十二章の2 金が無いなら体を使う
アパートに戻ると、アルフィリアは今日の営業をすでに終えたのか、中庭でサクラと遊んでいた。ボールを咥えて足元に持ってきたサクラは撫でられて楽しそうに鳴いている……
「あ、お帰り。そろそろサクラの散歩に行こうと思ってたんだけど、一緒に来る?」
「どうしましょうか……あ、この前の地図埋めのお金です」
「ん、ありがと」
「(結局残ったのは銀貨40だけ……どうにか安くあげる方法はないもんか……)」
「……どうしたのよ、浮かない顔で。防具を見に行くって言ってたけど、良いの無かったの?」
「あるにはあったのですが……どうにも高値でして」
「あらら……まあ、それは仕方ないんじゃない? 材料費と技術料はケチったっていいこと無いもの」
小さく笑いながらボールを物置に放り込み、散歩のためサクラのリードを外しにかかる。彼女の言う事はもっともだが、そもそも買えないのでは意味がない。
「(せめて材料費だけでも安くあげられないか……けど金属じゃな。どこかで拾ってくるわけにも……)」
「じゃあ、行ってくるわよ?」
「どの道買い出しも有りますし、私も……あ」
「あ?」
小首をかしげるアルフィリア。もしかしたら彼女の能力であれば……材料費を浮かせることができるかもしれない。
「後で少し、相談したいことがあるのですがよろしいですか?」
「え? そりゃ良いけど……」
ひとまずサクラの散歩に出かけることにする。あまり外でしたい話題ではない……話は夕食後にすることにした。
いつも通り簡素なメニューを食べ終え、アルフィリアを部屋に招いた。相変わらず家具が無いため、必然ベッドに座ってもらうことになる……
「(さすがに、椅子くらいは買うべきか……?)」
「で、相談って何?」
「実は……」
ベッドで隣り合って喋るわけにも行かず、こちらは床に腰を下ろして話を始める。
「金属製のゴミや不要物を集めて、錬金術で地金に戻すことはできないか、と思いまして」
「ん? そりゃ、できるけど……あ、さてはそうやって防具の材料費浮かせようとしてるわね?」
「ま、まあ……ありていに言うとそうなのですが……」
「まったく。けど、不要な金属って言ったって当てはあるの? 普通そう言うのが出るのって職人街でしょ? 自分のとこで溶かしちゃうんじゃないかしら」
「それも、そうですか……」
甘い考えだっただろうか。そもそもとしてこの世界は地球の様な大量生産大量消費の時代ではない。やっているとすれば、それこそ金持ち達程度の物だろう。大量に金属があるようなところなど……あるには、あるが……
「……いや、あれはだめか……」
「あれって?」
「……遺跡に使われている粘金なら、と思ったのですが……以前、爆発させていたなと」
「あ~……あれは慣れの問題よ、初めて扱う物だったからちょっと失敗しただけ……って言うか、そもそも下水道から剥ぎ取って良いの?」
「まあ、駄目でしょうが……粘金を使った遺跡なら、前に行った所が」
「前って……あんたあそこで死にかけたの忘れたの!?」
「忘れてはいませんが……他にあてがありませんし。機械も閉じ込めてあるので恐らく出てはこないでしょうし……」
「うぅ……ん~……でもやっぱり危なすぎるわ、あんたと私の2人だけで行かなきゃだめだし、もし別の機械に遭遇したら……私達、両方……」
うつむき、言葉を止める彼女の脳裏には……あの日遺跡で見た白骨死体が浮かんでいるのだろうか。残念だが、彼女が首を縦に振らない以上この計画は成り立たない。諦めるしかないと嘆息したとき、顔を上げたアルフィリアが言葉を続ける。
「どうしてもって言うなら、私が帰るかどうかを決めるわ。相応の技術料だって払ってもらうし、当然何があろうと私を守ってもらうから」
発せられたのは意外にも承諾の返事。てっきりこのまま話は終わりかと思っていたが……
「……来てくれるんですか?」
「下水に付き合わせたお返しだと思っておくわ。出発は明日?」
「そうですね、少し準備をして……昼前あたりには」
「わかった。じゃあその予定にしておくから、準備はよろしくね」
「あと薬を……」
「心配しなくてもそれくらい持ってくわ。それじゃあ、おやすみ」
アルフィリアを見送り、ベッドに横になる。これで次の予定は遺跡の再訪に決まった。死なないための防具を作るため以前死にかけた場所へ向かうというのも皮肉な話ではあるが……後は自分の運を信じるしかない。明日準備すべきものを頭の中で数えながら、目を閉じ、やがて眠りに付いた……
異世界生活96日目、夏の50日
出発するにあたり、まずは物資の補充を行うことにする。食料と矢に余裕は持たせておきたかったし、ドローンとの戦闘で毛布も無くしている。その辺りの物をまとめて買うべく、昨日に引き続き雑貨屋を訪れた。
購入物 数量 出費 現在数
矢 6本 銀貨6枚 18→24
食料 20食分 銅貨80枚 20→40
毛布 1枚 銀貨5枚 0→1
朝から必要な物資の買い出しをし、出発の準備をする。今回は自分とアルフィリア、そしてサクラの2人と1匹だけ。ウーベルトが居ないことに一抹の不安は覚えるが、錬金術を使う以上部外者を混ぜるわけには行かない。なるべくリスクを減らせるようルートは前回と同じ物を使うことにし、ベスティア行きの馬車へと乗り込む。
「……この前から、思ってたんだけどさ」
「何をですか?」
アルフィリアが疑問を口に出したのは、そんな道中の事だった。
「ベスティアって、どうして人が居ないのかしら。遺跡はあるんだから前は人が居たはずよね?」
「それは……滅んでしまったからでは?」
「けど、大陸一つから人が全部居なくなるなんてこと、あるのかしら……」
「到達できていない範囲に人が居るのかもしれませんし、あるいは天変地異か何かで全滅したのかもしれません。いずれにしても大昔の事です、私たちには知りようがないでしょう」
「もう、つまんない奴……」
荷車の隅でサクラを抱きかかえたまま、アルフィリアは不満そうな声を上げる。その彼女の荷物に……見慣れない物があった。
長さおよそ2m弱の丸い棒……それ以上に表現のしようがない。材質は木で、太さは握りこめる程度。どこかで見たような気もするが……とりあえず、持ち主に尋ねてみるのが手っ取り早いだろう。
「それより……なんなんですか、その杖は」
「ん、これ? 戦杖よ。扱いをドメニコに習ったの」
「ああ……」
見覚えがあると思えば、スラムの医者がチンピラを追い払うのに使っていた打撃用の杖だ。持ってみると意外と重く、表面は磨かれたように滑らかにできている。
「って、ドメニコさんから? 一体いつの間に」
「ん~、薬届けたりしたついでにちょこちょこ? 私飲み込みは早い方だし」
「ちょこちょこ、ですか……」
丸一日習っている日があったとも思えない。習っていた時間はそう長くないはず、生兵法は怪我の元と言うが……実際、まったくの無防備に比べれば恐らくマシだろう。まさか、齧った程度の武術で積極的に攻撃に行くほどアルフィリアは無謀ではないはずだ。
「(……いや、それだと齧ってすらいないどころか武術ですらない物で戦ってる自分はどうなんだ?)」
我ながら、無茶、無謀、無理を重ねていることを再認識させられ、どこかやるせない気持ちでサクラの耳など触れてみる。それから逃れるように畳まれたのは、この暑い中2人も近寄られたくないという意志表示だろうか。
その後、馬車が襲われるということも無く……どこか気だるさの漂う中、以前馬車を降りた池の所まで到達した。馬車を使うのはここまで。水辺で一夜を明かし、翌朝、街道を外れて歩きで遺跡を目指すことにした……




