十二章の1 買い物はよく考えて
異世界生活95日目、夏の49日
下水で負った傷からの感染症で、寝込むこと数日。毎日ドメニコによる治療を受け、ようやく体力が戻ってきた。やはり彼の腕は確かなようだ……銀貨25枚も取るだけあって。
「大丈夫? 体怠くない?」
「ええ、なんとか……」
運ばれてきた昼食を平らげて、体を伸ばす。ずっと部屋に籠っていたためか、体が軋むような感じがしたが……全身を苛んでいた熱と倦怠感は、完全に収まっている。中庭に出て日の光を浴びれば、数日前まで街中に漂っていた汚物臭は消え……海風と土埃の臭いが感じられた。
「……さて」
前回でも身に沁みたことだが、やはり防具は必要だ。依頼に出る度に怪我をして、挙句感染症など起こしていたらいつ倒れるか分かった物ではない。魔法で治すにしてもコストがかかる。下水道の件である程度金貨がたまったということもあり、今日はどんな防具があるか、見て回ることにした……が。
「(買うにしてもどう選べばいいのかもわからないしな……やっぱりここは……)」
直営酒場を訪れ……大体どのあたりに居るのかは察しがついている。目立たない壁際ながら入って来る人と依頼を請けるカウンターを見渡せる席……その中の一つに、ウーベルトは座っていた。
「おお、旦那。しばらく見ませんでしたがどうしたんですかい?」
「病気で寝込んでいました」
「そりゃお気の毒様……それで、今日から復帰ってわけで?」
「いえ……実は防具を買おうかと思ったのですが、どう選んだものかと」
「ほうほう、防具と来やしたか。ふ~む……」
近くを通りかかったウェイトレスに飲み物を注文し、ウーベルトは続ける。
「防具は個々人のやり方にも左右されますからな。旦那の場合……まず初手が矢の一撃。安全な位置を取れていないならそのまますぐに接近戦、必然防具が必要になるのはその時と言う訳で……」
「接近戦用の防具となると……やはり、鎧ですか?」
「鎧と一口に言っても色々ですが……まあとりあえず、いかにも鎧然とした板金鎧は止めておきなせえ。あれは重いし、運ぶのに別の人手が要る……まあ、多分高くて手が出ないでしょうが」
「となると……やはり鎖帷子?」
「無難なところでしょうな。しかし満点ってわけでも……何せあれはチャラチャラ音が鳴る。まず先手を取りたい旦那のやり方には不向きかもしれませんなあ」
「では、革?」
「ま、入門としては良いでしょうな。しかしやはり金属製には防御力で劣る。自分の命を預ける物としてそれで妥協するかどうかは……」
「……難しいんですね、防具選びは」
「なにしろ、これが正解だという物がありませんからな。まあ、それを踏まえたうえで付け加えるなら……他と比べて極端に安い物は止めておきなせえ」
「そうなのですか?」
「安い物には安いなりの理由があるんでさ。自分の命を預ける物なんだ、安物買いの銭失いどころか、命失いになりたかあねえでしょう」
「なるほど……参考にしてみます」
「ま、最終的には旦那が納得いくかですからな。少なくとも今よりはマシになりまさあ」
席を立ち、飲み物代にと銀貨1枚を置いた。そしてアドバイスをもとに防具を扱っている店に向かう。その手の店はこの探検者地区にはいくつもあるが……
「(まあ……とりあえずは、ここか)」
以前矢筒を買った店。専門店と言う訳ではないが、武器や防具、その他の補助装備も揃えていて、とりあえず何かを見繕うには向いている。
「いらっしゃい……おや、この間の。いかがでしたか、うちの矢は」
「十分に役立ってくれています」
「そうでしょうそうでしょう。うちは信頼のおけるところからしか仕入れていませんからね」
「(ロヴィスから奪った物があったけどな……)」
「それで、今日は何をお探しで?」
気の良さそうな店員の青年は多少品質を誇張する癖があるような気もするが、ひとまず値段と品質のバランスは取れているように思える。
「防具を……予算は金貨5~6枚程度で」
「防具ですね。お客様は射手ですから、重厚な物よりは動きやすさを優先させましょうか」
「そこなのですが、基本的に一人で戦うのである程度は防御力のある方が……」
「ふうむふむ、そういう事情でしたらやはりこれでしょう」
マネキンごと持って来られたのは……見覚えのある鎖帷子。確かに防御力はあり、動きやすさもある程度確保されてはいるのだが……一度売り払った物をより高い値段で買い戻すというのは釈然としない物がある。
「胴とは別に頭も付けて金貨5枚! 後々板金鎧に変えても腋などを守るので無駄になりませんよ」
「うーん……」
ウーベルトも無難と言っていた鎖帷子だが、果たしてあのドローンの射撃を防げるのだろうか。それとも、あれはレアケースとして無視するべきか。
「予算が心配なら、こっちの革鎧はどうでしょう。金貨2枚、硬化処理をしていますので刃物にも鈍器にもある程度耐えますよ」
固い革製の防具。値段の分防御力も劣るのだろうが、重量も低く、ベスト状なので動きも阻害しない。やはり手始めということもあるしこう言った物からにすべきか。しかし……
「(これではだめだった、ってわかる時が来るとしたら……そう言うことだよな)」
自分の命を守る道具。もっと質にこだわるべきか。いかにも鎧と言った感じの、全身金属板で覆われた鎧に目を向けるが……値札の数字に、見なかったことにする。質と値段。相反する二つに悩んでいると……
「ごめんするでー!」
店の入り口から聞きなれた関西弁……実際にはそういう風に訳されているだけでモンシアン訛りだとかそう言う物なのだろう、が聞こえてきた。
「またあんたか……」
「そんな邪険にせんといてえな。今度こそ納得してもらえる思うし」
「……何してるんですか?」
モンシアンの職人志望……ではなく実際に仕事を受けているようなので新人職人とでもいうべきだろうか。とにかくヘルミーネが何やら荷物を抱えて店を訪れた。
「あ、イチローはん。この前は毎度どうも、金貨なんて貰っても良かったん?」
「いつも同行している人の相場です。あなたには食事だけと言うのもなんですので」
「そっか、おおきに」
「お客さん、このモンシアンとお知合いですか?」
「ええ、まあ」
「イチローはんもこの店使っとったんやね~、ウチは買う方やなくて売る方やけど」
などと言いつつ、店のカウンターにその荷物を載せた。包みがほどかれ、顔を出したのは……
「……盾?」
「せや。ウチもチマチマしたもんは頼まれたりするけど、やっぱりこういう街なら武器防具やと思ってな。どない? 今度のは店に置いてもらえる?」
口ぶりからして、どうもここに通っては……その度に買い取りを拒否されているらしい。丸い、直径30㎝弱ほどの小さな盾。まるで金属の皿に持ち手を付けたかのようにも見える。
「駄目駄目、うちはちゃんと信頼のおけるところからしか仕入れないんだ。あなたこの街に来たばっかりだって言うだろう? どこの馬の骨とも知れない人の品なんて、扱えないよ」
「馬の骨やとぉ? ……まあこの際、ウチの事はええわ。けど品物はどうや? あんはんも武具扱ってるんや、質の高さはわかるはずやで」
「確かに、『良い物を作りたきゃモンシアンを頼れ』って言うほど、モンシアンは職人として有名……なるほど見た所質は良い」
「せやろせやろ! 良い鉄使うてんねんで!」
「しかし駄目だね」
「なんでや! 前に持ってきた細剣も理由言わんとそれやったやん!」
ヘルミーネと店員の交渉は続く。どちらかと言えばヘルミーネが食い下がっているだけだが、いずれにしても長くなりそうだ。店はまだほかにある、何もここで決めることは無い、と。一度店を出ようとしたとき。
「それは……そちらのお客さんに聞いてみてはどうだい?」
「イチローはんに?」
「はい?」
唐突に矛先をそらされた。客に売り込みの相手をさせるなど商売としてどうなのだと思うが、まったく無関係でも無いから構わないということだろうか。
「うちの顧客は主に探検者、やはりそのお客様に買って貰えないような品は……」
「なるほどな……イチローはん! うちの盾、どない!?」
多少ならずとも面倒くささを覚えたが、これも人付き合いの一環と諦め、差し出された小さな円盾を受け取る。
直径の半分ほどはドーム状の盛り上がりになっていて、ここで攻撃を受け止める造りのようだ。全金属製ながら、小ささのため軽く取りまわせる程度の重量に収まっている……が。
「(そもそも、盾を持ったことも無いのに良し悪しを聞かれても……)」
答えに悩む……というよりは、何を求められているのか良くわからない。質は良い、とは言っていたのだから、買わない理由はそれ以外となるが……
「……商売や職人の事はわかりかねますので、私個人の意見としてですが……」
結局考えても解らなかったので、そう前置きして言葉を続ける。あくまで私見で、買うか買わないかを決めるとしたら……
「私でしたら、この盾は買わないかと」
「イチローはんまで……何でなん?」
「何と言うか……言ってしまえば、小さくて頼りないというか……」
「頼りない、て。厚みは充分あるし、大概の剣や槍は弾けるで」
「そこなのですが、そもそも探検者が剣や槍を相手にすることは比較的少ないのではないかと。私も一度ロヴィス……小さな亜人の集団を相手取ったときだけで、後は猪やら牛やら狼やらで……」
「そ、そうか……! 細剣や小盾みたいな『対人用』の道具は売れへんてことか、せやろ!」
「モグリさんの意見も、半分は正解だね」
「まだ半分かい……って誰がモグリやねん!」
この店員、ヘルミーネを試している……と言うよりは教えようとしているのだろうか。あるいは……立ち去ろうとした自分を体よく引き留めているのかもしれないが。いずれにしても残り半分は少し気になる。
「後は……そうですね、仮にこの盾を買ったとしても、使いこなせそうにないです。身を隠せる大きな盾と違って、これは……自分から攻撃を『受け止めに行く』必要がありそうで」
「そう。お客さんの言う通り、探検者は決して熟練者ではない。むしろ、『少し自信のある素人』程度が多い……少なくとも専門店ではなくうちに来るようなお客は。確かに、小盾と細剣の組み合わせは流行りだがそれはあくまで上の方の話ってわけだ」
「扱うのに技術が要るもんはアカン、ってことか……なるほどな」
要するに……ニーズと合ってないということか。その一言で済むことをわざわざ長々と講釈するのはどうかと思うが。取りつく島無しよりはマシと言った所か。
「お客さんも、世間知らずの職人志望より我々信頼できる商人からお買い求めいただいた方が……身のためですよ?」
「まあ、それは……」
「ま、待ちいや! うちかて腕には自信があんねん! どんなんが欲しい言うてくれたら、絶対作って見せるわ!」
「どんな物が欲しいかは人によるんだ。商売人はあくまで売れる物を仕入れるだけ」
「ほなその売れるもんを」
「教えたらうちの儲けが無くなるだろう」
「むむむ……!」
職人と商人のせめぎ合いは続く……もしかしたらこの店は割と暇なのかもしれない。
「ほな、ええわい。イチローはん! ここには何買いに来たんや? 武器? 防具? うちに任せてくれたら、何でも作って見せたるわ!」
「ちょっとまった、お客を横取りするつもりか!?」
「ふん、最後に決めるんはイチローはんや。どの道ここに買いたいもんも無いみたいやしな?」
喧嘩腰になる必要はないと思うのだが、上から目線で色々言われてはそう言い返したくもなるというものか。それに、良い物が手に入るならそれに越したことはないとも思え……希望する防具の性能を列挙してみることにした。
「まず……1人で容易に着脱できること。装備したまま1日歩くのに問題ない事。これは必須条件とします。その上で……弩を扱う、木に登ったり伏せたりすると言った動作に支障が無いこと、着用した状態でなるべく音が出ないこと、胸などの急所を刺されたり撃たれたりした際防げるだけの防御力がある事、予算は金貨5~6枚程度……これは言った順に優先度が高い物とします。いかがでしょう?」
一通り並べてみたが……自分でもなかなか無理がある条件に思える。
「その条件ならこちらとしてはやはり鎖帷子をお勧めするところですが、音を気にするのならやはり革鎧になるかと」
「やはりそうなりますか……」
「いーや、まだあるで。防御力もあって音もそんなに出えへん、なおかつ動きやすいのな」
「それは、一体?」
「ブリガンダインや。厚めの服の内側に細かい金属版を並べんねん。これならそんなに音も立てへんし、防御力も確保できるで。ちと高くなるけど」
「なるほど、それはいくらくらいで……」
「ん~、金貨で……10枚!」
両手を広げて前に出すヘルミーネ。指の間から覗く目は何ら疑問を覚えてはいないように見えるが……ここはあえて言及しておく。
「予算の倍を『ちと』と言いますか」
「仕方ないやん、地金はそこそこ値段するねん。それに体に合わせた形に作らなあかんから、採寸からやらなあかんし……」
オーダーメイドともなれば高くつくのはやむを得ないのかもしれないが、それでも限度と言う物がある。品質と金額のせめぎ合いに、再び悩まされることとなり……
「ブリガンダイン……あれはかなり技術が要るはず。それを作れると?」
「ああ、できるで? 女やと思って舐めてもらたら困るな」
「なるほど。その出来次第では……今後取引を考えても良いかもしれないな」
「ほんま!? よっしゃイチローはん! ここはひとつウチのためにも、ドーンと!」
「そこは値段を思い切って下げるとかするところなのでは?」
「いや~、ウチもそうしたいんやけど……やっぱ手数かかるもんはそれなりの値段になってまうねん」
あっけらかんと言い放つヘルミーネ。結局最終的には金か、と思いつつ……そう言えばまだ受け取っていない金があるのを思い出した。
「とりあえず、今は金貨10枚なんて持っていません。また後でということで……」
「さよか。ほなまた、うちの工房に来てくれたら採寸から何からやるさかい」
「考えておきます……それでは」
店を出て向かうのは組合の建物。以前に地図埋めをした時の報酬がそろそろ受けとれてもおかしくないと踏み、その玄関をくぐる。
「はぁい、では距離や発見物、面積などを考慮した結果……今回の査定は金貨2枚となりましたぁ」
その報酬はと言うと……死にかけたにしてはあまり高いと思える金額でも無かった。とは言え文句を言っても仕方ないので大人しく受け取るが。
「(先に分けてしまうか……)」
ひとまず直営酒場にまだ残っていたウーベルトに取り分銀貨20枚わたす。次いでアルフィリアの分を渡すため、もはやBGMと化した露天商の呼び込みを聞き流しつつアパートへ引き返した……




