十二章の4 作業開始
異世界生活99日目、夏の53日
河原を歩き通し、以前取った木の実が無くなっていることにアルフィリアが不満を垂れながらも、どうにか日が沈みかけた頃合いになって倒れた鉄塔の所までたどり着いた。太い金属の柱を見ていると、果たしてこれを切り出して持ち帰るなど可能なのかと今更ながら疑念を覚える。
「よーし、とりあえず今日は遅いし、明日からね。あんたにはキッチリ労働してもらうわよ」
「お願いしたのはこちらですし、出来ることはしますが……何か手伝えることがあるでしょうか?」
「うん。肉体労働は全部やってもらうから」
肉体労働。取り出した金属を運ぶのは自分の担当だと思っていたが、他にも何かあるのだろうか。そんな疑問を覚えながら、夜営の準備をする。
異世界生活100日目、夏の54日
前日の疑問は早々に氷解することになった。朝食を終えてすぐ、自分は河原から少し離れた所で、ひたすら穴を掘る作業に従事していた……
「ほーら、頑張れ頑張れ~」
「……この作業の意図を、お聞きしても……?」
「安全のため。前にも見た通り、私の魔法は失敗すると時々爆発するの。その時逃げ込む用よ。だからもっと深く、人が隠れられるようにね」
穴を掘る道具など何一つ持ち合わせていない。木の棒やら石やらを使ってひたすら土を削る……
「(帰ったら……シャベルを、買おう……)」
買い物リストに一品付け足しながら、ただただ土を掘り……日が高くなったころ、ようやく二人と一匹が屈んで収まる程度の穴ができる。
「ん~、まあ良しとしましょ!」
「少し……休憩を……」
「はいはい、じゃあお昼ごはんね」
その昼食も自分が作ることになるのだが……とにかく休憩だ。冷やした水を飲み、パンを齧り、サクラの前にも干し肉を出す。
「サクラ、待て……伏せ……お手……よし」
簡単な芸をさせてから食べる許可を出す。こういったことも上下関係の維持には有効なのだそうだ。その様を見つめるアルフィリアが……ふと呟いた。
「そう言えば……あんたって私の事呼ばないわよね」
「え?」
「そう……テルミナスに来てからずっと、話はするけど名前を呼ばれたことないじゃない。サクラやイルヴァとかには普通に呼ぶのに」
「ああ……別に、深い理由があるわけではないのですが……」
最初はご主人様、と読んでいた。しかし一応でも彼女が対等だと言った以上その呼び方をするとかえって怒らせる様に思える。かといって名前で呼ぶのは……
「そちらの、苗字を知りませんので」
「苗字?」
「私の故郷では、他人の事は苗字で呼ぶか役職で呼ぶのが一般的なんです。名前で呼ぶのは相当に親しい間柄……それこそ家族や親友と言った関係くらいです」
「ふ~ん……私は別に名前で良いけど」
「しかし……」
「良いって言ってるでしょ」
「はあ……わかりました……アルフィリア、さん」
「なんか他人行儀」
「呼び捨ては流石に……」
「はいはい……って、そう言えばウーベルトはどうなのよ」
「あれは基本的に仕事上の付き合いですから。どちらかと言うと役職を呼ぶ感覚に近いです」
「そういうものなの……?」
「そういうものです」
雑談をしながら食事と片づけを終え、荷物を掘った穴……と言うよりはもはや塹壕に近いそれに隠す。
「じゃ、改めて説明するわね……今から錬金術であの鉄塔から金属を取り出す。けれど……失敗して爆発するかもしれない。そのときは、私は一目散にここに駆け込むから、あんたは私が良いって言うまで、ここで屈んでて」
「わかりました、お任せします」
「じゃ、これ持っててね」
そう言うとアルフィリアは服を脱ぎ……こちらに投げ渡した。白い外套はその外見の割に重く、生地の下で何か硬い物がぶつかる音がする。
「中の薬は触らないでよ? 毒とか薬とか、色々あるんだから」
「そんなものを下に仕込んでたんですか……」
「何事も備えは必要だからね」
肩近くまでしかない袖のシャツとズボンという、随分身軽そうな出で立ちになるアルフィリア。青い髪が白い肌にかかり、まるで川辺でレジャーでも行うかのような姿に見える。その軽装はいささか不安を覚えるが……少しでも身軽にして素早く飛び込めるようにということだろう。
「それ、じゃ……」
鉄塔の脇に立った彼女は、先端にオドの光で紋様を描き始める。こちらはと言えば、塹壕から上半身を出したまま、サクラを伏せさせその様子を眺めるばかり……
「(上手く行ってるのかどうかまるでわからないな……)」
そんな事を考えた時、魔法の青い光に包まれていた構造材が赤く光り出し、異様な……例えるなら、ガラスを布のように引き裂けばこんな音を立てるかと言うような高周波が耳を突く。同時に、駆けだすアルフィリア。
「伏せて!」
塹壕に飛び込む彼女と共に頭を下げ、サクラの耳を抑える。数秒経過して……全身に響くような轟音と共に、頭の上でマシンガンでも撃たれたような音がする。体に小石が降りかかり、サクラが暴れ……それが収まってようやく、アルフィリアが体を起こした。
「駄目かあ……」
続けて頭を上げると、近くにあった木々はあちこち樹皮が割れ、薄黄色の中身を晒している。中には、小石が食い込んだままの物も。
「(なるほど、塹壕が必要なわけだ……)」
「よし、もう1回!」
端が少しちぎれた鉄塔に近寄り、再び錬金術を使うアルフィリア。その結果は……前回と同じだった。
「うーん、難しい……」
「技術的なことはわかりかねますが……何か問題が?」
「なんていうか……思ったよりマナが多いのかしら。反応が早いって言うか激しいって言うか……ちょっと調整を失敗するとこの通り、よ」
「回収は難しいでしょうか……」
「難しい……けど出来なくはないわ。大丈夫、コツはつかめてきたし、次は……」
そこまで話したとき、アルフィリアの顔に赤い物が伝う。鼻から唇へ垂れたそれは河原の石に雫を落とし、血痕を残した。
「あ……」
「……大丈夫、ではなさそうですね」
「ごめん……思ったより消耗してたみたい。今日はもう無理そう」
「休んでいてください。無理は禁物です」
ハンモックを木陰に用意し、そこにアルフィリアを寝かせる。塹壕で縮こまっていたサクラも彼女に寄り添い、じっとしていた。
時刻は昼下がり。まだ少し早いかもしれないが、夜営の準備を始めることにする。
「(まずは薪……いや、水にしようか)」
川で水を汲もうとしたとき、何かが鉄塔下の川岸へ引っかかっているのを見つけた。近寄ってみると、体長20cmほどの魚が数匹、腹を見せて浮かんでいる。
「(そういえば……ダイナマイトで漁をする所もあるって言うな……)」
何と言う魚かは解らなかったが、どうも毒や棘があるようには見えない。爆発の衝撃を受けたのであろうそれを拾い、夕食の足しにすることにする。
水を汲み、薪を拾い……空が赤みを帯びてきたころ、木の枝に刺した魚を焚き火で焼いていると、アルフィリアが起き出してきた。
「なんか良い匂い……あ、焼き魚」
「ああ、起きましたか……体調はどうですか?」
「全然平気よ、明日にはまた再開できるから」
少し気だるげなアルフィリアは表面に焼き目の付いた魚を一つ取って齧り……目を丸くする
「ん、おいしい! これ釣ったの?」
「爆発で浮かんできました」
「ふーん……これから水辺でやってみようかしら」
何やら不穏な企みはさておき、どうやら上手く焼けているようだ。こちらも一つ手にして歯を立てると、柔らかい身は背骨から綺麗にはがれ、味は癖が無く、塩を振っただけだというのに甘みすらも感じられる。あまりきちんとした料理は食べた経験が無いが、高級料亭で出てきても違和感がないかもしれない。
「(いや、流石に言い過ぎか?)」
「……そう言えば久しぶりね、2人で街の外を歩くのって」
「え? まあ……そうですね。テルミナスに出発した時以来でしょうか」
「あの時は火打石もまともに使えなくて、これ絶対行き倒れになるな~って思ってたんだけどね。何だかんだ、出来るようになるものね」
「出来なければ死ぬとなれば、覚えるしかないでしょう」
「それも、そうかな……?」
アルフィリアは2本目の魚を手に取る。興味津々といったふうに見つめるサクラに、塩を振っていない方の魚を与えた。しばし匂いを嗅ぎ……頭から丸かじり、野生のにじむ豪快な食べっぷりを披露する。尻尾を左右に振って体を輝かせているあたり、気に入ったのだろうか。
焚き火に串焼き魚という、絵本のキャンプのような光景の中、アルフィリアは再び口を開く。
「ねえ、イチローってさ、元の世界……地球、だっけ? そこではどんな生活してたの?」
「どんな、と言われても……普通ですよ。誰にでもできるものの、誰もやりたがらない肉体労働をして安い給料をもらって……少ない休みには体を休めて。そういう意味では、今とさほど変わらないかもしれません」
「ふーん……好きなこととか無かったの?」
「好きなこと、ですか……」
そう言われて改まって考えてみると、好きでやりたくてやっていたことと言うのは思い浮かばない。何か、楽しみにしていたことと言えば……
「……ケーキ、でしょうか」
「ケーキ? お菓子の?」
「ええ。何分貧乏で、菓子なんて滅多に食べなかったのですが……私の国では誕生日にケーキを食べる風習がありまして。年に一度、その時だけはケーキを買って来たんです」
「そっか……甘いもの好きなんだ。なんか意外」
「嫌いな人はそう居ないと思いますが……」
「ふふっ、そうかもね。そっちのケーキって、どんなの?」
「色々ありますが……普通はスポンジ生地にたっぷりのホイップクリームと……それから色んな果物を使います」
「あ~、それ美味しそうね……」
「ええ……そういうそちらは、何か好きなことでも?」
骨だけになった魚は水中に帰ってもらい、明日に備えて休む……つもりだったのだが、アルフィリアの方はそうでもないらしく、横にはならず話が続く。
「そうね、私は……色々あるけど……うん、生きてる時点で色々楽しいかな」
「……はあ」
「ちょっ、なによその気のない返事」
「いえ、少し壮大過ぎて反応に困りました」
「ん~、まあ具体性は無かったか……けど追手は心配しなくて良くなったし、物々交換で財産すり減らしたりもないし、こっそりだけど錬金術で働けるし、凄く充実してる!」
「それは……良い事ですね」
「うん。それに何より……こうやって、私の技術が頼られるのが嬉しい。やってきたこと、頑張ってきたこと、お父さんのやってきたことも、間違いじゃなかったって実感できる。だから、全力を尽くすわ」
「そうですか……では、そのためにも今日は休みましょうか」
「ん、そうね。それじゃあ……おやすみ」
アルフィリアを休ませ、夜警に付く。明日のためにと言うのもそうなのだが……話の流れで聞いたとはいえ、正直な所、胸やけの様な感覚を覚える。
勿論、彼女に何らそしりを受けるいわれはない、父親……そしておそらく母親の死を乗り越え、小学生程度の年齢でありながら1人生き延び何年も身を隠し、手に入ったチャンスをものにしようとしている。彼女は善人で、しかも有能だ。それがこちらを気にかけている。何一つ不満など言うべきではない状況なのだ……しかし。
「(……ちょっと、まぶしすぎる)」
やっかみ、と言ってしまえばそこまでだ。しかし、どん底を脱して人生を謳歌し、自分自身に価値を見出す。そんな様を喜んで見る程……自分は人間が出来ていない。
「(これもまた、価値観の相違かな……)」
それゆえに、こういう話は早々に流すべきなのだ。やるべきことは、お互いに仕事をこなすこと……今は夜警がそれだ。
弩を手にし、木々の間に視線を走らせる。そこから動く物は……とうとう、現れることは無かった。




