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底辺だけど、異世界であがき抜く  作者: ぽいど
第十二章 探検するための装備を買うための探検 編
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十二章の5 行くは良い良い帰りは……?


「ハッピバースデートゥーユー……」



 おそらく世界で一番有名な、誕生日を祝う歌。机の上には白いクリームと赤いイチゴの丸いケーキに蝋燭が刺さっている。どこからどう見ても、誕生日パーティーだ。



「ハッピバースデートゥーユー……」


 

 正直こんな歌も蝋燭も茶番だとは思うが……良い子はそんなことを言わないものだ。年に一度のケーキくらい、平穏無事に楽しみたい。



「ハッピバースデーディアまーちゃーん……ハッピーバースデートゥーユー」



 歌い終わると、対面に座った母が蝋燭を吹き消す。煙の臭いがやけに鼻につく。明かりが無くなり、暗くなった部屋の中手探りで電気を点ける。暗さに慣れていた目が一瞬ホワイトアウトし、視界が戻ると……煙を上げる焚き火、その向こうに朝日。



「あ、起きた?」



 焚き火の番をするアルフィリアの髪は日光を透かし、さながら水をたたえたガラス瓶のようにも見えた。



異世界生活101日目、夏の55日



 この世界に来てからと言うものの、どうにも夢見が悪い……様な気がするが、今回の夢は妙にはっきりと覚えている。



「(ケーキの話なんてしたからか……?)」



 あまり良い目覚めとは言えないまま、朝食の後片付けをして再び荷物を塹壕に。渋るサクラを抱きかかえて土の中に身を隠し、アルフィリアの作業を見守る。魚が取れたとは言え、食料の残りは10日分ほど。今日も失敗するようであれば、何かしら考えなければならないが……



「あっ! お……! よし、よしよし……このままこのまま……」



 今日は何やら様子が違う。金属が赤く発光することも無く、青白い光の粒子となって宙を漂い、空中で収束していく……やがてそれは日光を反射する塊となって地面に落ち、甲高い金属音を立てた。



「成功! 良いわよイチロー! こっちきて!」



 興奮を(あら)わに、アルフィリアが呼ぶ。サクラと共に近づくと、河原には一辺5cm、長さ15cmほどの角柱が銀白色の光を放っていた。



「これが、粘金……ですか」


「抽出したらなんかこんなのになったのよね……他にもいろんなものが混ざってるみたいなんだけど、主成分はこれみたい」



 屈みこみ、そのインゴットを手に取ってみる。見た目の印象より重いが、金属の塊なのだからそんな物なのかもしれない。



「あ、イチロー」


「何ですか?」


「そこに居ると危ない」



 その言葉に反応を返すよりも早く、後頭部に衝撃を受けた。痛みに手を当てると、目の前にインゴットが2つ転がっている……



「まだ止めてないから、どんどん出てくるわよ、どいてどいて」



 (うず)く後頭部を押さえながら3歩ほど下がると、おおよそ20秒ほどで空中に描かれた紋様からインゴットが落ちてくる。鉄塔から伸び、粒子を運ぶ紋様はどこか工場の製造ラインのようにも見えた……



「……大丈夫ですか? 昨日は2回で鼻血を流していましたが」


「ああ、平気よ。錬金術は始めるのと止めるのにマナを食うけど、動いてる最中はほとんど使わないの」


「そう言う物ですか……」


「まあ、昨日は失敗したから、爆発を抑え込むのに余計に消耗したしね。コツは掴んだから、もう大丈夫」



 4個、5個とインゴットが積みあがる。材料は多い方が良いだろうが、持ち帰る負担も考えておかなければならない……そも、鎧にどのくらい金属があればいいかもはっきりしない。



「(その辺り、きちんと聞いておくべきだったな……)」



 とりあえず持てるだけの量を持って帰ろうと、インゴットが積みあがるのを待つ。重さは一つ2kg弱ほど、10個は余裕として15個あたりから怪しい。20が限界と言った所か。



「……このくらいにしておきましょう」


「もういいの? じゃあ止めるわね」



 とりあえず、15個目で止めることにした。荷物にインゴットを詰め込み持ち上げると……重い。当然のこととはいえ、重い。



「(底が抜けなければいいけど……)」



 重量的にも体積的にも限界近くになった荷物を背負い、河原を引き払うことにした。



「ねえ、来た道を戻るより……あっちにまっすぐ行った方がいいんじゃない?」



 片づけをしているとアルフィリアが森の中、街道が通っている方向へ指先を向ける。来た道を戻るつもりではあったのだが……



「川をさかのぼると、ほぼ1日かかるし……荷物も増えたんだから短い方がいいでしょ?」


「それは、そうなのですが……」



 来た道を戻るというのはつまり進めることが確定しているということでもある。重たい荷物を抱えて未知の領域に踏み込むのはあまり気が進まない……



「やはり、来た道を戻りましょう。確実さが第一です」


「むう……まあいいけど」



 撤収作業を終えて川を上りはじめる。上手く馬車を捕まえることができれば、5日前後で帰ることができる。今回の金属採集は成功したと言って良いだろう。

 荷物のおかげで足取りは重いが、これも成果の証と一歩一歩踏みしめて歩く……が。その足取りも昼過ぎには止まることになった。



「これ……」


「……死体、ですね。猪の」



 河原に横たわる黒い塊。腐敗臭を放ち名も知れぬ鳥や小動物に肉を毟られているそれは、確かに猪の物だった。大きさは以前自分たちが仕留めたよりも少し大きい程度……勿論、こんなものを見落とすはずもない。ごく最近にできた物だ……無視していくわけにも行かず、食事中の動物を追い払い、調べてみる。



「……何か、気になる?」


「死因を、調べておくべきだと思いまして」



 老衰や病死ならばそれでいい。しかし……そうでない証拠はすぐ見つかった。胴体部分に開いた長径10cm強の楕円形をした穴。深さは体の中心近くまで達しているようだ。これが致命傷で間違いはないだろう。



「問題は、これをやったのが何者か……ですね」


「……前みたいに、槍を持ったロヴィス?」


「それも有りえますが……」



 幅広の刃物で突き刺せば確かにこういった傷になるのかもしれない。だがそれにしては、肉も毛皮も牙もそのまま残されている。たとえ自衛目的で倒したにしても、せっかくの獲物をそのまま放置していくとは考えにくい。



「……いずれにしても猪を殺せる相手が近くに居るようです。急いで離れた方がいいでしょう」


「私の言う通りにしてれば良かったのに、もう」


「少なくとも、先に警戒をすることができたと思ってください」



 弩に矢をつがえ、歩調を早める。敵……かどうかも定かではないが、とりあえず関わらないほうが安全なのは間違いない。一歩ごとに足へ疲労が蓄積するのを感じながらも、小走りに死体から離れ、印をつけた木を目指した。

 樹皮を鉈で削り取って付けた、帰り道の目印。それが目に入ったと同時に……サクラが突然唸り声を上げ、対岸に向かって吠える。



「サクラ?」


「まさか、とは思いますが……」



 弩を向けた対岸から、葉が揺れる音がする。サクラの声に反応したのか、あるいはすでにこちらを見つけていたのか。こちらが繁みに身を隠すよりも早く、まっすぐこちらを向いて、それは現れた。



「あれ……何?」


「動物のようですが……」


 一見して受けた印象は……サイ。四本足で低い姿勢と、頭部から生えた角は、地球の有名な大型草食動物を思わせる。しかし……鼻から上を向いて生えているサイの角に対して、その動物の角は額からまっすぐ前方に伸び、槍のように鋭かった。体そのものはサイ程大きくない……サイの実物を見たことはないが。対岸に居る動物は先ほどの猪より一回り大きい程度に見える。



「(いや……『程度』なんて言える大きさでもないか……)」



 大きさは目測で全高1m、体長は2m近くある。筋力差は……考えるまでもなく絶望的。川を挟んでいるうちに逃げるのが得策だ。



「行きましょう。刺激しない様に……」


「ええ、そっと、ね……」



 目線を切らないまま、後ずさりして森の中に消えようとしたとき……角を持った動物は砂利を蹴散らし、猛然と川へ突っ込み、水しぶきと共にこちらに向かってきた。



「走って!」


「そんな、何でこっちくるのよ!?」



 泳ぎが得意なのか、そもそも川が浅かったのか、水中でもその速度は殆ど鈍っていない。長い角をこちらに向けて突き進んでくる様はさながら戦車のようだった。

 疑う余地なく、この動物はこちらを攻撃しようとしている。逃げ切ることは不可能だろう……



「イチロー! どうする!?」


「とにかく木の多い所へ! 開けた場所では絶対的に不利です!」



 繁みをかき分け、少しでも太く頑丈そうな木がある所を探し、走る。あの大きさと短い足で木が登れるとは考えにくい。ひとまず高いところを確保すれば、対策を考える時間くらいは作れるはずだ。折よく、枝が十分に張った、登りやすそうな木が近くにあった。太さはやや不安だが……



「あの木の上へ!」


「サクラは!?」


「自分で逃げてもらいます!」


「うぅ……サクラ、気を付けてね! 呼んだら帰ってきてね!」



 紐を手放され、サクラは少し迷った様子を見せながらも草葉の間に走っていく……それを見送る余裕も無い事は、背後で途切れた水音が示していた。背負っていた荷物を捨て、まずはアルフィリアを樹上へ。続いて自分も木の幹に手をかけた時、背後から木々が踏み砕かれる音が追いかけて来る。

 振り向く余裕もなく、苔の生えた幹にしがみついて自身の体を引き上げ、枝を掴む。その下で重い足音が通過するのを聞き、枝の上で姿勢を安定させ……どうにか、膠着状態まで持っていくことはできたようだった。



「一体、何なのあれ……」


「わかりません。しかし好戦的な生き物であることは確かです……仮にサイモドキとでも呼びましょうか」


「サイ?」


「機会があれば説明します……今はこの状況を何とかしないと」



 遭遇した、未知の生物。それとの戦いは、もはや避けられないものとなっていた……

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