十三章の1 プチ遠征依頼
母さんが殴られている。殴っているのはお父さんになると言ってた人……確か3人目。その人との間に入る。3割ほど身長が上の相手にはなすすべなく、壁まで殴り飛ばされる。弱い自分では母さんを守れない。だから、電話をかけた。
男は警察に連れていかれたけど、母さんは怒った。
「誰が私を養うの! もうキャバも無理なのに!」
お金、お金。お金があればいいのか。お金があればもう男の人を連れてきて一緒に殴ったりしないのか。それなら、働く。大人になったらすぐに働く。
「言ったね……? 忘れるんじゃないわよ」
窓戸から夜明けの光が差し込み、顔に当たる。母さん……は、居るはずもない。ここはサンドラのアパート。自分は目下……家賃滞納の危機に瀕していた。
異世界生活117日目、夏の71日
直営酒場は今日も探検者たちで賑わっている。料理を食べる者、酒を飲む者、店員の女性を口説く者、そして自分のように仕事を探す者。
「(……ある程度条件を絞って選ばないとな……)」
9日後には家賃の支払いが待っている。それを支払うと、手持ちは銀貨13枚。これで保存食を買おうとすれば30食分が限度だ。手持ちが20食分程度なので、その範囲で完了できる仕事を探さなくてはならない。
しかし、近場で済む仕事はその手軽さから人気があり、なかなか見つからない。最近読めるようになった、依頼票が貼られた掲示板を眺めては見るものの、自分には難易度が高すぎたり、報酬が安かったり、そもそも目的物がわからなかったりと、手を出せそうな物は見当たらない。
「おや旦那、装備を新調したんですな! 鎖帷子か何かだと思ってやしたが、こいつは……いや、奮発しやしたなぁ」
そこへ現れたウーベルト。その奮発が原因で、今掲示板の前で悩んでいるわけだが……ここは恥を忍んで、先達に相談する方が良いのかもしれない。
「わはは! なるほど装備を買って金欠でやすか! 駆け出しは誰でも一度は通る道でさあ!」
「笑い事ではありません」
「まあ、そうでやすな……元手がねえって言うなら、物品支給の依頼を請けたらどうですかい?」
「物品支給?」
「まあ、要するに道中の食料だとか、矢だとかを支給してくれるんでさ。一度訊いてみたらいかがでやしょ?」
結局、直接担当者に尋ねるのが一番ということらしい。カウンターに向かい、相変わらず頭蓋骨の曲線が綺麗に出ている酒場の主に、話を聞いてみることにした。
「物品支給付きの依頼だあ? よっぽど金に困ったらしいな」
「まあ……否定はできません」
「ふん、まあいくつかあるが、どれがいい。長距離の馬車護衛、鉄鉱石を指定の重量収める、中央区にある邸宅の長期警護……」
「……あまり、探検とは関係の無い物のように思えますが」
「まあ、食い物やら提供してまで人手が欲しいってことはそれなりに事情があるってこった。長い期間働かせたかったり、キツかったり、あるいは……緊急で頼みたい、なんてのもあるぜ?」
以前、それで痛い目を見たことを知らない筈がないだろうに、中々嫌味なことを言う。あまり選んでいられないのは確かではあるのだが……
「あんまり気が乗らないっていうんなら……こういうのもあるぜ」
その言葉とともにカウンターに出されたのは依頼票……と言うよりは何かのポスターのように見えた。筋肉質の男が剣を持った立ち絵が上半分を占め、下には文章……
「求める……強い者。高い報酬と危険……?」
「傭兵団の臨時隊員募集だ。予定では10日間ほどで、金貨最低3枚を保証するらしい」
「傭兵……つまり依頼を請けて戦う集団ですよね? それが更に依頼を出すんですか?」
「傭兵団って言っても名乗ってるだけで、実態は探検者の集団なんでさ。まあ、その中でも戦いを専門的に引き受ける運中ではありやすがね」
「(そう言えば、前にそんな話をしたっけか……)」
ベテラン探検者の中には、気の合う仲間同士や、互いの能力が嚙み合った者同士で固定の組み合わせを作り行動する者が少なくないらしい。いわゆるクランやギルドに相当するような物、なのだろう。
「で、そんな集団にはそれに向いた依頼が直接来ることがある、それをこなしゃあ、ますます有名になって依頼が来て、と……まあ探検者の出世街道の一つですな」
「その専門家集団が、何故外部に依頼を?」
「まあ、人手が足りねえか……あるいは、見どころのある新人を探すって言う目的もあるんだろうな。それでどうする、やってみるのか?」
「こういうものは、もっとこう……実力のある人がやる物なのでは?」
「旦那、自分を過小評価するのはよしなせえ。馬車の護衛なんかは数えねえにしても、狼狩り、ロヴィスとの遭遇戦、捕まった山賊を返り討ち、下水道にも潜り、地図埋めで遺跡の探索。もう5回……4分の1以上が消えちまう5回の探検を無事潜り抜けてるんですぜ」
「それは単なる統計の話でしょう……」
仮に統計を信じるにしても、その5回のうち半分以上は偶然と同行者により乗り切った物だ。運も実力のうちとは言うが、それを安易に当てはめてしまって良い物かどうか……
「まあ、嫌なら無理にとは言わねえよ。俺は別にお前が家を追い出されようと構わんからな」
「(結局そこなんだよな……)」
金が無いのは首が無いのと同じ、とは誰が言った言葉なのか……結局選り好みしている場合ではないというのが、あらゆる不安要素を飲み込ませる。
「……一体、具体的に何をするんですか?」
「あ~……ほう、面白そうじゃないか。ロヴィスの集落を襲撃するらしいぞ」
「集落?」
「ロヴィスは通常数匹で放浪するが、時折大きな群れを作って一か所に陣取ってることがあるんだ。それをぶっ潰そうってわけだ」
「(ロヴィスか……)」
弱い相手、とは言わない。しかし比較的遭遇経験がある相手ではある……他の良くわからない相手と戦わされるよりは、まだマシな選択肢ではあるかもしれない。
「……その依頼、やってみます」
「よし……ああそうそう、こいつは複数人募集だ。一緒に行きたいって奴は居るか?」
「……ではウーベルトさんを」
「それは駄目だ」
「へっへ、旦那お気持ちはありがたいが……あっしみたいなカタワ者を同等な扱いってのは不和の元だ。あっしはいつも通りの付き人で十分でさあ」
「わかりました。あとは……」
あと一人、声をかけたら来てくれるかもしれない人物……居るには居る。
「はい、定番の軟膏に、これは蛇毒用の解毒剤ね。水でゆるく溶いてから、傷口に強く塗りこむようにして使う事。あ、絶対に清潔な水でね!」
「ああ、わかってるって」
「んでこっちには虫除けの香と、鎮痛の湿布ね」
「おう、いつもありがとよ!」
「えーっと、水の浄化剤を欲しがってたのは誰だったかしら……」
背後で薬を売り歩いている少女、アルフィリアこそがその人なのだが……フードで顔を目深に隠した風貌も、すっかり受け入れられているようだ……しかし、前にああやって売り込みをして怒られていなかっただろうか。
「まあ……直接売り込んでるんじゃなくて注文されたものを届けてるって体だからな……そこまで禁止するわけにもな」
「旦那、薬師殿にもついて来てもらいやすか?」
「……いいえ、止めておきましょう」
「そりゃあ、どうしてですかい? 治癒魔法が使えるのと使えないのとでは、グッと難易度が変わりやすぜ」
ウーベルトの言うことは一言一句間違っていない。しかし今回の件はこれまでの様な『戦闘になる危険性が高い』と言う話ではない。『戦闘をしに行く』のだ。その違いは、決して小さくはない。
「アルフィリアちゃん、私もそろそろ薬を買い足したいんだけど」
「あ、ごめんね、ちょっと多めの注文が入ってそっちにかかりきりになりそうなの!」
「あら、そうなんだ。だんだん名前が売れてきたのね、頑張って!」
金属で補強された革鎧の女性探検者とのやり取りを聞くに、アルフィリアもアルフィリアで、しばらく忙しいようだ……
「やはり、彼女の同行は止めておきましょう。集団で行くのなら、治癒手段の一つや二つ用意してあるでしょうし」
「まあ、本人が忙しいんじゃしょうがありやせんな……」
「じゃあ依頼の手続きをするぞ。紹介状を書くから傭兵団の事務所で詳しい話を聞いてこい」
店主から事務所の場所を聞き、紹介状を手にベスティア門へ続く通りを歩く……書いてもらった紹介状が、どう見ても使い古した依頼票の裏に一行書かれただけの物に見えるのは気になるが。
「おっと、『黒斧傭兵団』ここですぜ旦那」
通りから一本裏道に入ったところにある傭兵団の事務所は……『いかにも』とでも言うべきか。石材を積み上げて作られたそこは3階建て、小さな城とでも言わんばかりの外観をしていた。
所々にまるで戦闘でもあったかのような傷があるのは、箔をつけるためとでも言うのだろうか……とにかく、事務所へと足を踏み入れる。ランプが普及しているにもかかわらず、わざわざ篝火を使った玄関をくぐると、中もやはり似たような雰囲気。やや薄暗いホールには、申し訳程度のカウンター。そして来客を迎える気がまるで無さそうなモンシアンの男が居た。
「なんだ? 何の用だ」
「こちらで臨時の隊員を募集していると、『終端にして始点』亭で聞いてきました」
「ああ? それか。紹介状を見せな」
提示した紹介状をひったくるようにして一瞥し……上階に向けて声をかけた。
「おーい! アルバーノ! また2人来たぜ!」
その声に答えるように、2階から誰かが石の階段を降りて来る……身長は180cm強、太い手足と深くひび割れた胸板、体中に付いた傷が『歴戦』という言葉を想起させる。無精ひげをそのまま伸ばしたような黒い髭を指で弄りながら、ラフな姿の男がこちらを見た。
「ほーう、若造と中年の組み合わせか。おい、それぞれ獲物は何だ?」
「弩と鉈、ロヴィスを倒した経験は2度ほど」
「あっしはこちらの方の付き人でして……数には加えないで下せえ」
「ああん!? こんなガキが付き人だあ!?」
「まあ、金が要らないなら勝手にしろ。俺がここの団長、アルバーノだ。何をするかは聞いてきたんだろうな?」
「ロヴィスの集落を襲撃する、と」
「それがわかってるんなら構わん。出発は明後日3時、ベスティア門を出たところに集合だ。遅刻したら容赦なく置いていく、以上だ」
連絡事項を通達すると、さっさと2階に戻っていってしまった。何かしら嫌味なり脅しなりが来るかと思ったが、随分と淡白な物だ……受付のモンシアンももう用済みと言わんばかりの態度なので、事務所を出て、ひとまず広場の方へ歩く……
「さて、どうしやしょうか?」
「ひとまず、当日まで準備をしておいてください。傭兵団で行動するにあたり、何か気を付けることは……」
「あっしもそんなに大勢で動いたことはないんでねえ……まあ、一番気を付けるのは誤射でしょうなあ。特に旦那は弩だから下手な鎧は貫いちまう。味方の動きを良く把握しておくことですな」
「撃つ前に前後左右を確かめろと?」
「まあ、難しかろうが心構えくらいはしておきなせえ。時として敵より身内の方が怖いと言うでしょう」
「言うのは簡単ですが……」
話しながら広場に到達したところで、一度ウーベルトとは別れる。食料などは向こうが用意するのでこれと言った準備はしなくても大丈夫だろうが……ふと、もう1人。同行してくれれば心強そうな人物が思い浮かび、帰る前に彼女を訪ねることにする。
「え……? いやです……そんな危なさそうな上に怖そうな人たちと一緒なんて絶対いや……」
イルヴァには取り付く島もなく断られた。複数参加の体でなら、彼女の魔法も無料で使えるかもと踏んだが、甘かったらしい。結局これと言った収穫は無く、家賃の支払いに充てるため組合に残っていた金を引き出して、アパートに戻ることにした。
「はいよ。じゃあまた次は90日後にね」
サンドラに家賃として銀貨50枚を支払い、これで残りの財産は銀貨12枚。残りは薬の購入に使おうかと、隣室をノックする……と、その時背後から気配。身長ほどもある縦長の壷を転がすアルフィリアの姿だった。
「あ、丁度いい所に。ちょっとこれ運ぶの手伝って」
「またいきなりな……」
荷車に積まれた同サイズの壷を、合わせて3つ部屋に運び込み……すでに積み上げられた、植物やら動物の素材の前に並べる
「……何ですか、この山は」
「大量注文よ。明後日までにって言われてるのよね……今日明日は籠りきりになるから、用事があるなら今のうちに言ってね」
「いつもの薬と……出来れば即効性のある矢毒……致死性の物を」
「致死性……ね……作るには作れるけど、そう言う物が必要な仕事に行くわけ?」
「備えは必要ですので……前のツノシシの様な猛獣に出くわさないとも限りません」
「……わかった。用意したげる、けど扱いには気をつけてよ」
「予算は傷薬と合わせて銀貨12枚以内でお願いします」
「……また、しょっぱい額ね」
予算の許す範囲で、出来る限りの準備はした。大勢での行動と言うと以前の牛祭りを思い出すが……あの時の様な失態を繰り返すわけには行かない。アルフィリアから薬品を受け取り、出発の日を待った。
購入物 数量 出費 現在数
傷薬 12 銀貨4 1→13
毒薬 2 銀貨4 0→2




