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底辺だけど、異世界であがき抜く  作者: ぽいど
第二章 逃避行 編
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二章の1 キャンプは言うほど楽しくも無く

 異世界生活9日目。この世界の暦で言うなら、春の53日。


 村を出て三日経ったこの日までは、旅路は思っていたよりも順調に進んでいた。道中、自分達を探している兵士に出会うというようなこともなく、さらに街道を移動中に、駅馬車を拾うことができたのだ。そのため、毎日日が沈む前に宿に着き、泊まることができていた。

 しかし、その馬車の行き先はテルミナスではなく別の街で、街道の分かれ道で降りざるを得なくなった。そこからは徒歩で街道を進んだのだが、結局次の宿に着くことは無く、アルフィリアと二人、森の中の街道で夕日を浴びていた。



「……今日は野宿ね。イチロー、薪集めてきて」


「やはり、ひとつ前の宿で次の馬車を待った方が良かったのでは……」


「いつ来るかわからない駅馬車なんて、待ってられないでしょ。文句言わず働け」



 地面に落ちている枝を拾い集め、長い物や枝分かれしているものは村で貰った鉈をつかって適当な長さに割る。それをちょっとした山になるまで積み上げたころには、空に星が瞬き始めていた。

 次は、種火を作って枯葉や細い枝から順に燃やしていくのだが、その種火を作るのは火打石……これが上手く行かない。何度も石と鉄をぶつけてはみるのだが、火花が散るばかりで、なかなか燃え移ってくれなかった。



「……あー、もう! 下手くそ! よこしなさい!」

 


 とうとう、業を煮やしたアルフィリアが交代する。二~三分ほどで、火口に着火し、それをたき火に移すことに成功した。



「火打石も使えないなんて……あんたの世界って、本当に便利にできてるみたいね」


「す、すいません……」



 呆れ顔のアルフィリアに、何一つ言い返す言葉が無い。ばつの悪さに目を逸らしながら、夕食の準備をする。チーズを削ってフライパンの上で溶かし、それをパンに付けて食べる簡単な食事を終えると、アルフィリアは荷物から腕ほどの大きさがある瓶を取り出し、たき火を中心に、中身の液体を半径5mほどの円状に撒いた。



「獣避けよ。動物の嫌う臭いを出して、近寄らないようにするの。寝るときはこの内側で寝なさいよ」



 どこまで信用できるかは解らないが、それを口にするのは藪蛇と言う物だろう。それよりも、アルフィリアには聞きたいことがあった。



「あの……なぜ、わざわざ火打石を? こう、魔法で火を付けたりはできないのですか?」


「んー……できるかどうか、と言われれば、できるけど」

 


 焚き火の向こうで毛布を敷き、早々に寝入る体勢だったアルフィリアだが、むくりと体を起こし、焚き火を挟んだ向かい側に座りなおす。普段はアップにしてフードの中に隠されている青い髪はゆるくまとめられ、焚き火の明かりを受けて不思議な色合いの艶をまとっていた。



「魔法ってのは確かに便利だけど、基本的に燃費が悪いのよ」


「燃費……ですか」


「そう。例えばこの焚き火一つに火をつけるのに……ポテト1個分くらい?」


「(芋、って……また微妙な例えだな……)」


「……どうやら、あんたには魔法の仕組みから教えてやらないといけないみたいね」



 表情に出てしまったか、それとも無言を理解不能と取ったのか……いずれにせよ、濃緑の双眸をジト目にして、薪を一本手に取って見せた。



「例えるなら……そう、この森を世界、さっき撒いた獣避けの内側を人の体と考えて。世界には木が満ちている……この木が、万物に宿るマナ」


「マナ……あの指が光っていたものが、そうですか?」



 マナ。小説やらなにやらで何かと魔法の原動力にされる物だが、具体的にそれがどういうものなのかは知らない。魔法に関係するものといえば、あの光しか思い浮かばないが……



「違う、あれはオド。似たようなものだけど……」



 アルフィリアは手にしていた枝を火にくべ、炎を移す。



「私たちは呼吸や食事を通じて、世界からマナを吸収している。丁度、森から拾い集めたこの枝みたいにね。そして、この枝に着いた火がオド……魔法の原動力」


「(呼吸や食事……だから、ポテト1個、なんて表現なのか)」


「魔法ってのは、マナをたくさん使って、強いオドを出して、そして……」



 手に取った枝に他の枝を束ね、火を大きくするアルフィリア。ちょっとした松明と化したそれを、高く掲げて見せる。



「これを、森の中に放り投げたらどうなると思う?」


「……木が燃えます」


「そう。強いオドを使って自然に存在するマナに連鎖反応を起こさせ、大きな力を引き出す、それが魔法……ただ、体の中のマナを削って使うから、使いすぎるとマナが無くなるの」


「マナが無くなると、一体どうなるんですか?」


「……体中から血を流して死ぬ」



 凄惨を通り越して一種のギャグかと思うような表現だが、その表情は真剣なものだ。どうやら魔法と言うのは、決して体にいいものではないらしい。



「まあつまり、魔法でないとどうしようもない時のために取っておきたいのよ」


「……大体、理解できたと思います。それで、その……オド、を出すにはどうしたら?」


「どうしたら、って……ん~……う~……無理! 口じゃ説明できない! あんただって、歩き方教えてとか、息の仕方を教えて、とか言われたって説明できないでしょ?」


「それは、そうですけど……では、この世界の人は皆魔法が使えるんですか?」


「勉強すればできるかって意味なら、そうじゃない? 才能とか勉強する余裕があるかは別問題だけど」


「勉強……難しいんですか?」


「難しいわよ。っていうか、そんなこと気にしてどうするの? オドが出せないんじゃ、どの道魔法は使えないじゃない」


「そう……ですか」


「聞きたいことは終わり? じゃあ私は寝るからね」



 アルフィリアは持っていた枝を焚き火に放り込み、敷いてあった毛布にくるまって横になり、背を向けた。枝の燃えるパチパチという音だけが、暗い森に吸い込まれていく。



「(寝る前に……あれを使ってみようか)」



 しばらく待って、アルフィリアが小さな寝息を立ててから自分の荷物を開き、村で手に入れたクロスボウを取り出した。貰ったはいいものの、馬車や宿で武器を取り出すわけにも行かず、しまい込んだままになっていたものだ。



「(か、ったい……!)」



 まず弦を引っ張ってみるが、片手では指の関節に食い込むばかりで、ほとんど動かない。両手で弦を持ち、足を弓にかけ、全身で引っ張るようにすることで、ようやく弦が引けた。

 どうにか、弦をひっかける金具のところまで引くと、そこに矢をつがえる。浅くU字型の溝が彫ってあり、そこに固定、というよりはただ置くだけという感じだ。

 ようやく狙いを付けて発射だが、照準機なんてものはついていないため、ほぼ勘で狙うことになる上、重量もそれなりで、しっかり構えていないと手ブレが出てしまう。



「(狙うのは……そこの木でいいか)」



 10mほど離れた木を目標に定め、自転車のブレーキのような、握り込む形の引き金を引く。弦を固定していた金具が下がり、バネの跳ねるような音を立てて、弦が矢を押し出し、短い矢が木に硬い音を立てて突き立った。静けさに包まれた森の中では、それはかなり大きな音に聞こえる。

 ちら、とアルフィリアの方を見たが、閉じた瞼が開く気配は無い。



「(寝付きは良い方、なのか……?)」



 そんなことを考えながら、改めて矢の当たったところに目線をやると、狙いよりもかなり下の方へずれている。初めてにしては上出来だということにしておいたが……ここで問題が発生した。矢を回収しようとしたものの、幹に深く刺さっていて抜けなくなってしまっていた。



「(そりゃ、本来抜いたりしない物だけど……さすがに練習で使い捨てるのはもったいないしな……)」

 


 どうにか引き抜こうと頑張ってみるが、結局矢じりが取れて尻もちをつき、木の棒だけが手に残るという結果に終わった。不幸中の幸いと言うべきか、矢じりが無くなったため、木に刺さる心配は無くなり、折れない限りは練習用として使えそうだった。それをつがえなおし、射撃を繰り返す。

 

 百回ほども矢を放つと、指が痛くなってしまい、集めていた薪も少なくなった。これ以上の練習はできそうにないため、弩と矢を荷物に仕舞いこむ。



「(多少は狙ったところに当たるようになった、か? けどこの距離だし、もっと離れたところを狙う練習しないと……)」



 幾分か弱くなった焚き火に残った枝を入れ、毛布を敷いて仰向けになれば、赤と青、二つの月が、木々の間から覗いている。地球と似通ったこの世界の中、あの二つの月だけは、なかなか見慣れることが無い。地球のそれより少しだけ小さく見えるそれが空で並ぶと、まるでそれが何かの目で、自分が見降ろされているようにも思えてしまう。

 なじみ深い、白い月の下に戻るときは果たしていつになるのか……そんな不安を振り払って、目を閉じ、眠ることに集中した。


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