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底辺だけど、異世界であがき抜く  作者: ぽいど
第十一章 古の下水道 編
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十一章の10 古の下水処理場

 地下空間で発見した施設……そちらに向け歩けば、すんなりとたどり着く。通路は施設の壁で左右に分かれており、おそらくはここを起点として作られた点検用通路か何かなのだろうと推測できた。入り口は通路に接した面の真ん中に一つあるだけで、他にめぼしい物は見当たらない。



「……中、見てみますか?」


「当然」



 この前ウーベルトに習った通り、警戒しながら扉を開ける。中は扉と同じ幅の廊下になっており、少し進んだところで左右に分かれ、T字路になっている。妙に滑らかな……病院のような雰囲気がある床の廊下を分かれ道まで進み、左右を確認するが……動く物は見当たらない。見える物は広めの廊下に扉が四つ。右の突き当りに一つ、その左右の壁に向かい合うようにして二つ、左側、入り口から見て手前側に一つ。



「……さて、どちらからにしますか?」


「うーん……まずは左からにしましょう」



 アルフィリアの勧めに沿って、左の扉を見る……しかしその扉は持ち手が無く、押しても動かず、横にずらすこともできない……持ち上げるのも無理だった。



「前の遺跡とおんなじね……どこかで操作しないと駄目なのかしら」


「動力源が見つかるまでは、手出しできませんね……反対側を見てみましょう」



 反対側を調べる。突き当りにあるのは両開きの小さな扉……これもやはり持ち手が無く動かせない。左右の扉は普通の物のようだが右は鍵がかかっており、結局進める扉は一つだけしか残らなかった。



「滅ぶなら、鍵開けてから滅んでくれたらいいのに」


「無茶言いますね……」



 扉を開ける……中は前に見た遺跡の中枢「操作室」と似た雰囲気だが、それよりもずっと広く、大型の機器が多いように見える。人の身長ほどもある直方体や、壁の一面を埋める何かの図のような物……重要な役割を持っている部屋なのは間違いないと思われるが、すべての機器は完全に沈黙している。ただの金属塊となったそれらが一体どんな機能を持っていたのか、一切推し量ることはできない。



「ここも操作室、だったのかしら?」


「その可能性はあります……椅子がいくつかありますし、座って作業していたことは間違いないでしょうが……」



 扉は入ってきた一つのみ。先に進めそうにはないが、何か売れそうな物でもないかと室内を探索する。ランタンを掲げ、壁や床を見回すと……何かが壁で、光を反射した。



「(これは……鍵、か?)」



 小さな金属板の縁を凹凸に加工した物が、壁に並んで固定されたフックにかけられている。金属の輪でタグらしきものと繋がっており、それには小さな文字が刻まれていた。



「すいません、鍵らしいものを……」



 それを手に取り、アルフィリアの方を振り返る……すると、うずくまる彼女の姿があった。小走りに、駆け寄る……すると何のことは無い、床に何やら紙束を広げて熱心に読みふけっているだけだった。



「……あの」



 声をかけても反応しない。夢中で読み進めている……覗き込んでみるが、字が細かい上に前時代の文字で書かれたその文章は到底内容を理解できるものではなかった。

 しばらく様子を見ていたが、一向に止まる気配がないため……その肩を軽くたたく。



「わっ!? びっくりした……」


「面白い事でも、書いてあったんですか?」


「うん、この場所について……って言うか、この部屋の使い方かな。それに関して色々書かれてるみたい。ここは汚水を集めて綺麗にする場所で、この下は物凄く大きな水槽になってて、そこに……えーっと……」



 翻訳に手間取っているようだが……少なくともここが下水処理場であることはわかった。であれば、この部屋はその制御室と言った所だろうか。どう見ても作動やメンテナンスをしているようには見えないが、今まで問題なく下水を使えていたあたり、相当上手く作られているらしい。



「ん~……固有名詞かしら、これ。 ……とにかく何とかって生物に、水を浄化させてたみたい」


「まあ、詳しい事はそれを持ち帰ってじっくり読み込んでください。それよりも、鍵を見つけました。向かいの扉を開けられるかもしれません」


「鍵か……わかった、じゃあそっちを見てみましょ」



 分厚い本と言うかファイルと言うか……それを荷物の中に仕舞い、反対側の扉に入手した鍵を使ってみることにした。ノブの下にある鍵穴に差し込み、回す……軽い音と共に、鍵が開くのを感じた。

 そのまま、扉を押して開ける……その中は一見すると「理科室」という言葉が頭に浮かぶ部屋だった。腰程度の高さの机に変わった形をした器具が並び、壁には薬瓶か何かだったらしい、かすれたラベルの瓶が収まった棚がある。



「これは……何か良いものがありそうね!」



 そしてそれにさっそく飛びつくアルフィリア。まるで餌をもらう時のサクラのようだ……部屋の中の物は適当に見てもらうことにして、先に進む道がないか探るが、ここも扉は入ってきた物のみ。外から見た施設の大きさから考えて、どうやら部屋は三か所しかないようだ。



「(となると残った一つは……メンテナンス? それか……エレベーターって線もあるか)」


「うーん、どれも薬の名前しか書いてない……あ」


「どうしました?」


「イチロー、あれ取って。天井の棚のとこ」



 アルフィリアが指さすのは……天井据え付けの収納。扉が開きっぱなしになっているが、その中に先ほど読んでいたのと同じようなファイルが見える。軽く背伸びをしてそれを取ると、アルフィリアはさっそく机に広げ、読み出した……



「何ですか? それは」


「さっきの……生物の名前が背表紙にあったのよ。えーっと……何々……」



 その生物と言うのは、あのゼリーの事なのだろう。どうもアレが気になるらしい……その理由についてはわかりかねている。確かに珍しく変わった生き物ではあると思うが、それを詳しく調べたところで得られるものがあるとも思えないのだが……



「うん……うん、やっぱり……じゃあ……」


「……何か面白い事でも書いていましたか?」


「面白いどころじゃないわ! これ……何かの論文の写しみたいなんだけど、これによるとあの生物は完全に0から作り出された生き物らしいの!」


「0から……とは、つまり……生命体の材料になる物質を集めて、こう……何かしら加工をした結果、生物になった、と?」



 どちらかと言えば自分は学が無い方であるのは自覚しているが……それでも、一つの生き物を完全に作り出すというのがどれほど大変なことかはわかる。それこそ漫画や映画の世界ですら、そう簡単にできる物ではない……地球で成功させれば、ノーベル賞が束で貰えるだろう。



「そう、そしてこの生き物……いわゆる消化ではなく……多様な物を取りこんで……マナに還元する……らしいわ」


「それは……凄いこと、なのでしょうか?」


「……つまりこの生き物はマナを直接操作して物質を作り変える能力があるってことよ。これは錬金術の発想そのもの……ううん、順序から言えばこれこそが錬金術の源流なのかも」


「はあ……」


「木があっという間に消えたって聞いて、もしかしたらって思ったのよね。仮に消化しているとしても、消化後の残滓は残るはずだもの!」



 熱っぽく語るアルフィリア……しかし、今一つ理解できないところがある。



「あの生物が錬金術と関係あるとして……危険を冒してまで確かめたかったのですか? あなたはもうすでに錬金術を身に付けているのに」


「ん~……ん~……なんていうのかな……私が使ってる錬金術って……完璧じゃあ、ないのよ」


「そうなのですか?」


「うん。マテリアの話は前にしたわよね? マテリアにも段階があってね」



 少しテンションの落ちたアルフィリアが、近くに転がっていた椅子を引っ張ってきて、座る。



「錬金術では、マテリアには五つの段階があるって考えてるの。前にパンで例えたけど……まずパンそのもの、これは第五マテリア。私たちが普通に『物』として認識している物ね」



 錬金術の講義が始まってしまった。どうやら長い話になるらしい……あまり長居をしたい所でもないが、ここは黙って聞いておく事にする。



「次にそのパンは……色んな物からできてるわ。小麦粉、水、塩、油……これが第四マテリア。この前見せたマテリアもこれに当たるわね」


「塩や小麦粉も普通に『物』として認識しますが……」


「例えよ例え。それに第五から第二までのマテリアは本質的には同じ物なの。レンガは単体だと『レンガ』って見るけど、いくつも組み上げたら『建物』として見るでしょ? それと同じよ」


「……その話を聞く限り、段階が下に行くに従い、マテリアは小さなものになるのでしょうか?」


「そう。第三マテリアは、いわば『その物』が『その物』であるもっとも小さな単位……ここまでくると、もう人の目では見ることができない。パンの例えで言うなら、水を沸騰させて湯気にして、その湯気の一粒を摘まみ出してさらに分けて行けば、もっとも小さな水ができるわね」


「それをさらに分けると、第二マテリア?」


「ええ。第二マテリアは……実際の所数えられる程度しか種類が無いとされてるの。この世界を作っているもっとも小さな基本の存在。その膨大な組み合わせによって世界はできている、と錬金術は考えているの」



 中々難しい話だが……ここまではまだ付いていける。地球の化学とさほど違っている話ではない。



「では、その第二マテリアをさらに分けると第一マテリア……と言う訳ですね」


「……それは……その」


「違うのですか?」


「……よく、わからないのよ」


「わからない?」


「私が教わったのはここまでなの。実際ここまで理解してれば薬作ったりは出来るわけだし……」


「……では、教わった元は有るわけでしょう。何もこんな所に潜らなくてもそれを調べれば」


「無理よ、私の先生はお父さんなの……もう、死んじゃった」


「(……しまった、そう言えばそんなことを前に言ってた……!)」



 言葉に詰まる。そう言う可能性は、考えないわけでも無かった。こんな少女が一人で暮らしていたのだ、その親に何かがあったということは当然有りうることだ。それ故に家族の話題は……恐らくお互いに、避けてきた。



「禁術を使ったってことで魔法騎士が来て……私は持てるだけの物を持って、逃げた。研究資料もあったけど、私はどれが重要なのかわからなくて……」



 俯く彼女の声はか細く、あまりに頼りない。とにかく我を通そうとする普段の彼女からは、想像できない姿だ。



「お母さんは……最初から居なくて。一人で山道を行って……振り返ったら、家が燃えてるのが見えた。だからもう、私が調べられる物も、教わる人も、無いの」


「……大変、不用意な発言でした。申し訳ありません」


「……いいわよ、いつかは言わないとって思ってたし」



 沈黙が流れる。外から聞こえる滝の音が、いやに大きく部屋に響く気がした。少ししてから顔をあげたアルフィリアは自嘲めいた笑みを浮かべて言葉を続けた。



「だから、何か錬金術に近い物とか……手掛かりみたいなものが手に入ると思うと、どうしても……調べたくなっちゃって」


「それで……当たりを引いたわけですね」


「うん。消えてなくなって見えたってことは少なくとも第三マテリアへの干渉はしていると思ったんだけど、マナを発生させてるってことは……第二か、それとも……」


「……難しいことはわかりかねますが、良い結果なのでしたら良かったです。調査を続けましょうか」


「うん、そうしましょ」



 立ち上がり、室内の探索を再開する。いくつか中身の残った薬瓶と、当時の書類らしいものは見つけたが……鍵や魔凝石といった先に進めそうな道具は見つからずじまいだった。



「うーん……これだけかぁ」


「恐らく……ここはもっと大きな施設の一部なのではないでしょうか。廊下の突き当りにあった扉から、上に登れるのではないかと」


「開かない扉の向こうじゃね……さすがにここで爆発とかさせるのはまずいし」


「ちゃんとした準備もしていませんしね……」


「また後日ってわけにも行かないでしょうね……けど、仕方ないか……」



 一応外の通路も一通り歩いてはみたが、他に施設らしいものを見つけることはできなかった……探索は打ち切りとし、引き返すことにする。



「ところで……今でも十分稼げているでしょうに、まだ上を目指すのですか?」


「当たり前よ。私にはこれしかないんだから……それに」


「それに?」


「それに……色々できることを増やしてあっちこっちから頼られるようになれば、いつか錬金術を禁術にする必要なんかないってなるかもしれない」


「なるほど……」



 アルフィリアの考えは茨の道だろう。たった一人で出来ることなどたかが知れているし、権力者側からすればむしろ「出る杭」になりかねない。しかし、それを説いたところで彼女は諦めたりはしないはずだ。

 どこまで行けるのか、止まってしまうのか、進み続けるまま倒れてしまうのか。いずれにしてもそれは彼女の人生、決めるのは自分ではない。自分ができる事、するべきことなど有りはしないのだろう。が……



「また何か探索するのでしたら、手伝いますね」


「そう? それじゃあアテにするからね」



 このくらいの口約束はしても良いかと思えた。同情をしたわけではないし、彼女の行動に感銘を受けたと言う訳でもない。守りたい……と言うにはか弱さに欠ける。今一つ説明のつかない心境ではあるが、少なくともネガティブな物でないのは確かだ。



「ところで、日陰地区の方はどうなったんですか?」


「ああ、ひとまず消毒薬はたっぷり届けたから……後は下水がきちんと動くのを待つばかりね」


「そうですか……それと、魔獣の骨を一部回収したいのですが」


「ああ、分解されずに残ってたのよね? マナが高濃度な環境だっただろうし、構造が強固になったのかしら? それもちょっと調べてみたいかな……」



 軽い会話を交わしながら、前時代の下水処理場を後にする。その後、組合に一連の出来事を……もちろんアルフィリアの件は省いて報告した。


 下水の詰まりの原因は巨大ゼリーであると結論付けられ、正式に駆除の依頼が発行されるらしい。まだ残っているのかどうかはわからないが、ひとまずこれで事態は収束に向かうはずだ。後は報酬を受け取って全ては丸く収まる……筈だったのだが。



「お~、これはこれは……見事に感染してやがるな」

 


 結論から言って、やはり下水道での大きな外傷というのはまずかったようだ。傷のあった皮膚が腫れ上がり、発熱とだるさ、頭痛に苛まれている。



「治る、わよね?」


「まあ、そこそこ強めの魔法を使う必要があるが……下水を何とかしようと潜ってこうなったんだってな? 中々根性あるじゃねえか、気に入った。安くしといてやるよ」


「だってさ、良かったわねイチロー」


「(そこはタダ、とかじゃないのか……)」



 キッチリ金をとるドメニコに対し文句も言えないまま、血管に鉛が流れているかのような体をベッドに横たえる。



「(病気になったのは……運が悪かったと思うしか……)」


「すいませーん……下水での、魔法の使用料なんですけど……」



 そして、外から聞こえた声に頭痛が増すのを感じながら、逃げるように目を閉じた……




今回の清算


矢:19→18 (ゼリーに捕食され喪失)

アルフィリアの薬:5回分→1回分 (広範囲の治療のため多量に使用)

保存食:24食→20食(帰還後の食事分含む)


収入

金貨:5(下水詰まりの原因特定による報酬)

銀貨:31(アルフィリアからのお駄賃、依頼の参加料)

銅貨:5(チョーク購入時の釣り)


出費

金貨:1(ヘルミーネの取り分として)

銀貨:76(ドメニコへの治療費、およびイルヴァへの魔法使用料、その他生活費や道具の準備として)


収支

金貨:9→12 

銀貨:47→52

銅貨:4→9



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