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底辺だけど、異世界であがき抜く  作者: ぽいど
第十三章 人の価値、命の価値 編
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十三章の5 浸透戦

「っ……!」



 胸に投げ槍を受けた。耳ざわりな音と胸に響く衝撃……それだけだ。表面の革が少し破れはしたが、ヘルミーネ特製のブリガンダインはロヴィスの投げ槍を容易く弾き返していた。



「(高いだけのことはある!)」



 感心もつかの間、槍に続いてロヴィス達が突っ込んでくる。弩を構えなおし、自分に近寄る一体を狙う。十分に引き付け、ナイフを構えた敵の眉間に矢を撃ち込んだ。



「(他は……!)」



 周囲に視線を走らせる。フォルミは既に突進を仕掛け、前で2体のロヴィスを倒し、3体目を貫いていた。左右では……



「うわっ! こいつ! くんな!」


「ちくしょう! ロヴィスなんかに……!」



 突進してきたロヴィスにポンペオとカーラが格闘戦を強いられている。ウーベルトは……居ない。あの短い間に逃げたようだ。こちらに来るロヴィスは、フォルミが倒してくれているようだが……



「(援護! どっちを……?)」



 フォルミに援護は要らない。ならカーラとポンペオのうちどちらかだが……カーラは投げ槍を腹に受けてしまっていた。革の鎧を貫いた槍をロヴィスと押し合い、何とかそれ以上の侵入を防ごうとしている

 一方のポンペオ……こちらは上手く槍を避けたようだが、ナイフを手にしたロヴィス相手に近接戦闘を強いられていた。



「(助けるべきは……)」



 弩を捨て、鉈に持ち替えて味方を襲うロヴィスの背後へ走る。刃を振り下ろせば、ロヴィスの頭はタマネギでも切るかのように割れて中身を跳び散らした。



「(こっちもいい具合!)」


「はあ、くっそ……!」


「うあああああっ!?」



 ポンペオ側の敵を排除した時、背後から苦痛の悲鳴が聞こえる。振り向くと、カーラの体に敵の槍が沈み込んでいくところだった。



「カーラーーっ!!」



 叫ぶポンペオ、こちらが動くよりも早く、フォルミが槍を握ったロヴィスの首を切り開く。これで奇襲を仕掛けてきたのは全てのようだが……



「カーラ! カーラっ! 畜生、何で!」



 カーラの傷は深く、背中側まで達している。革鎧の隙間から血が流れ出しており、到底動ける状態ではなさそうだ。



「ハハッ……ドジっちゃったよ……」


「カーラ、喋ったら駄目だ!」



 縋りつくポンペオも、治療手段を持っているわけではないらしい。おおむね予想はしていたが。



「……どうしますか?」


「命令を遂行するには厳しい。このロヴィス達は他と違うようだ。数も多く、統制が取れている」



 フォルミの言う通り、本隊の方もかなり苦戦しているように見える。負傷しているのは一人や二人ではなく、しかも数少ない槍持ちが集中して攻撃を受けており、雑魚を蹴散らす、と言う空気ではなくなっている。



「こいつは、敵に優秀な奴がいやすな。そいつが仕切ってるんだ」


「……今更、どこに居たとは聞きませんが。わかるのですか?」


「へえ、たまにある事なんでさあ。天才と言うのか、歴戦と言うのか……とにかく、他よりずっと出来る奴がロヴィスにも居るんで」


「では……その仕切っているやつと言うのを倒せと?」


「まあ、いくらかはマシになるでしょうな。ざっと見たところ、相手も本隊の相手で手一杯のようだ。今なら横から回り込めそうですぜ」



 本来の予定には無い行為ではあるが……上手く行けば状況が好転する可能性も高い。もっとも、自分はそれを実行するかどうかを判断する立場にはないのだが。



「班長として、判断を求めます。どうしますか?」


「命令にはないが……」


「カーラッ、カーラ……」


「短い間だったけどさ……あたい、あんたに会えて……」



 カーラが助かるのかどうかはさておき、この戦いへの復帰は不可能だろう。隊としての射撃能力が大きく低下した以上、このまま援護射撃を続けてもさしたる成果は望めないように思えるが……



「よし、これより移動し、敵地を直接攻撃する」


「わかりました。ポンペオさんも立ってください、行きますよ」


「行きますって……カーラをここに置いていけってのか!?」


「治療も出来ないのに、彼女に付いていたところで何の意味もありません」


「お前! 仲間に向かってよくそんな事が言えるな!?」



 なんとも都合のいい『仲間』だが……ここでポンペオも離脱しては、助けた意味がない。



「今何をすべきか考えてください。ウーベルトさん、彼女の後送と応急処置を頼めますか?」


「承知で。ささ、ポンペオの旦那、ここはあっしに任せて」


「けどよ……!」


「早く戦いを終わらせれば、魔法での治療も受けられるでしょう。戦いに集中した方が結果的に助かる可能性は高い筈です」


「くそっ……カーラ、待ってろよ! 速攻で片づけてくるからな!」



 カーラを引きずるウーベルトを尻目に、弩に矢をつがえ集落へと3人で進む。敵が迎撃に出てきたが、正面から人数をあまり割けないのか数は少ない。土塁を出る者から順に撃ち倒し、距離を縮め……土塁へと取り付いた。高さ1.5m程のそれは簡単には登れなさそうに見えたが……フォルミは一足で跳び乗り、影から突き出された槍を切り払って持ち主の息の根を止めた。



「敵は居ない、掴まれ」


「(この脚力は……虫らしい、というべきなのかな)」

 


 土塁の内側はなだらかになっており、その向こうには集落……目につくのはいくつかのテントと、柵に囲われた羊。そして中央にあるひときわ大きな天幕……その頂点に立つ、他とは明らかに違う出で立ちの敵。

 動物の骨を使ったらしき歪な鎧。大型の鳥の羽を使った頭飾りは南米でサンバでも踊っていそうな姿だ。長い槍を手にし、アルバーノたちが争う戦場を見下ろしている……



「奴だ」


「野郎……死ねっ!」



 その姿を確認するや否や、ポンぺオが矢を放った。空を切り獲物に突き立たんとする(やじり)、その到達よりも早くロヴィスは飛び降りた。天幕の屋根を滑り、端から跳躍してこちらに迫る。二射目を放ったポンペオの顔に、その足がめり込んだ。

 


「(他とは、違う……!)」



 具体的に何が、と言うと言葉にはしにくいが……とにかく目の前のロヴィスは、『自分でもなんとかなる程度の相手』という気がしない。ポンペオの矢で片耳は半分ちぎれ、彼が倒されてなお、2対1という数。有利なのはこちらのはずだが……敵はそんなものを気にも留めないかのように吠え、猛然と暴れ出した。

 敵の武器は槍。リーチの違いで思う様に攻撃を加えられない……敵の動きは素早く、巧みだ。フォルミは突きや薙ぎ払いをうまく凌いではいるものの、こちらはと言えば、素早く動き回る2人を相手に、上手く狙いをつけられずにいた。斬りかかろうにも、下手に近づくとかえってフォルミの邪魔になる。



「(早く仕留めないと……!)」



 本隊と戦っている部隊を10匹程も呼び戻されたら、数の有利すら完全に消滅してしまう。焦りを覚えながらも、一度走って距離を取り、テントの一つの陰に隠れる。



「(大丈夫……当たりさえすれば倒せる……)」



 周囲を確認し、物陰で毒瓶の封を切る。高い粘性を持った黒っぽい液体を(やじり)に塗り付け、必殺の毒矢として弩につがえた。



「(なるべく、近くから……)」



 先ほどポンペオの矢を(かわ)した所を見ると、敵の反射神経はかなりの物。不意打ちかつ、近距離からの攻撃が求められる。テントの陰を移動し、格闘の隙を見て隣のテントへと、距離を詰めていき……



「(ここなら……!)」



 距離にして10m未満。腹ばいになり、ゆっくりとテントの陰から出る。槍を手に、まるで踊るかのように立ちまわるロヴィスだが、その動きが、攻撃のため鈍る瞬間がある。そこを狙い……引き金を握り込んだ。

 狙いは確かだった。敵は背を向けていた。だが……運が悪かった。動物の骨を使った鎧は複雑な形状をしており、その曲面が矢の勢いを逸らし……矢を中空に弾き返す。



「なっ……」


 矢筒に手を伸ばす。しかしその手が弩に戻る前に、敵はこちらに向けて走ってきた。振りかぶられた槍、狙いは顔に。横に転がる。穂先が頬から顎を掠め土に刺さる。起きる暇もなく二撃目、三撃目。転がるごとに顔のあったところへ槍が突き立つ。



「早く立て!」


 ロヴィスは背後から斬りかかるフォルミに反応し、振り向いて槍の柄で刃を受けた。フォルミの間合いでの戦いになり、激しい打ち合い……それを制し、フォルミは腕や顔を連続して切り付ける。羽飾りがちぎれ、赤い飛沫が飛び散った。



「(やった!?)」



 重傷を負ったロヴィス……だが、ひと際大きな声を上げると、猛然とフォルミへ攻撃を仕掛ける。



「まだ動くか。どこからその力が出る」



 フォルミが目に見えて押されだした。敵にダメージが無い筈はない。だが、それを何かで克服しているかのようだ……フォルミの体にも、次々傷がつき始める。その乱戦は到底弩で狙えるものではない。再び弦を引くのが間に合うかも微妙。



「(邪魔にならないか!? だが一人で戦うよりは……!)」



 加勢するべく立ち上がろうとしたとき、手に先ほど弾かれた矢の軸が当たる。



「(……やってみるか!)」



 それを握り込み、敵の背後から走る。太腿の、鎧が覆っていない可動部。そこへ握った矢を突き立てる。致命傷どころか、精々軽傷が良い所。案の定敵は意にも返さず、逆にこちらは膝を顔に受けてたたらを踏む……しかし。



「(これで……勝った!)」



 敵は精神力で痛みをカバーしているのかもしれない。負傷しようと戦い続ける技量を持っているのかもしれない。だが、毒は純然たる化学反応で体の機能を止める。技も気力も、意味をなさない。武器と鎧で、何とか急所を守っているうち、目に見えて動きは鈍くなり……膝をついた。



「終わりだ」



 そこへ駄目押しのフォルミの一撃。首筋を貫かれ、ようやく……と言っても、精々1~2分程度の戦いではあったが。それでも、その何倍も長く感じた戦いは終わった。


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