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底辺だけど、異世界であがき抜く  作者: ぽいど
第十一章 古の下水道 編
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十一章の4 汚染、拡大

異世界生活89日目、夏の43日



 慣れたと思っていたが、悪臭は一段と濃くなったように思える。サクラなど悪臭に耐えかねたのか、散歩をねだるように飛びついてくる……外に出る依頼がないか探して、連れ出してやろうかと思っていたとき。アパートの門扉がけたたましく開かれた。



「おい、薬師の嬢ちゃんは居るか!?」


「ドメニコさん? 一体何か……」


「いいから居るなら呼んでくれ! 急ぎの用件だ!」


「はあ……少し待っていてください」



 来客の旨を伝えるとアルフィリアはすぐに部屋から姿を現した。昨日の今日ということもあり、薬に何か問題でもあったのかと思ったが……空の水瓶を抱えたまま、部屋で座る時間すら惜しんで語りだすドメニコの様子は不良品をつかまされた怒りと言うより、なにか焦りと言うか、慌てているように見えた。



「昨日の消毒液、もっと作れるか? とにかくたくさんだ!」


「え、え? 作れるけれど……ちょっとやそっとで無くなるような量じゃなかったはずよ」


「そのちょっとやそっとじゃないことが起きてるんだ! 昨日の夕方ごろから次々と酷い下痢の奴が運び込まれてる……!」


「そんなたかが下痢で……」


「下痢を舐めるなよ、ガキや年寄りはおろか、大人だろうが死ぬことだってある、ましてや一気に患者が増えたってことは……」


「伝染病の可能性を疑っているのですか?」


「ああ……しかもこういう病気は糞から移る。移ればまた糞をたれて、次々病人が増えていく……!」


「下水が使えないのにそれって……まずいわね。わかった、急いで作るわ。まってて!」



 材料が残っていたのか、すぐに水瓶を受け取って部屋に戻り製造作業に入る。待つドメニコは一分一秒が惜しいと言った様子だが、こればかりはアルフィリアのペースに合わせるしかない。



「聞きますが……魔法で病気自体を治してしまえば済むのでは?」


「病気を治す魔法は難しいんだ。俺じゃあ精々1日10人が限度、到底おっつかん。おまけに下水があれじゃあ、治した所ですぐまた病気になるのがオチだな。今はとにかく患者が増えるのを防いで、下水が直るのを待つしかねえ」


「直らなければ?」


「そこら中に糞と病人が溢れかえって、テルミナスは肥溜めになる」


「(前者は既に溢れてるけど)」



 魔法もそれほど万能ではないらしい。だからこそ薬師と言う職業が成り立つのかもしれないが……その時ふと、一つの考えが頭に浮かぶ。自分は昨日消毒液を届けに診療所まで行った。そしてそこで最初の患者である男児の近距離にも居た……つまり。



「(自分も、感染しているんじゃないか……?)」



 あの男児がいつ感染したのか。下水の不具合の日からだと考えると潜伏期間は精々1日。もし感染していれば明日には症状が出ることになる。感染しているのかいないのか、苦しむだけで済むのかそれとも死に至るほどの病なのか。仮に今は感染していないとしても、日を追うごとに可能性が高まるのは間違いない。



「おまたせ! 用意できたわ!」


「助かる、金はここに置いておくぞ!」



 部屋を飛び出してきたアルフィリアから水瓶を受け取り、銀貨袋を門扉に乗せて走り去っていく。下水が直るのが先か、患者が溢れかえるのが先か……



「もっと作っておいた方がいいかしら……リンや硫黄があればもうちょっとマシな薬が作れるんだけど……また市場に探しに行ってみるか……」


「それより……一度街を離れた方がいいかもしれません」


「ええ? 何言ってんのよこんな時に」


「こんな時だからこそです。もし本当に伝染病なら、私達も近いうちに感染するかもしれません。消毒薬はあくまで予防、治療薬が作れない以上は……」


「でも……下水が直れば衛生環境も元に戻る、そしたら……」


「直る保証は無いんです。仮に直ったとしても、それまでに患者が増えすぎていれば感染は収まりません。病気の正体も解らない以上、留まるのは危険です」


「それは……けど探検者全員に依頼が出て、次々参加者が来てたじゃない、あんなに人が居れば、きっとすぐに……」


「請けるだけでお金がもらえますからね。危険を冒して未知の下水に挑む人はそうそう居ません」


「……あんたもその一人ってわけ?」



 かなり冷たい……と言うよりは、失望とでもいうべきか。とにかく強烈なマイナス評価を伴う声と目がこちらに向けられた。



「逃げるんだったら、勝手にすれば? 私は残って薬作り続けるから」


「病気になって、死ぬかもしれないんですよ」


「……これが私だけに向いた理不尽な差別だとか暴力だったら、逃げもするわ。けどこれは違う、皆に平等に降りかかってる。だったら、私は逃げない。こういう時に逃げ出すような人を、技を、誰が信じてくれるの?」



 深緑の目が強くこちらを見据える。こちらが言い返さないのを見ると、そのまま部屋に戻っていってしまった。荒々しく閉じられた戸の音に、何事かとサクラが出てきて周囲の様子を伺う。



「(なんだかな……)」



 サクラの頭を撫でて落ち着かせる。身を案じたつもりだったが、義務感からなのか技能への自信からなのか……アルフィリアはこの事態に立ち向かうつもりだ。こうなった以上は決めねばならない……彼女の事は見捨てて市外へ出るか、もしくは彼女と共に……



「(……いやいや、違う違う)」



 判断基準が何故彼女なのか。一度深呼吸をし……口を占領する臭気に後悔の念を少なからず浮かべつつ、考えを整理する。



「(選択肢としては三つ。街を離れる、街に残り何もしない、街に残り事態の解決に動く)」


「(安全性が一番高いのは街を離れる事。地球で治る病気でも死ぬかもしれないし……避けられるのなら避けるべき)」


「(街に残り何もしない……正直中途半端。リスクも言うほど下がらないし、まだ何かしら行動した方がマシか)」


「(じゃあ事態の解決に動く……? 構造も解らない、止まった原因も解らない、何が居るかも解らない、解らない尽くしの下水道へ?)」



 やはりどう考えても街を離れるべきとしか思えないが……一つ、懸念要素がある。それを確かめるべくアパートから離れ、ある知人を訪ねることにした。




「えっと……確かに今はなんていうか色々大変ですけど……だからってどこか行く当てもないし……」



 訪れたのはイルヴァ・メストの家。名門魔法学校で優秀な成績を収めたという彼女は、現状地球への帰還に関して唯一とも言って良い希望だが……弱気な彼女らしからぬ答えが返ってきた。



「ですが、伝染病は怖くないのですか?」


「そりゃ、病気は嫌ですけど……ここ以上に生活しやすい街ってそう無いと思いますし……」


「あまり、そんな実感はありませんが……」


「まあ、住んでる人はなんていうか……ギラギラしてるって言うか、ちょっと引いちゃう所もありますけど……色んな物が買えるし……付与術でお金稼げるのなんて、ここくらいしか無くて……」



 住めば都……ではなく住むなら都ということだろうか。人が多く多様な需要があるからこそ、こういった特殊な技能を持った人材も集まって来る……他所では得難い人材も、また。



「(……覚悟を決めるしかないか……?)」


「あの……それで、もしかして付与術の依頼でしょうか……? 下水道に挑むって人が何人か来たんですけど……」


「……まだ、準備が整っていないのですが、お勧めの物はありますか?」


「えっと……やっぱり単純な筋力強化が人気です……何だかんだ、一番扱いやすいですし、不測の事態にも、対応できる幅が広がります……」


「暗いところでも見えるようになる魔法などは無いのですか?」


「えぇっと……あるにはあるんですけど……地下みたいな完全に光のない状況だと、自分で光源を持ち運ぶ必要があって……調整が効かないから、凄く、眩しいと……」


「なるほど……」



 もちろん光源となるランタンは持ち込むが、何か不測の事態で紛失する可能性もある。完全な闇の中でも行動する方法……思いつくのは一つだ。



「参考になりました。ありがとうございます」


「……お話だけですか……?」


「必要でしたら、またお願いに来ますので……」


「……期待しないで、待ってますね」



 割と落胆した様子の見送りの言葉を受け、イルヴァの家を立ち去る。方針は決まった……と言うかこの方針を取らざるを得ない。再び、高名な学校を卒業した魔法使いに会い、曲がりなりにも対等に話せる関係になるなど、おそらく有りはしないだろう。大きなリスクを背負うことになるとしても、帰還の手がかりを失うわけには行かないのだ。

 

 テルミナスの地下にある遺跡……下水道へと潜る。そう決めて、準備に取り掛かることにした。

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