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底辺だけど、異世界であがき抜く  作者: ぽいど
第十二.五章 雨読 編
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十二.五章の1 神代のお話

異世界生活111日目、夏の65日



 キッチンの窓から見える中庭は、激しく雨が打ち付けている。探検者と言う職業は一々天候を気にしてはいられない物ではあるのだが……かといって、わざわざ雨の日に家から出ようという気も起らない。



「(そもそも、傘が高いんだよな……)」



 この世界、ビニール傘などと言う物はないため、傘は布だか革だか……とにかく、値札を見て買うのを躊躇(ちゅうちょ)する程度にはお高い素材でできている。それは他の一般人にとっても同じなのか、基本的に雨は雨宿りか、野外なら毛布と棒で作った簡単な天幕で凌ぐ。今日の場合は、前者と言う訳だ。



「(昼からはどうしようか……)」



 切ったパンに茹でて潰した芋とカラシ、チーズでサンドイッチを作る。具のバリエーションを変えるだけでかなりの日数を凌ぐことができる、便利な料理だ。アルフィリアを食卓に呼ぼうと、降りしきる雨を横に見ながらアパート部分への渡り廊下を歩く。

 



「(今日は少し涼しいかな……)」



 そんな事を考えながら隣人の部屋をノックしようとしたとき、空が光る。一拍置いて雷鳴。驚いたようにドアから飛び出してくるサクラ。



「うえ!? ……あっ」



 中で何やら……赤い色の液体を湛えた瓶を片手に、こちらに手を伸ばし……そのまま固まったアルフィリアと、目が合った。



「……昼食です」


「……うん」



 どこか気まずげな空気を漂わせるアルフィリアだったが……ひとまず用件を伝え、2人で食堂に赴いた。




「扉の鍵を壊しただってぇ!?」


「サ、サクラが、雷にビックリしちゃったみたいで……」


「言い訳をしなさんな。自分達で飼いだしたんだ、自分で何とかしな。さもなきゃきっちり修理費を出してもらうよ」


「あうぅ……」



 サンドラのある種当たり前の通告に、アルフィリアは肩を落とす。昼食後、なぜか自分も含めてその対応に当たることになった……



「どーお? 直せそう……?」


「私は職人じゃないんですよ……」



 鍵と言ってもそんなに細かい物ではない。ドアの中に棒があり、それが鍵に合わせて90度動くようになっている。壊れたのはその棒部分で、サクラの突進によって折れてしまったようだ。



「(経年劣化してはいるけど、そこそこの太さがあるのに折るとは……)」



 サクラの力も、子供だからと馬鹿にできない物になってきているのかもしれない……当のサクラは部屋の隅で座り込み、雷鳴の度に尻尾を丸めているが。



「所で、なぜサクラを部屋に?」


「えーと、あれよ……この雨だから、濡れたら可哀想だなって思って」


「はあ……とりあえず、動かしてみます。鍵を貸してください」


 ひとまず壊れた鍵を調べてみるが……壊れたのは鍵の棒部分のみで、構造自体は無事のようだ。折れたのはあくまで棒部分のみ……犬小屋を作ったときに余った釘を打って代用とし、ひとまず機能を取り戻すことに成功した。



「おー、やるじゃない」


「あくまで応急修理です。山中の小屋に住んでいたのですから、これくらいできる物とばかり……」


「あはは……あれ、放棄された小屋を勝手に使ってただけで、私はこういうのそんなに得意じゃないのよね」


「……次壊れたら、アイゼンヴァッフェさんでも呼んでください」



 修理を終えて部屋を出ようとしたとき、ベッド脇のテーブルに見かけない本があるのを見つけた。厚さは2~3cm程度、表紙は何やら紋章の様な物で飾られ、背表紙には短いタイトルが記されている。



「ん……ああ、これ? 薬の代金代わりにって渡されたのよ。今度古本屋にでも持っていこうかって思ってたんだけど……読む?」


「難しい本は……」


「別に難しくないわよ、子供向けに書いてる神話だとかそう言う類の本……そう言えばあんた、ここ最近勉強サボってるでしょ」


「サボっていると言う訳では……」


「言い訳無用、どうせ雨で出かけられないんでしょ? 読むのに付き合ってあげるわ」



 恐らく、アルフィリアも暇だったのだろう。半ばなし崩しに、その本を二人並んで読むことになった。



「タイトルは……『世界の歴史』?」


「『世界の成り立ち』って言った方がいいんじゃないかしら」



 表紙を開く。同じ本を覗き込んでいるため顔は近く、アルフィリアの青く細い髪の毛が触れて少しくすぐったい。



「『神達の時代』……」


「そこはせめて『神々の時代』でしょ。ちょっと気取るなら『神代』とか?」



横から訳の間違いを指摘されながらも、その物語を読み進めていった……


『神々の時代』


『はじめに、世界の全ては混ざっていました』


『天も地も、水も炎もすべてが混ざりあった中から、明るい物は上に登り、暗い物は下に沈んで始まりの神と悪魔になりました』


『神と悪魔は互いに争い、流した血が固まって大地となりました。大地はどこまでも果てしなく広がり、神と悪魔は分かたれました』


『しかし今でも悪魔は神が向こう側の世界に居ることを知っており、時折大地を殴るのです。その度に大地は揺れ、人々は地震に悩まされることになったのです』



 挿し絵には、いかにも一番の神と言わんばかりの髭を蓄えた男が、何か黒い(もや)の様な物と向き合い、威勢のよいというか威厳のあるというか、神らしい大げさなポーズを取っていた。



「神と悪魔……よくあると言えばよくある話ですね。これがこの世界で一般的な話なのですか?」


「さあ……私宗教ってあんまり興味ないから。でも読み物としては良いんじゃない?」


「文字の勉強としては、それなりに。次に行きます……」



『神と悪魔は分かたれましたが、神はいつ悪魔が大地を破って攻めてくるか気になっていました』


『神は大地の全てを見張ろうとしましたが、広大な大地すべてをただ一人で見張り続けることは神と言えどもできませんでした』


『そこで神は自らの力を分け、協力できる新たな神を作ることにしました。火の神、水の神、風の神、金の神、多くの神々が産まれ、空に輝く星々になって大地を見下ろすようになりました』


『神々を全て作り終えた始まりの神は、自らの体を小さく分け、神々に言いました』


『「私は神の力を失うだろう。神であったことも忘れて弱く儚い者となるだろう。しかしあまねく大地に立ち、世界を見守る者になるだろう」』


『こうして、始まりの神は世界の管理を他の神々に任せ、大勢の小さき者になりました。人間の始まりです』



 平らな地面に、大勢の人間が立って歩く挿し絵。これが始まりの人間たちということだろうか。



「ふーん、つまり私たちはその始まりの神の子孫ってことになるわけだ」


「私は異界人ですので違いますがね」


「ひねたこと言わないの。ほら、続けて続けて」



『神々は人となった始まりの神のため、多くの品々を贈りました』


『天に灯りを灯し、草木を生やし、動物たちを放ち、清らかな水を流しました』


『そして水の神マイラに、空を駆け巡って人々を見守る役目を与えたのです』




「マイラ……あの青い月の事ですよね?」


「そう。青いから水の神様ってわけね……同じ青なのにどうしてこう扱いが違うのかしら」


「そりゃあまあ、神話と現実は違いますからね」



 創作相手に文句を言っても仕方ないことだが、アルフィリアは気に入らないらしい。長い髪の先端が液体となって体に(まと)っている女神の挿絵のページをめくり、とりあえず先を読み進めてみる。



『大地を見守る役目を言いつけられたマイラですが、彼女は飽きっぽく、不真面目な性格でした』


『与えられた役目が退屈になり、遊び回るようになったのです』


『これに喜んだのは大地の向こう側に居る悪魔です。悪魔はその邪悪な力で大地に様々な災厄をもたらしました』


『風は荒れ狂い、山は火を吐き、草木も生えない嵐の日々が、百年を百回繰り返したよりも長く続きました』



「駄目でしたね、青い神」


「ぐぬぬ……こ、こんなのただのお話よ!」



 隣で歯噛みするアルフィリアはさておいて、ページを進める。物語の中の人々は、数々の困難にも耐えて細々と生きていったようだ。



『人々はマイラに助けを求めましたが、いつまで経ってもその声は届きません』


『しかしある日の事、マイラの所へケータが様子を見に来たのです』


『ケータはマイラの双子の妹で、炎の神でした』


『荒れた大地を見て、ケータの赤い髪は怒りに燃え上がり、ケータはマイラを見つけ出すと、その頬を思いきり()ちました』


『反省したマイラは急いで仕事に戻りました。ケータはそれを見張ることにし、その日から空には赤いケータが増え、マイラはそれから逃げるように空を走るようになったのです』


『風は穏やかになり、山々も静まり、大地には草木が芽吹き、人々は喜びに溢れました』


『マイラは仕事に励むようになりましたが、時々失敗して悪魔の力が漏れ出します。そのため360日に1度、マイラはケータの所に行って叱られるのです。その度にケータは赤くなって怒り、マイラは涙を流すのでした』


 先ほどの女神が、よく似た女神に追いかけられている。追いかけている方は髪の先端が液体ではなく炎になっているようだ。




「……最後まで良いとこなしでしたね、青い方」


「これは、きっと作者の悪意が込められているのよ。そうに違いないわ」


「普通神話と言うのはあちこちの口伝をまとめた物では……」


「やかまし。はあ……ちょっと休憩。お茶でも淹れようかしら」


「水汲み場は雨ざらしですが……」


「頑張れ、あんたにも飲ませてやるから」



 あの神話の作者の脳内でも、マイラはこんな感じだったのかもしれない……ここにその頬をひっぱたく妹はいないが。気乗りはしないが、雨の降りしきる中、外套を羽織って水汲みに出ることにした。


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