十三章の3 班長と夜の個人レッスン
食事を終え、テントに入る者、焚き火の周りで談笑する者、星を見上げる者。思い思いに過ごしている探検者たちから少し離れ、班長たる昆虫人間……と言う表現が正しいのかはわからないが、とにかく虫の外見をした人間、フォルミと相対して武器を構える。
「弩は無しだ。当たると死ぬ」
「わかりました。そちらは何を?」
「これだ」
マントの下から出されたフォルミの手には変わった武器が握られている。幅広の短剣の刃に、通常のT字型ではなくH字型の柄が付けられ、握ると腕と刃が一直線になるよう作られた、ナックルガードと短剣を融合させたような武器だ……斜めから差す青い月に照らされ、どこか冷たい印象を受ける。
「……変わった剣ですね」
「私の世界の武器に近い使用感を求めた結果だ。では、打ちこんでこい。本気でだ」
「……わかりました」
フォルミがマントを脱ぐ。虫の腹部と言えば複数の足が生えていたり節があったりと、あまり見ていて気持ちの良い物ではないが、彼だか彼女だかの体は肉体と言うよりは、やはり甲冑のそれに近い。多少汚れてはいるがほぼ白一色の体はどこかプラスチックの様な質感……
「(……ん、よく考えたら、マントの下は全裸ってことになるのか?)」
「どうした、遠慮は無用だ」
「……では、行きます」
くだらないことに考えが向いてしまった。改めてフォルミに向き合い……どう出るかを考える。落ち着いて見くらべると、背は自分と同じ程度。踏み込んで、鞘を着けたままの鉈で縦一文字に振り下ろす。右か左に避ければ斜めに切り上げ、後ろに下がれば踏み込みながら突き……そこまでは考えた。
しかし実際には横でも後ろでもなく……突然、視界からフォルミの姿は消滅した。
「(え……!?)」
「なっていない」
声は、下から聞こえた。足元を見ると這いつくばったフォルミの姿。虫の姿をしているため、妙に違和感が無い。一瞬、あっけにとられ……その隙に足を掴まれた。続けて鞘付きの刃が脹脛に押し当てられる。
「これでお前は歩けなくなった。死ぬのを待つばかりだ」
そう一言だけ言うと、立ち上がって最初と同じ距離まで離れ、再び武器を構える。
「もう一度だ」
淡々としすぎていて今一つ何をしたいのか掴めないが、とにかく訓練は続くようだ。再び上段から振り下ろす。今度は伏せられても対応できるよう、振ってすぐ後ろに跳び下がりフォルミの様子を伺う……余裕もなく、低い姿勢から突進したフェルミに押し倒される。
押し返す暇も、刺しかえす暇もなく、フェルミの武器が喉に押し当てられた。
「これで延髄まで切断できる。反撃する間も無く即死だ」
再度、フェルミは元の間合いへ戻る。そこへ打ちこんではカウンターを受けて致命傷、またはそれに繋がる一撃を受け、最初からやり直し。そんなことを何度も繰り返すうち、見張り番をしているもの以外は眠ってしまったようだ。
「このくらいにしよう。お前も眠れ」
「……わかり、ました」
深呼吸を数回。乱れた呼吸を徐々に整え、体に付いた土を払う。フォルミもマントを羽織り、焚き火の近くで横になる。
「旦那、お疲れさまで」
「起きていたんですか」
「まあ、付き人が先に寝るわけにはいかんでしょう。ささ、寝床を用意してありやす」
「別に気にしませんが……まあ、ありがとうございます」
何にしても、疲れた。用意されていた寝袋を使い、睡眠をとる。
「(そう言えば、昼間の休憩中もやるって言ってた……)」
この訓練に、どれほどの意味があるのかわからないが……とにかく、上からやれと言われているのだから従う。今はとにかく、体を休めることにした……
異世界生活120日目、夏の74日
起きれば朝食を摂り馬車で移動、途中馬を休ませている間に訓練をするのだが……これが、地味に負担がかかる。
馬車は荷物で狭く、乗り心地は満員電車のそれに近い。立っているのと体を折りたたむようにして荷物の隙間に収まるのと、どちらの負担が大きいかは議論の余地がありそうだが。
それから解放されれば、体を伸ばす暇もなくフォルミとのトレーニング。転ばされ、鞘ごととは言え刃を体に食い込まされ、さらに固い殻での打撃も攻撃のバリエーションに加えられた。
「あがっ!?」
「武器にばかり気を取られるからだ。額が切れたな、薬をもらって来い」
「は、はい……」
肘を受け、血が流れる額を押さえながら、薬が積んである馬車へと歩く。フォルミが強いのか自分が弱いのか……恐らく後者寄りの両方だろうが、フォルミの攻撃を3回以上凌げたためしがない。
「だっせ、もろに肘打ち食らってやがる」
「薬を無駄遣いしないで貰いたいねえ、まったく」
カーラとポンペオ……2人はどうやら付き合っているらしい。だからと言って悪口まで2人一緒でなくてもよいだろうと思うが。
黙ったまま2人の前を通り過ぎ、物資が積んである馬車へ向かう。御者である、背の高い傭兵団のメンバーに薬を申請すると……見覚えのある壷から見覚えのある軟膏が掬い出された。
「(アルフィリアの大量注文ってこれの事か……)」
「ほらよ、フォルミに馬鹿正直に付き合うなんてお前も物好きだな」
「やれと言われたらやるしかありませんので……」
「へっ、部下にしたら便利そうなやつだな。ほらよ、もってけ」
褒められたのかどうだか微妙な評価と共に軟膏を受け取って治療し、フォルミの元へ戻る。フォルミはポンペオにもトレーニングを施そうとしているようだが、今の所それは上手く行っていないようだ。
「おれっち、弓兵なんでね。殴り合いはちょっと合わないって言うか……」
「あたいらが射撃に専念できるよう護衛するのが、あんたらの仕事なんじゃないのかい?」
「そうだが、戦闘では予定通りにはいかない」
「そりゃあ、甘えってもんじゃねっすか?」
「休憩終わりー! 出発するぞー!」
訓練の続きを行う前に、時間切れになってしまった、馬車に急いで乗り込み、荷物の隙間に体を押し込んで台車ごと揺さぶられる。単純に予定日数から見れば、明日明後日辺りには目的地に到着することになるが……
「現地に到着したら、そこからはどうするのですか?」
「知らん」
「え?」
「ちょ、知らんって……マジで?」
ポンペオでなくとも、そう言いたくもなるという物だ。作戦の中心となる傭兵団のメンバーが作戦の詳細を知らないなど思っていなかった……
「私は戦うのが仕事だ。戦いをどう進めるかは私の役割ではない」
「ちょっとちょっと、冗談じゃないよ。どこで何をするかも知らない奴に率いられて戦えってのかい!?」
「まあまあ、お二方落ち着きなすって」
「付き人のオッサンはすっこんでろよ」
言わせておけばいい物を、ウーベルトが割って入っていく。案の定の反応を受けるが……そこは年の功なのか、軽く受け流している。
「いやいや、こちらのフォルミ殿のいうことは別におかしいわけじゃありやせん。下手に全体の事を知ってちゃ、かえって目の前に集中できなくなるって考えもあるんでさ」
「そう言う話じゃないんだよ、あたいらは命がけでやってるんだ、何をやらされるかも知らずにただいうことを聞けって? 冗談じゃないよ」
「いやまったくその通りで。しかし考えてもおくんなせえ、そもそもあっしらの依頼人も傭兵なんですから、聞かされてることが正しいなんて保証はどこにもないんでさ」
ウーベルトのいうことも確かにそうだ。自分達はいわば孫請け。元請けが必ずしも正しい情報を得ているどころか、何も聞かされていないという可能性もある。
「だからこそ、お二方みてえな手練れが必要ってことなんでしょう。その場で咄嗟に判断ができて、柔軟に動ける人材って奴でさ」
「何かおだてられてるような気がするな……」
「いずれにせよ、知らない事は教えられない」
「あくまでそう言う立場ってことかい。ま……こっちには囮になりそうなのが1人多いんだ。せいぜいこっちに来る敵を減らしてもらいたいもんだねえ」
「へへへ、そりゃあもう、あっしもできる限りの事をさせていただきやすとも」
「愛想笑いやめろよ、うざいから」
ポンペオに半ば蹴りだされるようにして、ウーベルトはこちら側に戻って来た。
「どうせ今更馬車を降りるわけには行かないんですから、放っておけばよかったでしょうに」
「いやいや、こういう細かい不信がいざって時に響いてくるもんですからな。つくろっておくに越したことはないってもんで」
「そう言う物でしょうか……」
「旦那は少々、人の内心って物を軽く見る傾向がありやすな……」
「内心は見えませんから。まだ能力や見た目、実績で判断した方が建設的です」
「そりゃあそうですがね……人間いざって時は打算じゃなく好き嫌いで動くもんでさあ」
「理不尽な物ですね」
「いいじゃあないですか。それが人間味ってもんでさ。少なくとも、使えなくなったら容赦なくポイッ、なんてのよりはよっぽどマシだ」
ウーベルトはその『ポイ』をされた方のはずだが……だからこそ、と言うのもあるのだろうか。好かれる努力をする……とまでは言わないものの、背後から撃たれない程度には気を使うべきなのかもしれない。
「(まあ……何が地雷かもわかったもんじゃないから、黙って従順にしているのが一番なんだろうけどな)」
車内の事など気にするそぶりも無く、馬車は平原をひたすら進んでいく。日が落ちてキャンプの準備を済ませたら、フォルミとの訓練だが……やはり手も足も出ずに土を舐めさせられる。
「手足や肩に意識を配れ。動き出しに反応できる」
「そう言われても、どう動くのかがわからなければ……」
「経験だ。数多く攻撃を受けた分だけ学び、咄嗟の判断ができるようになる。もう一度行くぞ」
およそ、ダメージを受けていない部分が全身の半分未満になったあたりで休憩時間を取る。他の探検者は殆どが眠り、傭兵団のメンバーも何かの打ち合わせを終えて解散した様子……
「……あちらには加わらなくて良かったんですか?」
「私は戦うだけだ。作戦はその場で聞けばいい」
「(本当に何も知らされてないのか……)気にはならないのですか?」
「私は戦うのが仕事、そう言った」
「ですが、自分の命がかかっているはずです」
「私の命が断たれるかどうかは些細な問題だ。それよりも戦いに勝つかどうかだ」
「……同意はしかねます。死んでは何もかも終わりですから」
勿論仕事をするうえで割り切りと言う物は必要だ。しかし……そこに自分の命まで入れることはない。言うまでもなく、自分が死んでしまえばその戦いで勝とうが負けようが無意味だからだ。なので自分の生存が大前提、その上で余裕があれば他の目標にも手を伸ばす。これが正しいスタンスのはずだが……
「この世界の者は、そう考えるようだな」
「そちらの世界では違う、と?」
「我々は全体を最優先とする。個が生き延びようと全体をないがしろにすれば、より多くが死ぬ」
全体主義、とでも言うのだろうか。だがその政治体制は結局どの国も崩壊しているはずだ。つまり結局の所その考えは非現実的な誤った考えだということになるが……フォルミの世界では事情が違ったのだろうか。
「それで……上手く行っていたのですか?」
「わからない」
「わからない……?」
「私が元の世界で最後に居たのは、総力戦のただ中だった。負けたなら滅んだだろう。勝ったのなら繁栄しているだろう」
「(軍人だったのか……)結果は、気にならないのですか?」
「気にはなる。こちらに来てすぐの時には、混乱もあった。しかし私は戦士だ。集団のため戦うことを求められ生まれた。場所が変わろうと、私が戦士であることに変わりはない」
フォルミは集団に尽くすと言いながらも、その集団が何であるかはそれほど拘らないらしい。今はこの傭兵団がフォルミの居場所だと、そう言うことなのだろう。そこに至るまでには多くの事があったのだろうが、それは今自分が聞くべきことでは無さそうだ。
「故に私がするべきは戦いに勝つ事、勝てるようにすることだ。もう十分休んだだろう。立て」
「……はい」
故郷について語るときにも、その起伏の無い声は相変わらずだったが、自分の国がどうなったかについて考える程度に感傷はあるらしい……昆虫のような見た目通りの無機質な人物なのではないと、少し考えを改めることになった。
もっとも、訓練で痛めつけられるのは何ら変わりはしなかったのだが。




