十二章の6 異界の一角獣
「(さて……)」
樹上と言う安全地帯を得たことで、ある程度余裕をもって相手を観察することができる。相手はやはりサイ……薄く毛皮が生えているあたり、猪を足して2で割ったような印象を受ける。放棄した荷物に興味を示す様子はないが、一方で自分たちの居る木の周りを歩いて周回し、離れようとはしない。その生態は不明だが……
「なんにせよ排除します。昇ってはこないようですから一方的に撃てます」
「うん……お願い。このままじゃ帰れないものね」
走っているうちにどこかに行ってしまった矢を新しくつがえ、眼下の敵に向ける。目標は前脚の付け根、心臓。
「(見た感じ、敏捷性は狼ほどじゃない、いける……!)」
矢がずり落ちるか落ちないかの所で狙いをつけ、引き金を握りこむ。弓の弾みに位置エネルギーをプラスされた矢が敵に迫り、貫……かない。矢じりが埋まったあたりで矢が止まってしまった。敵は少し呻き、怯んだように見えるが、逃げ去ることも無くその場に佇み……むしろ敵意を増しているかのように息が荒くなる。
「……ねえ、効いてないみたいだけど……」
「骨……いや、それ以前に肉と皮で止まったようです……」
傷は浅く、血も僅かしか流れていない。これでは、手持ちの矢全てを撃ち込んでも倒れないだろう……ならば、追加手段を講じるまでだ。
「何か……薬は無いですか? 致死性の……無理なら麻痺や催眠でも」
「麻痺毒ならある、けど……狼程度のサイズを考えてたから、効くかどうかわからないわよ」
「ください、数で補います」
目線を上げてアルフィリアから薬瓶を受け取り、その蓋を開けた時。地震のような激しい揺れが木を襲った。
「きゃあ!?」
「なっ!?」
咄嗟に幹を掴む。転落こそ免れたが、地面で瓶が割れる音が聞こえた。下では、サイモドキが木の根元に頭を押し付けている。後ずさりして距離を取り……助走をつけて突進、再び木が揺れ……繊維が裂ける、嫌な音がする。
「嘘でしょ……この木を倒すつもり!?」
「疑問を挟む余地はないようです……!」
この感じでは、木が耐えられるのはあと数回程度と言った所。矢ではまるでダメージが無い。樹上から落下しての奇襲はできて一回のみ、おそらく背骨で止められて致命傷には至らない。
「(何か、一撃で倒せるもの……!)」
三度目の激しい衝撃。心なしか木が傾いているようにも感じる……考えている時間は無い。今自分たちができることで、もっとも破壊力のある物をぶつけるしかない……
「アルフィリアさん! 私の鉈を……錬金術で意図的に爆破することはできますか!?」
「え? そりゃやろうと思えばできるけど……まさか、それで倒そうっての!?」
「他に何か思いつくのでしたら聞きます!」
「……もう、わかったわよ! やればいいんでしょ!」
鞘ごと鉈を渡し、その刃に紋様が乱雑に書き込まれる。刀身が一瞬粒子を纏ったが、次第に赤熱し始め、異常な振動を始めた。
「言っておくけど、爆発って意外と死なないわよ! 上手く突っ込んできたところへ」
「わかっています……!」
口で言うのは簡単、やるのは困難。今からやるのはそう言った類の事だ。ごくごく単純なタイミングの問題。枝の上に立ち、両手で鉈の柄を握り、眼下の敵を見据えて。
「(……今!)」
枝を蹴り、跳び上がる。
「え、ちょっと!?」
アルフィリアの驚愕の声が背後で上昇していく。鉈の切っ先を下に。その先には敵の背中。逆手に持った柄を強く握りこみ……衝撃。それは手のひら、腕、肩へと瞬時に伝わり、軋む音が聞こえたような気がする。耳ざわりな獣の叫び声。
飛び降り、体重を乗せて刃を突き立てる。これ以外に手段は思いつかなかった。背中に着地してそのままバク転でもしてみせれば、随分とサマになったのだろうが……所詮素人の思い付き。敵のわき腹にしがみつくような形になった……しかし。
「(手ごたえは、あった!)」
敵が暴れ、体が弾かれる。回転する視界の中で捉えた鉈は、その刃を半分ほど埋めていた。土の上で転がる体を急いで立ち上がらせる。獣の双眸が殺意と共にこちらを見据え、頭に備えた槍の先端を向ける。腰をかがめ、突進に備えた。獣の太い四肢が地面を蹴る。その足音とは別に、甲高い高周波が耳を突き……濁った音と共に、獣の体から赤い花火が散った。
静寂。辺りに漂う血の臭い。巨大な角を持った獣は、背中から半分ほどまで達した傷から血を噴きだし、地面に倒れ伏していた。
「(……勝った)」
周囲の様子を確認する。動く物は幹を伝って降りようとしているアルフィリアのみ。その彼女は地面に足が着くなり、こちらに駆け寄り……
「バカ! 何て使い方するのよ! もっとこう……やり方があったでしょ! 投げるとか!」
両手で胸ぐらをつかまれ、怒られた。
「投げでは外したときに後が無くなり……」
「だからって飛び降りる普通!? ああ、もう……やめてよね、あんたが突き刺されたりとか爆発に巻き込まれたりとか、そう言うの見たくないから!」
「すいません……」
「……まあ、無事だったから、良いけど……あ、そういえばサクラは? サクラ~!」
アルフィリアの声に答えるように、近くの茂みから白い子狼が姿を見せる。逃げるのではなく、近くで様子を伺っていたようだ。忠誠心からか単に一人は嫌だったのかはしらないが。とにかく全員無事にこのサイモドキ(仮称)の襲撃を退けた。せっかく倒した獲物を放置して帰る理由も無し、死体を調べることにした。
「牙は無いようですね……草食なのでしょうか」
「まあ、角のある動物って大体そうよね」
「……やはり、この角が特徴的ですね。鋭く……上の部分が薄く刃のようになっています」
「それで、斧みたいに木を倒すこともできるわけね……角って割と薬の材料になったりするんだけど、今回の技術料ってことで、ちょっともらっても良い?」
「まあ、構いませんが……」
一体どういう進化をすればこんな角になるのか。それは学者に任せるとして……やはりこれが、この動物を倒した証としては一番だろう。しかし、角を切り取るのに最も適した道具はその刀身を根元から失い、傍らに転がっていた。切断面が若干開いたようになっていて、折れたというよりは弾け飛んだという印象……実際、その通りなのだが。
やむを得ず、ナイフで切断を試みるが……固く、とても歯が立たない。根元から肉を削り取るようにしてみると、頭蓋骨と繋がっていて、到底切断は不可能に思えた。
「頭ごと持っていくしかないか……?」
「けど、首の骨はどうするのよ」
「何とか、骨の継ぎ目で切り離して……」
ナイフで肉を削り骨を出したまでは良いが……そこから先が上手くいかない。骨の継ぎ目とはいっても、衝突に耐えるためか首の骨は太く、ナイフが中々食い込まない。
「道具を変えましょうか」
「他に何か持ってた?」
木登りのさい放棄した荷物は、幸い無傷で残されていた。その中から粘金のインゴットを取り……露出した首の骨めがけ振り下ろす。
「……文明の程度がいくつか下がったような気がするわね」
「しかし、有効な手段です」
何度かインゴットを叩きつけ、骨にひびが入り、やがてそれが広がる。砕けた部分はナイフで掻きだし、どうにか首を切断することに成功した。
肉は鉈の破片が入っている可能性があるため諦め、アルフィリアが薬用にと内臓をいくつか確保する。毛皮も爆発で傷んだのとそもそも剥ぐ能力が無いのとで諦め、獣の生首はサクラに咥えさせてその場を後にした。
「(鉈、買いなおすしかないか……手痛い出費になるな……この角が高く売れたりすればいいけど)」
「あ、イチロー。私は角の3分の1で良いからね」
「(……『ちょっと』っていう量か?)」
一度来た所であろうと前と同じとは限らない。当然の事ではあるのだろうが、今回はそれを身に沁みさせられることになった。ロヴィスとはまた別の、敵対的で、地球には居ない生物。とりあえず組合であの動物の詳細を聞いては見るが……ベスティアにあのような生物がまだ居るのなら、防具だけでなく武器もまた、新調する必要があるかもしれない。
主目的こそ達成したものの、先行きに新たな不安を抱える結果を残して、今回の探検は幕を下ろした……




