軽く蹴ると……意識を取り戻し、飛び起きた。
「奴は!?」
「死にました」
「じゃあ戦いは……まだ、終わってねえじゃねえかよ!」
「首を切り取って投げ込む。それで指揮官が死んだと伝わるだろう」
2人は首を斬り落としにかかるが、その時……中央の天幕の中から、棒か何かが倒れたような音がした。それに続き、何かが動くような気配も。
「何だ?」
「何か、居るな」
「……調べましょう」
天幕の入口へとまわり、中に矢を向けながら……フォルミがドア代わりの布を切って落とす。光の差し込んだ天幕の中では、何かが一か所に固まっていた……
「こんな所に隠れてやがったのか」
「妙だ。なぜ戦いに出ていない?」
「……これは」
少し観察すると、その隠れていた相手は皆小さいか、乳房があるか、皺だらけ……要するに女子供や老いた個体が集まっているのだ。武器も持っておらず、こちらを見ても動かないあたり、戦意は無いらしいが……
「(……いや)」
一体、こちらに刃を向ける相手がいた。まだ小さく、子供のようだが……集団から一歩前に出て、装飾されたナイフを両手で握りしめ、こちらに向けている。勇気一つで未知の敵に立ち向かおうとしている、と言う風だ。
「(ゲームや小説なら、主人公が旅立つ切っ掛けになりそうな感じだな)」
現実は非常と言うべきか。あっさりと矢の一本で倒されたが。転がる死体に、動揺が走ったように見える。
「さっさと片付けちまうか。いっそ天幕ごと燃やすか?」
「いえ……考えたのですが」
ここまでの行動で、ロヴィスにかなりの社会性があることは明らかだ。この群れ限定なのか種族全体に言えるのかはわからないが。人間同様弱者を守り、同種の死を疎み、弱くとも勇気を振り絞って立ち向かうという精神性、それは動物より人間に近いのかもしれない。で、あれば……
正面での戦闘は未だ激しかった。敵も数を減らしているものの、こちらの損害も少なくない……出来るだけ早く、状況を変えねばならないだろう。
「おら! とっとと行け!」
「言葉は通じていない」
「わあってるよ!」
「(さて、どう出るか……)」
3人で天幕に隠れていた集団を追い出し、戦場の方へと追いやっていく。適当に矢傷や切り傷を付けておいた、血だらけの集団が悲鳴らしいものを上げながら、門から戦場へと逃げだし……防衛部隊に動揺が広がっていく。ダメ押しでそこに指揮官の首を投げ込むと、たちまち混乱が巻き起こった。
身内なのか、怪我をした親子をどこかに連れて行こうとする者、その場に伏せさせて守ろうとする者、戻らせようとする者、邪魔と言わんばかりに突き飛ばす者。対応には個性があるが、いずれにせよ……防衛側の連携は崩れた。
「今だ! 突っ込めえー!!」
『うおおおおっ!!』
アルバーノがその隙を突き、部隊を突撃させる。勿論、こちらは背後から矢を射かけ、逃亡や再度の防御を阻害。その結果……20分もする頃には、敵はすべて死体となって転がっていた。隠れている敵がまだ居ないか、集落の中を探索し……全滅を確認してから、アルバーノが剣を突き上げた。
「よーし! 敵は全滅だ! よくやったお前ら! 拾いたいものがあったら今のうちに拾っておけ!」
「やったあ!」「勝ったぞ!」「数だけじゃあだめなんだよ!」「人間様舐めんな!」
勝利に湧く味方達。これで自分の仕事は終わったわけだ。拾いたいものと言っても、とくには思いつかないが……
「(……そうだ)」
あの、子供が持っていたナイフがなんとなく気になった。天幕に入り、血だまりの中に横たわるその腕から、ナイフを引きはがして手に取る。
刀身は何かの骨か角のようだが、持ち手の部分が黒っぽい……以前遺跡で見た、情報デバイスと似た素材でできているように見えた。
「おら、どけどけ!」
ナイフを観察していると、他の隊員が入ってきて物を漁り始めた。他にめぼしい物もなさそうだったので外に出れば、集落の中で怪我人の治療が始められていた……顔の傷と鼻から流れる血を止めるべく、自分もそちらで薬をもらうことにする。処置をしていると、少し離れたところに人が3人、布をかけて横たえられているのを見つけた。ポンペオがそのうちの1人の横で俯き、涙を流している。
「(やっぱり駄目だったか)」
「旦那、手傷を負われたんで?」
「ああ……ウーベルトさん。そちらは、無事だったようですね」
「ええ。この通りピンピンしてやす。いやしかし旦那、中々えぐい手法をとりますなあ、痛めつけた女子供を放って敵を混乱させるたあ」
「どの道全部殺すんですから、どうせなら使えるかと思っただけです」
「いやはや、実にいい思い切りだ、やはり旦那は大物に……」
「そう言うのはいいですから……」
「おおい! 皆ちょっとこっちに来てくれ!」
戦いを終えて休憩していると、集落の隅から声が上がる。死体を埋める穴でも掘っていたのか、スコップ片手の傭兵が見下ろす穴は、精々膝程度の深さ……その底には、黒く金属光沢を放つ板……あるいは床があった。
「なんだこりゃ……」
「遺跡か?」
「けどなんでこんな所に」
「どうする? 掘るのか?」
口々に、戸惑いを発する部隊員たち。この発見は完全に予想外の事だったようだ。アルバーノも腕組みをして考え込んでいる。穴の中を覗きこんでみると……黒光りする金属の表面が小さな音を立てて僅かにスライドし、何かを刺しこめそうな穴が開いた。
「おい、動いたぞ!」
「まだ生きてるのか、この遺跡……」
周囲がざわつく。そして……その穴のサイズは先ほど奪ったナイフの柄と同じ。
「(もしかして……)」
柄の先端を少し入れてみると、丁度あつらえたかのように隙間なく収まっていく。
「(やっぱり、これは……)」
二つの人工物が、正確に合う形状になっているのは、偶然とは考えづらい。問題は……これがきちんと機能するのか。仮に機能したとして……どのような結果をもたらすのか、だ。
「(動かした途端に爆発するだの、あたりを無差別に攻撃するだのは無いとは思いたいな……)」
「おい若造、それをどこで手に入れた?」
「ロヴィスのうち一匹が持っていました。彼らはこの遺跡の事を知っていたのでしょうか?」
「ふん……それは無いだろうがな。問題は、これを使うかどうかだ」
アルバーノも、未知の発見は気になるらしいが……同時に、危険性も承知しているようだ。基本的に遺跡と言うのは当時の人間が使っていた物、むやみやたらに危険な物であることはない筈だが、こうして土に埋まっているのが、本来想定されていた使い方だとも考えにくい。どのような結果になるかは、予想がつかない……
動きあぐねていたところで、声を上げる人物が。
「隊長殿、あっしに考えがあるんですがね?」
「お前は……若造の付き人か。何だ、言ってみろ」
「へへえ、では僭越ながら……何も手で直接入れなきゃいけねえ道理はないと思うんで……」
ウーベルトは木の枝と矢を使い、簡単な滑車を作っていくつも地面に立てる。さらに細めのロープ。これを使って離れた場所から鍵を差し込もうというのだ。単純な発想ではあるが確かに有効。コロンブスの卵と言う物だろうか。
「ところで旦那、これはあっしの邪推なんですがね……」
「何ですか?」
鍵を半分挿したまま、ウーベルトの言葉に耳を傾ける。他のメンバーは安全そうなところまで離れており、周囲には自分とウーベルトだけ……
「あっしらは、囮にされたんでねえでしょうか?」
「……なぜそうだと?」
「フォルミ殿でさあ。あんな真っ白い体、見つけてくださいって言ってる様なもんだ。それを回り込んで、なるべく見つからないほうがいい射手隊の方に付けるってなあ……」
「しかし、そんなことをして何の利点が」
「例えば、離れた射手の所に敵がいくらか向かえば、その間自分たちが楽になりまさあ。単純に移動している間、それは遊兵になるわけですからな」
「まあ、確かに」
「で、相手が射手となれば敵もただ兵を向かわせりゃいいってもんじゃなくなる。移動中に射撃で倒されない数か、あるいは装備や技術の優れた隊……あっしらに来たのは後者でしたな」
「その分本隊はさらに楽になる……辻褄は合っていますが、問いただすわけにも行かないでしょう」
「まあ、済んだことですしな。しかしまあ、もしこの後傭兵団に誘われたとしても……このことは頭に入れておいた方が良いですぜ……よし、これで済んだ」
作業を終えたウーベルトと共に集落を離れる。十分距離を取って待っていた傭兵団と合流し、張っていたロープを切り離した。反対側のロープがゆっくりと引っ張られ……地面から低い唸りが聞こえ始める。
「な、なんかやばくないか?」
「やめといたほうが良かったんじゃ……」
「何が起こるってんだ……!」
集落の方を見ていると……地面からテントを空に持ち上げ、二本の棒が地下から姿を現した。棒の間に青い稲妻が走り、重い音と共に……まるで青く濁った水面のような物が、空中に広がった。
しばらく様子を見ていたが、ひとまずそれ以上の変化は見られないため、数人でその施設に近づく。自分とフォルミもまた、その中に含まれていた。
「何なんでしょうか、これは……」
「わからん」
「見て楽しむもんじゃあ……なさそうですなあ」
何かしらの用途に使うのであれば……やはり、その鍵はその青い平面にあるのだろう。実際に存在しているのか、それとも投影されているだけなのか。その空間は2本の棒の間の、ごく薄い空間に留まっている。幅はざっと20mほど……
「(……まるで用途が掴めないな……)」
ひとまず、その辺りにあった石を投げ込んでみる。さしたる音も光も無いまま、石は青い濁りの中に消える……
「旦那……こっち側に飛んできてませんぜ」
「消えた……?」
今度は、ロープを投げ入れる。まるで空中に放ったように手応えは無く……引っ張り出したロープは、何ら異変無く繋がっている。
「異常なしか」
「……どうしやすか、旦那」
「……」
空間に、手を伸ばす。鋭い刃に触れるかのように慎重に。革の手袋、その爪の先が濁りの中に消えてすぐ引き戻す。
「(……何も、ない……よな……)」
指の腹まで。間接まで。手のひらまで。少しずつ入れる範囲を広める。一歩踏み込めばそこには地面が無い……ということもなさそうだ。
「……入ります」
腰にロープを巻き付けて、それを保持してもらい……空間の中に踏み込む。ほんの一瞬、その青い光に視界が染まり……すぐに、別の景色へと移り変わった。
広がる草原、潮の香り、そして……高くそびえる塔の下に広がる街並み。振り向くと、集落の装置と同じ物が動いていた。
「(これは……もしかして……)」
青い空間を、数度往復する。体には何も異常が無い……考えが、確信に近づく。
「旦那……? 大丈夫ですかい?」
ウーベルトが心配の声を上げる。傍から見れば、混乱して奇妙な行動を取っているように見えただろうか。
「ええ……大丈夫です。これは、おそらく……」
隊の下へ戻り、報告する。あの装置は離れた地点を繋ぐ物であり……テルミナスの近くまで、繋がっている。アルバーノは半信半疑と言った様子を見せたが、実際に移動してしまえば、それを疑うわけにも行かなくなったようだ。
馬車が装置を通り抜け、テルミナスへの帰路を進む。片道10日、日の出とともに出発し、1時間進んでは25分休憩を日没まで繰り返した。これはこの世界での時間なので……
「(ええい、ややこしい……夏だから日が出てるのは13時間くらいか? 4:1にして動いたのは10時間程度。それが5日で50時間強。平均時速は12~3kmとして、600km以上か……)」
大よそ、東京から青森に等しい距離を一瞬で移動したことになる。まさか、瞬間移動と言う物をこの身で体感するときが来ようなどとは、異世界と言えど思いもしなかった。
「驚いたなあ……あっしもそれなりに長く探検者やりやしたが、こんなもんを見るのは初めてでさあ……」
「実現不可能な空想上の産物としてしか、私も知りませんでした……」
本隊に戻り報告……この脅威の施設を利用しない手はないと考えたのか、口々に驚きを述べる隊員たちと共に、全員でテルミナスへと戻る。この予想外の発見が依頼主との間にどのような要素として働くのかは不明だが、その辺りは下っ端である自分達には関係の無い事。ひとまず、予定より早く戻れたことを喜ぶことにした。




