十章の9 帰ってきたモノ、帰らぬ者
暗く、荒れ果てた部屋をランタンが照らしている。体を起こすと妙に頭が重い。
「旦那、気が付きやしたか」
「ウーベルトさん?」
「薬師殿! 目が覚めやしたぜ!」
ここは、医務室だ。あの遺跡の。記憶が徐々にはっきりしていく……足音が部屋の外から近づき、アルフィリアが駆け込んできた。険しいその顔が、こちらを見ると少し緩んだ、様な気がする。
「調子は? 痛いところある?」
「……私は、助かったんですか?」
「そうね、これが無かったら本当にもう駄目だったかも」
青い結晶が投げ渡される。この遺跡で見つけた魔凝石だが……大きさは半分ほどになってしまっていた。
「魔法の腕が上がるってのは本当だったんですな。胸に空いた穴があっという間に塞がっちまった」
「要するにマナの塊だから、出力を無理矢理底上げできるってだけの話よ、腕が上がったわけじゃないし……おまけにこんなに小さくなっちゃった」
「まあ、それでも命あっての物種ってもんで。旦那も幸運だ……背中まで抜けてる。これが途中で止まってたら厄介だった」
「多分あれ、物を飛ばす武器じゃないわよ。アーティファクトの一種だわ。どっちにしても人を殺すには十分な威力だけど」
「……ご迷惑をおかけしました」
結局の所また自分はやられてしまい、また助けられたと言う訳だ。殺人兵器を相手にして、良くやった方だとは思いたいが……今回の実入りを削ったことには違いない。
頭を下げていると、頬に舐められたくすぐったい感触。
「ふふ、サクラは許すってさ」
「まあ、何とか3人生き残れたんだ、上々ってことにしましょうや」
「けど、流石に今回はここまでにしましょ。血もかなり流れたし、帰って体力を回復させないと」
「ええ……そうします」
服はまだ血で湿り気を帯びている。二人の服も返り血を浴びており、相当激しく出血したことが見て取れた。この状態でまだ先に進むのは体力的にも精神的も、良いとは言えないだろう。夜が明けるのを待ってから、来た道をたどりテルミナスへと戻ることにした。
異世界生活84日目、夏の38日
夕日が差す中、テルミナスの門をくぐる。帰りは馬車を捕まえ損ねて余計に日数がかかったが、それ以外には何ということも無く、無事に帰ってくることができた。傷の後遺症も覚悟はしたが、2,3日の間多少頭がふらついたくらいで、痛みも残ることは無かった。なにはともあれまずは報告と、組合へと赴く。
「地図の報告は資料室の方へどうぞ。資料を汚さない様にお願いします……あれで良く死ななかったわね」
血の染みを一瞥して、受付嬢は動じずに職務を果たす。また小声で何か言っていたがそれは置いておき、まずは資料室へと向かうことにした。資料室の老爺に地図を開いてもらい、今回のメモと照らし合わせる。ノートに書いた印同士の位置関係と平面の地図を合致させるのは中々に困難な作業だったが……それもどうにか完遂した。
「ふむ、森の中の川と遺跡……遺跡には危険な機械が閉じ込められたまま、と」
「施設の名前は『西区12送達所』だそうですが……これが正確な訳かまでは……」
「し、詳細は違ってるかもしれないけど、大意は間違ってない筈よ。これは途中で見つけた植物の一覧ね。なるべく地図の場所と対応させてるから」
「ほうほう、若いのに良く調べとる、感心じゃな」
その後、幾つか事務的なやり取りをする。地図埋めはその場で報酬が出るわけではなく、調査の正確性などを評価された上で後日支払われるそうだ。
「結構めんどくさいのね……」
「まあ、組合も何だかんだお役所仕事なところがありやすからな」
「やりたがる人が少ないわけですね……」
そんな愚痴をこぼしつつ、戦利品の鑑定を待つ。普段と比べてずいぶん時間がかかっているようだが……やはり物が特殊だからだろうか。しばらく待っていると、ようやく自分たちの番号が呼ばれる。
「お待たせしましたぁ、今回お持ちになられた品ですけどぉ……まず猪の牙が2本で銀貨14枚、こちらの情報装置が……動いてはいますけど肝心の中身が殆ど壊れていますので、金貨5枚。魔凝石ですが……こちら6級品になりますので、金貨15枚となりまぁす」
「(合わせて金貨20……!)」
「後は諸々の雑貨なんですけどぉ……あまり価値が無いので、まとめて銀貨3枚ですねぇ。以上ですけど、よろしいですか?」
「では、それで」
「はぁい。現金と口座振り込みのどちらでお受け取りになりますか?」
「(そう言えば口座作ったっけ……)現金でお願いします」
「かしこまりましたぁ」
窓口で金貨と銀貨を受け取る。これで今回の探検の実入りはすべて受け取った。後は……
「それじゃあ旦那……」
「ええ、地図の分は後日改めてということで」
遺跡で拾った財布から出てきたのは、銀貨39枚。これと今回の買い取りを合わせ、銀貨56と金貨20。いつも通りウーベルトには2割を渡し、残りをアルフィリアと山分けに。結果自分のもとに来るのは金貨8枚と銀貨22枚。これに地図の分も加わるので、大幅な黒字と言えるのだが……やはり、魔凝石が随分小さくなっていたのが気にかかる。あれが無ければ、もっと高く売れていたのではないだろうか。
「それじゃ、あっしはこの辺で!」
「ええ、お疲れさまでした」
「またねー!」
少なからず悔いは残ったが、それは仕方のない物と諦めてウーベルトと別れる。夕日は随分濃くなり、家路につく物、酒場に入るものと、広場はそれぞれ安らぎの場所を求める人々が行き交っていた。
「さて、どうするイチロー、ご飯食べて帰る?」
「その前に……少し寄る所があります」
しかし自分にはまだ一仕事残っている。そこまで積極的だったつもりもないが、見つけてしまった以上はあえて横流しをするほど、あくどいつもりも無かった。
閉店した店が目立つ商店街を歩き、一軒の雑貨屋に入る。
「あ、ごめんなさい、もうすぐ閉店なんで……あれ、イチローさん!」
「ジーノさん?」
「あ、組合に居る子よね? どうしたのこんな所で」
「ここ、僕の家なんです。普段はお母さんとおばあちゃんがやってるんですけど、今日はお母さんが商店街の寄りあいで居なくて、僕が店番を」
「そっか。偉いわね~、まだ子供なのに」
「よしてください。それに、あなたもそんなに僕と離れてないじゃないですか」
「歳はさておき。お婆さんはいますか?」
「はい、今夕食の準備をしています。ちょっと呼んできますね!」
ジーノは店の奥に引っ込み、奥から祖母を呼ぶ声がする。少し待つとエプロンを付けたあの老婆がジーノと共にやってきた。
「おや、この間の……」
「依頼の品をお持ちしました」
それを伝えた時、老婆の表情が変わる。遺跡で見つけた金の腕輪。それを差し出すと震える手で受取り、見つめ……
「おばあちゃん?」
「これを……どこで!?」
「5日ほど離れた場所に遺跡の中で。遺体は白骨化しており回収は不可能でした。こちらは日記帳です」
「ああ……馬鹿な子だねえ、本当に馬鹿な子だよ……腹の出た嫁を置いて、こんなことのために……」
「え、じゃあこれ……僕のお父さんの!?」
「そういうことになりますね」
ジーノがこの家の子供だということは意外だったが……彼が探検者にあこがれるのは、父親のこともあったのだろうか。
「読ませてよ婆ちゃん! 父さんの日記なんでしょ!?」
「駄目だ! 駄目だよジーノ! あんな馬鹿の事なんて、知らなくていいんだよ!」
「何でだよ! 父さんが探検者だから!? 僕が探検者になるのに反対だから父さんの事も教えてくれないんだろ!?」
「そうだよ! ジーノ、お前は探検者になんかなっちゃ駄目なんだ!」
「何で! 探検者はずっとこの街を支えてきた大事な仕事じゃないか!」
「え、えっと。お婆さんもジーノ君も落ち着いて!」
「あ、すいません……」
「……見苦しい物を見せたね……すまないね、あんたも探検者なのに」
「いいえ、大きな危険を伴う職業に身内を就けたくないというのは、心情として理解できます」
ここから先は家族の問題、自分達が口を挟むことではない。店を後にしようとしたとき、後ろからジーノが呼び止める。
「あの……! 父さんは! 父さんの最後は、どんなものだったんですか!? せめてそれだけでも!」
「そんなことを知って、どうするんですか?」
「それは……僕の父さんは死んじゃったけど。でもきっと、探検者として立派に生きて立派に死んだと思うんです! だから……」
「……ねえ、イチロー」
アルフィリアが目で「黙っていた方が」と言っているような気がする。無視もできるが……
「……状況から見て、瓦礫を崩してしまって下半身を押しつぶされたのだと思います」
「つぶされ……」
「日記はその後も続いていましたので、その時点では死亡しなかったのでしょう。死因としては食料が尽きたことによる飢え死にか、圧迫された足が壊死したことで下半身が腐り、全身に毒が回ったか。あるいは生きながら鼠あたりに食われたという可能性もあります」
ジーノの目の輝きが、少し失われたように感じる。ヒロイックな、綺麗な死に様を想像していたのだろうか。
「それは……僕を探検者にさせまいと……?」
「いいえ、事実を述べただけです」
「ジーノ、ほら夕食にしよう。もうすぐ母さんも帰って来る」
「うん……」
「探検者さん、ありがとう……やはり悲しいが……それでも、これで私の人生も区切りがついたよ……」
閉店した店を後にする。夕日は一層濃くなり、商店街には夕食の香りが漂い始めていた。店は閉まってしまい、食材を調達するのは難しそうだ。直営酒場ででも食べようかと考えていたら、隣を歩くアルフィリアが少し責める様な口調で話を始める。
「……子供相手に、残酷なんじゃない?」
「知りたいというので、教えたまでの事です」
「けど、お父さんが苦しみ抜いて死んだなんて知ったら……」
「事実は事実として伝えるべきです。その事実を知ったうえで、人生の選択と決定を下すことは妨げられるべきではありません」
「それは、そうかもしれないけど……せめて、もっと大人になってから知るべきだったと思う」
「彼が大人になる頃に、私が死んでいる可能性は少なくありません」
「むう……」
考えてみれば、前回前々回と3度続けて死にかけていることになる。ここまでくると運が悪いというべきなのか運が良いというべきなのかもわからない。せめていくばくか、死線をくぐったことで実力が付いていればいいのだが。
「あんたさ、結構軽く言うけど……死ぬことが怖くないの?」
「人並みに死への恐怖はありますし、出来れば死にたくないとは思っていますが……それは例えば空腹だから食事をしたいというのと同じような物で、自分で行動して解消するしかない物だと」
「そこまで割り切れるものなのかしら……」
「怖がって誰かが助けてくれるのなら、あるいは別だったかもしれませんが」
「私はあんたの事助けてあげたわよ」
「それに関しては、大変感謝しています……」
「……どうせ懲りずに探検者続けるんだろうけど、こういう話ができるのも、生きてる間だけなんだからね」
「ご心配をおかけします」
「できればかけないでほしいんだけど……とりあえず、ご飯食べましょうか」
丁度直営酒場の前に来たので、そこで夕食を取ることにする。
今回もまた生き延びはした。しかしいつ運が尽き、ジーノの父親のようになるかもわからない。そうなった時、アルフィリアはジーノの祖母のように嘆くのだろうか。身内でもないのに、それは思い上がりと言う物か。
「(母さんは……)」
顔を左右に振ってその考えを打ち消す。これこそ考えるだけ無駄という物だ。仮に悲しんでいたとしても、もう立ち直っている時期だろう。だが……
「(やっぱり人間、自分が消えたら悲しんでほしい物なんだな)」
自分は何も特別ではない、いくらでも代替可能な一般人であることは自覚している。しかしそれでも、あるいはだからこそ、せめて近しい人にとっては特別でありたいのかもしれない。ジーノの父親も、おそらくは……
「あばら肉の浸けこみ焼きと、魚とトマトのオイル煮でーす」
「あ、来た来た。ねえ、半分こしない?」
とりとめのない考えを、ウエィトレスの声と共に並んだ料理が打ち消す。アルフィリアの半分この提案に乗りつつ、結局最後にわかりきった結論が出る。
「(自分が死んだ後の事なんて、考えるだけ無意味か)」
とどのつまり、死なないようにするしかないのだ。今回のように自分にも一攫千金のチャンスがあることはわかった。ならあがいて生き抜いて、そのチャンスをつかむしかない。
「あ、この肉柔らかくておいしい……お魚も……」
少なくとも、目の前で目を細めて肉を齧るアルフィリアやおこぼれの骨をもらうサクラの姿は、この異世界でもがく気力の一因になることは、確かだった。
今回の収支
矢:20→19 (猪に発射後、逃走中に破損)
毛布:1→0 (ドローンとの戦闘中に喪失)
保存食:4食→24食(購入分、道中での消費含む)
金貨:2→9
銀貨:17→47
銅貨:0→4




