十二.五章の2 古代のお話
渋みの強い茶を喉に流し、再び読書が始まる。サクラはひとまず匂いを嗅いだが、流石に茶には興味を示さなかった。
「さて、と……それじゃあ続き読みましょうか」
カップを片付けたアルフィリアが、再び横に並ぶ。ページをめくると、そこには短い文があった。どうやら次の章に入るらしい。
『人々の時代』
『人々は世界に広まり、多くの街を作りました』
『しかし人々の前に、またしても困難が立ちはだかります』
『見慣れた動物たちの中に、怪しく輝く物が現れたのです』
『力が強い物、賢い物、時には火を吹き雷を呼ぶものまで。人々はそれを魔獣と呼び、恐れました』
「サクラみたいなのが昔から居たのね」
「サクラも……火を吹いたりするのでしょうか?」
「うーん……」
名前を呼ばれたサクラはこちらを見るが……見慣れたその顔から火を吐き出すとは到底思えない。
「(賢いとか力が強いとかなんだろうな、たぶん。で、続き……)」
『しかし、人々の中でも勇気ある者が魔獣に挑みました』
『そして見事打ち勝った者が、神の力を取り戻したのです。人々はそれを魔法と呼びました』
一人の男が、倒れた大きな獣の上に立ち、空中に魔法の式らしいものを浮かべている。この挿絵が、魔法を発見した瞬間なのだろうか。
「魔獣が、魔法と関係していたのですか?」
「光の帯があるでしょ? あれが最初の魔法の構成式になったって言うわ」
「では……サクラのも?」
「どうかしらね……最初のって言うくらいだし、多分大したことにはならないんじゃない? それに、全体を見るために皮を剥がないといけないし……」
「それは、できませんね」
サクラはなんだかんだ言って外に出るとき頼れる。自分でその魔法が使えるならまだしも、魔法の使えない自分にとっては何のメリットも無い。
「(まあ、そうそう上手い話はない物か)」
「ほら、手を止めないの、次々」
「わかりました……」
促され、ページをめくる。
『魔法を手に入れた人間はますます繁栄していきました』
『山を掘り、海を渡り、病を癒し、魔法の力を宿した道具を作りました』
『街は人々の笑顔で溢れ、飢える者は無く、夜は昼のごとく照らされる、黄金の時代が続きました』
今度の挿絵は街の様子のようだ。大きな建物が並び、人々の服装もずっと立派になっている。空には鳥に牽かれた馬車らしきものが浮かんでいるが、何かしら空中を移動する手段があったのだろうか。
「幸せな時代ね……飢える人が居ないってどんな世界だったのかしら」
「単に、物語だからそう言っているだけだと思いますが」
「あんたって奴は、ほんっと夢の無い……」
「夢も何も……これは過去の話なのですから、滅びることが決まっているわけですし」
「わかってるわよんなこと……ほら、続き続き」
『人々は世界の大地にくまなく広がりました』
『この素晴らしい時代が永遠に続くのだと、誰もが信じて疑いませんでした』
『しかしその間に、悪魔は恐ろしい策略を練っていたのです』
『嵐や地震で人間を滅ぼせなくなったと知った悪魔は、心に入り込むことを思いついたのです』
『人がかつて神だった時には、そのようなことは不可能でした。神は一つの強い心で戦っていたからです』
『しかしあまりに多くに分かれてしまった人々の中には、悪魔の言葉に惑わされてしまう者もいたのです。マイラとケータも、人々の心の中までは覗けませんでした』
『悪魔に惑わされた人は少しずつ増え、その人たちもまた悪魔の言葉を広めました。やがて惑わされた人たちは心を失い、悪魔の手先となっていったのです』
『そしてとうとう、悪魔の手先と人々の間で、戦いが始まったのです』
『世界は二つに分かれ、空と大地と海の全てで戦いが繰り広げられました』
物々しい武器と鎧に身を固めた兵士たちが争う挿し絵。立っている人間と同じくらいの人間が倒れている……
「世界大戦、こちらの世界でもあったんですね……」
「あんたの世界でも、こんな、大きな戦争があったの?」
「はい、2度ほど」
「……どんなの、だったの?」
「70年以上前の話なので、どんな、と言われてもわかりません。生まれていませんので」
「そう……」
歴史の授業でやったが、終戦と原爆の日くらいしか言われなかったような気がする。なんにしても終わった、過去の話だ。この神話の戦いも含めて。そして、その神話の戦いの行方だが……
『戦いを終わらせるため、人々は力を合わせました』
『最も優れた魔法使いが集まり、1年をかけて魔法を編み上げたのです』
『その魔法の力は絶大でした。放たれた光は悪魔の手先達を、その集まる街を浄めました』
『しかし悪魔の手先達も、滅び去る前に復讐をしたのです』
『邪悪な光が街を襲い、人々を侵しました。魔法は輝きを失い、空を飛ぶ馬車は地に墜ち、暗闇の夜が戻ってきました』
『戦いは終わりましたが、人々の前にはなおも困難が待ち受けていたのです』
暗い中で慌てふためいているのか、それとも絶望しているのか、天を仰ぐ人々の姿が描かれている。結局、最後は共倒れと言う形で戦争が終わったのだろう。
「……滅びましたね、文明」
「わかってるっての……って言うか、神様は何やってたのよ」
「寝ていたのではないでしょうか」
「いやいや……」
物語冒頭以降、神の姿が消えたが……時代が移るにつれて神の存在感が減っていくのはこの世界でも共通のようだ。神が存在する体で書かれた物語の中でさえそうなのだから、現実は尚更だったのだろう……そんな考えを頭の片隅に浮かべながらページを捲ろうとしたその時、七つの鐘がなる。
「そろそろ、夕食の準備をしないといけませんね」
「ああ、もうそんな時間……やっぱり訳しながらだと遅いわね」
2人でキッチンに連れ立ち、夕食の準備をする。買い出しに行けなかったため、今夜は保存品が中心の食卓になりそうだった……




