十二.五章の3 近世のお話
パンと塩漬け肉、酢漬けの野菜、後は茹でた芋。平均的な夕食のメニューを揃えて、腹に収める。食べている間に雨は小降りになり、雲の向こうに薄く、サボり癖のある神ことマイラの青い光が見えていた。
「ほらほら、空なんか見てないで続き読むわよイチロー」
「まだ続くんですか?」
「せっかく勉強見てやってるんだから喜びなさいよ」
街に居る時は暗くなったら早々に寝てしまうのだが……今日はどうやら夜更かしをすることになりそうだ。再びアルフィリアの部屋で本を広げ、物語の続きを読む。
『暗黒の時代』
『戦いで傷つき、魔法の力を失った人々は苦難の日々を過ごしていました』
『しかしある日の事、魔法の力を取り戻す方法を伝える者が現れました』
『その者は力を失った品々から魔法の光を取り出し、使う術を人々に教えたのです』
『人々は喜び、使えなくなった道具から魔法を取り出していきました。再び夜に光が灯り、繁栄を取り戻そうと人々は懸命でした』
『しかし、それこそが悪魔の仕掛けた最も恐ろしい罠だったのです』
人々に、1人の人物が何か輝く物を与えているように見える。だがその輝きで出来たその人物の影には、歪んで笑う目と口が浮かんでいた。
「これ……」
「どうかしましたか?」
「この技術……錬金術と似てる、かも」
「そうなのですか?」
「うん。『魔法の光』をマナだと考えると……マテリアに再精製する段階を止めて、抽出したマナが……ん、でもそしたら抜かれて放置された物はどうなっちゃうんだろ……より細かい状態で安定する……?」
「……学術的興味を昂らせるのは、また今度でお願いできますか?」
「ああ、ごめんごめん。続きよね」
『黄金の時代を取り戻さんとした人々は、次々と魔法の光を取り出していきます。そして戦争前の人々が残した財産は、たちまち減っていきました』
『やがて少なくなった財産を、共に戦い生き残ったはずの人々が互いに争い、奪い合うようになったのです』
『強い物が多くを手に入れ、弱い物が失う。そのような暴力の時代も、残された財産がすべて無くなるまでの短い間だけでした』
『すべての魔法の光は潰え、暗黒の時代が始まったのです』
「あー、もう。滅茶苦茶じゃない。何やってんのよ人類」
「何って、戦争では……」
「そう言うこと言ってるんじゃなくて! もっとこう、物を分け合ったりすれば……」
「人類は滅んだかもしれませんね」
「……何でよ」
「単純な算数の話です。1人の人間が生きるのに10の物資が必要だとして、10人居るのに50しか物資が無いとしたら、平等に分けたら全滅です」
「それは……まあ、そうかもしれないけど……」
マナ。地球で言うなら電気か、それとも石油か……いずれにしても社会の基盤となる物だ。いっそ全員平等に使えなくなったのなら、まだ社会は新たな形に落ち着いたのかもしれないが……まるで足らない量が供給されたとなれば、奪い合いになるのは必然だっただろう。
「それで……それからどうなったのかしら」
「続きを読みます……」
『再生の時代』
『暗黒の時代が長く続き、人々はかつての栄光も、神々の事も忘れてしまいました』
『人々が大地の隅に追いやられ、暗闇やいつ戻って来るかもわからない悪魔に怯えながら生きていた時……1人の英雄が現れました』
『その英雄は輝く光を携え、人々が驚くべき御業をなして見せました。魔法の再来です』
『いつしか、世界には魔法の光が戻っていたのです。しかし人々は、その使い方をすっかり忘れてしまっていました』
『英雄は人々に再び魔法の使い方を伝え、民を導くことを約束しました』
『散り散りになっていた人々は彼に付き従い、再び一つにまとまります。この英雄こそアウレリウス1世。暗黒の時代を終わらせた、偉大なる人物だったのです』
『アウレリウスの行く手には多くの障害が立ちふさがりましたが、彼と率いられた人々はそのすべてを乗り越え、かの英雄を王として迎えました』
『今に至る王家はここから始まり、人々はその統治の下、再び大地へと歩み出したのです』
『神々はアウレリウスとそれにまつろう人々を祝福し、その行く手に繁栄を約束しました。こうして、今私たちが生きる世界ができたのです』
『英雄の登場と、新たな人の時代が始まったことを讃え、人々はこれを再生の時代と称しました』
『しかし忘れてはいけません。悪魔は今も、大地の向こう側で私たちを陥れるための策略を考えているのです』
『またいつの日か、悪魔が私たちを滅ぼさんとやってきてもそれに負けないよう、私たちは日々努力し、世界を支えて行かなくてはならないのです』
『私たち皆が強い意志を持ち、悪魔に付け入る隙を与えないこと。それが世界を守る、もっとも大切なことなのですから』
本は1人の後光が差す人間と、それに跪き讃える人々、それらの地下に潜んでいるかに見える暗い影の挿絵で終わっていた。
「うーん……なんか、とっちらかった感じで終わったわね……っていうか、神はどうなったのよ」
「子供向けの本ですから、細かいところの整合性はそんなに考えていないんでしょう」
子供向けの話と言うのは教訓を込めた話になっていることが多い。神々の部分は良くある天地創造の話だとして、教訓は中盤以降の部分……贅沢は敵だ、王は偉大なり、逆らえば悪魔に滅ぼされる、といったところか。
「(こうやって子供のころから色々植え付けておくんだな……)」
本を閉じ、机の上に戻す。内容はともかくとして文字の勉強にはなった……教師役のアルフィリアはと言えば、膝の間にサクラを挟んだまま何やら思いふけっていて……ふと、思い出したように口を開く。
「ねえイチロー、悪魔っていると思う?」
「さあ……居ると証明できない以上は居ない、と言うのが私の世界の考えですが」
「そう……あのさ、暗黒の時代をもたらしたって言う技術……やっぱり、悪い物だったのかな」
「(またか……)」
アルフィリアはどうにも、普段の態度に反し、自分に自信が無いらしい。それは能力に関する物と言うよりは、存在意義と言うべきか、それともモラルとでもいうべきか。とにかく実態の伴わない心理的な物……要するに何となく気分が落ち込んでいるだけだ。ある程度肯定してやればすぐに持ち直す。
「技術自体に善悪は無いでしょう。それを用いた人物によって良い事も悪いことも起こりえます」
「(まあ、こう言われる技術って大概は碌でもないことを引き起こしてるんだけどな。事故とか事件とか)」
「そうだけどさ……最終的に魔法の力が戻ったのなら、それを待ってさえいれば、きっと世の中はもっと……」
「結果論にすぎません。それに暗黒時代とやらが何年続いたかもわかりませんが、短くは無かったはずです。物資の欠乏で、人類は滅亡に至ったかもしれません。ある種……軟着陸に成功させたと取るべきではないでしょうか」
「……ナンチャクリク、って何よ。何かの呪文?」
「(この世界、航空機が無いんだった……)」
文化文明の違いはこういった慣用句にまで影響するのだと今更ながら気づかされる。しかしアルフィリアに取って聞きなれないその単語は、彼女の精神を一度リセットする効果があったようだ。
「まあ……言いたいことは、なんとなくわかる。きっと皆、何とか状況を良くしようと頑張っただけなんだって。だけどその結果沢山の人が死んだなら、その事は……しっかり覚えておかないといけないって、そう思うの」
「そうですね、そういう考えは良い物だと思います」
「うん……」
話が一段落した時、鐘が九つ鳴る。いつの間にか随分遅い時間になっていたようだ。
「……寝よっか」
「そうしましょう」
ベッドから立ち上がる。アルフィリアは座ったまま、髪を結って服を緩め……
「……見ないでよ」
「いつも一緒に野宿しているでしょうに」
「うるさい、早く部屋に帰れ」
半ば追い出される形で部屋を後にする。単なる文字の勉強で終わるはずが、どうにも締まらないオチが付いてしまった。
「(まったく、アルフィリアには何というか……)」
あれは過去の事で、そもそも実際にあったことかどうかも定かではない。そんなお話の一種にまで影響を受けるなど……まるで童話を本気にする幼子のようだ。
勿論、アルフィリアは充分に理知的な人物……初対面の時から抱いているその印象は変わっていない。しかしその一方で、最近の彼女はどうにも、子供っぽいところを見せる時がある。
「(そう言う二面性を持つお年頃とでも言うのか……? いや、それにしたって、今更だよな……複雑な乙女心って奴か?)」
以前の彼女の方が付き合いやすかったのは確かだが、あまり多くを求めても仕方ない。少し話に付き合って、彼女の錬金術を味方につけられるのなら安い物だ。ところで……
「(……何か、忘れているような……?)」
目を閉じた時、何かそんな気がした。地球ではしばしば感じた感覚だが、こちらでの生活は良くも悪くも単調な物。何かを忘れることはない筈なのだが……
「(……ああ)」
何のことはない。あの赤い液体について尋ねようと思って忘れていただけだ。あれは、新しい薬かなにかなのか……また折を見て聞けばよいだろう。
小さな疑問が解消されて、目を閉じる。静かな雨音は眠りを誘うのにちょうどいいBGMだった……




