十章の7 死人をスカベンジ
ひとまず腕輪を回収し、その白骨死体を観察する。この死体はどうも、前時代の物ではないらしい。痛んではいるが身に着けているものは原形を留めており……素材は革。自分達と似たような姿だ。
「こいつは……あっしらの同業ですかね」
「おそらくは。何か持っているといいのですが」
瓦礫の合間に挟まった背負い鞄を引っ張り出す。一緒に飛び出した骨が軽い音を立てて散らばり、辛うじて残していた人の原型は崩れ去る。
「ちょっとイチロー……遺体を雑に扱いすぎでしょ」
「はあ……」
アルフィリアの人道的な抗議を受けたが、とりあえず荷物は回収した。二人の元に戻り、中を確かめてみると、所持品は概ね自分達と同じ。やはり同業者だったのだろう。
「あっしらより先に来て……そのまま瓦礫に潰されたんですな」
「とりあえず、貰える物は貰っておきましょうか」
「ためらわずにとるわね……」
「死人がお金を持ってても無意味ですので」
荷物を確かめるが、殆どの者は余り価値が無いか、痛んでしまっているが、とりあえず銀貨がいくらか入った財布は見つけることができた。枚数は帰ってから数えることにし、さらに荷物を漁ると一冊の手帳が姿を現す。
「これは……日記ですな」
「身元がわかるかも。読んでみましょう」
ページを開く。文字は少しずつ勉強しているつもりだが、読みにくい物は読みにくい。時折横から教えてもらいながら、直近の内容を解読すると……
『312年、冬の36日。春には子供が産まれる。そうしたら探検者を辞めて、母の店を継ごうと思う。しかし、探検者としてせめて少しくらいなにか成果を出したい。これで最後だ。地図にちょっとでも俺の足跡を刻んで、終わりにしよう』
『312年、冬の40日。遺跡だ! ほんの少し近くを調べるつもりが、大当たりを引いた! 夜が明けたら本格的に調べるとしよう』
『312年、冬の41日。しくじった。瓦礫に足を潰され、この穴の中で動けない。こっちの方へ行くとは伝えてある。誰か助けに来るかもしれない。必ず生きて帰らないと』
書かれているのはここまでだった。
「まあ……普通の内容でしたね」
「お嫁さんもいたのね……可哀想に」
「いやはや、身につまされますな……」
「でも、どこの誰だったのかしら。結構新しい日記だし、あんまり書いてないわね……312年ってことは……12年前か」
「12年……もしかしたら」
拾った腕輪、その内側を調べてみる。そこには一つの単語……『度胸』とある。
「……尋ね人が意外と早く見つかったようですね」
「へえ? 旦那、どういうことで?」
「馬車の中で話した人です。腕輪の内側に『度胸』と刻んである、と」
「そっか……って、あんた骨バラバラにしちゃったじゃない!」
「別に死体を持って帰れとは言われていませんので。人骨一式なんて荷物になるだけです」
「そりゃまあ、そうだけど……」
この腕輪はあの老婆に渡すとして、他に何か無いかと荷物をひっくり返すと……見慣れない物が転がり出た。
形は六角柱で、長さ太さは手のひらに収まるほど。不透明な淡い青はどこか神秘的ではあるが、それゆえに白骨死体の荷物に入っているのには大きな違和感を感じる。
「こいつぁ……魔凝石じゃあないですか!」
「まぎょう、せき?」
「ええ、こういう遺跡で時折見つかるんでさ。一説にゃあ純粋なマナの結晶なんだとか。こいつを持ってりゃ、魔法の腕が一段も二段も上がる、なんて話も聞きやすな」
「文献では読んだことあったけど、これがそうなんだ……」
二人とも、興味深げに眺めている。いかにも値打ち物と言った様子だが……遺跡で見つかるということは、おそらくこの遺跡の物なのだろう。地球にはない物質、魔凝石。であればそれが置いてあったところも、地球には無い場所なのではないだろうか。
「さっきの部屋に、戻ってみましょう」
「さっきって……あの良くわからない部屋?」
「ええ。おそらくこれはそこにあったのだと思います」
「じゃあ、そいつを戻すんですかい?」
「何も起こらなかったら、それはそれ。何か起こるのなら……」
「試してみようってことね。じゃあやるだけやってみましょうか」
階段を下り、床と天井に立方体のある部屋へと戻る。魔凝石をその立方体の上に乗せてみるが……反応は無い。
「だめじゃない」
「恐らく……最初に外部から『点火』のような作業をする必要があるのではないかと」
「動かす、ですか……やはりオドでしょうかね?」
「って言っても……」
アルフィリアは悩みながらも、魔凝石にオドを灯した指を魔凝石に近づけ、それを魔法を使う要領で立方体に光の筋を……
「きゃっ!?」
立方体に触れるかどうかと言う所で、特大の打楽器のような音と共に魔凝石が発光し、一瞬で室内が照らされる。重く腹に響くような音が部屋の中で唸り、魔凝石から立方体へ、立方体から床へ、壁へと光が伝う。
「大丈夫ですか!?」
「え、ええ……なんともない。これは……」
「動いている……ようですな……」
魔凝石は宙に浮かび、立方体の四隅から柱が伸びて石を固定するかのように囲み、いくつかの表示が空中に浮かぶ。そのまま……その装置は、安定したようだ。
「うーん……『動いている』『強化』『割り当て』『停止』……?」
「その辺りは弄らないでおきましょう、うっかり壊しでもしたら大変です」
「……で、どうすればいいんで?」
「推測が正しければ、これで残っていた扉に何か起こっているはずですが……部屋に何か気になるものはありますか?」
「ん~……意味があるんだろうけれど……字が書いてないからわからないわ」
部屋にはサクラのそれにも似た、光の筋が輝いている。直線で構成されたそれは単なる明かりと言うことはないだろうが……ひとまず置いておき、廊下奥の扉を再び調べることにした。
廊下には明滅しつつも明かりが灯っている。前時代の照明器具は壁や天井が直に発光するらしく、光の元を触れても、そこはただの壁でしかなかった。ともかく遺跡の機能が回復したことで、推測通り扉横の小窓部分に灯りが灯っている。そこには縦4列、横3列の文字が並んでいた……
「ふんっ……だめですな、やはり開きませんぜ」
「おそらく、この文字を正しい順番で入力する必要があるのではないかと」
「文字っていっても……これ数字よ? 何の規則性も無いわ」
「合言葉、というわけですな。しかしそんな物……」
もちろん、そんなものがわかるはずもない。しかし……その手掛かりとなるものを、自分達は手にしているのかもしれないのだ。
「小さい方の建物で見つけた装置を調べましょう。『郵便箱』の所に、もしかしたら……」
アルフィリアに頼み再びあの装置を起動し、『郵便箱』の中にある情報を読んでいってもらう。いくつも文字が並んでいるので、「情報が壊れています」ということはない筈だが……
「……『新しい符号』これかしら。えっと何々……『やあアダン……娘の様子は……元気か? 符号がいつも通り変わる……操作室に入る……8,3,4,5,6,9,0,0,2……忘れるな……消すこと』」
「その数字です、入力してみてください」
「はいはい、えーっと834569002っと」
9ケタの数字が入力されると、扉は空気の抜ける様な音と共に横へと開く。暗い部屋の中では、耳にかける装置と同じような画面がいくつか並び、赤い表示を出していた。
「こいつは……」
「ここがこの遺跡の中枢でしょう。操作室と言うくらいですから」
「なんか色々書いてるけど……どれも……『故障』とか『失敗』とかばっかりよ?」
「まあ……恐らく施設で一番大事な鉄塔があの有様ですからね……」
「何か値打ち物でも残ってりゃあ良いんですが……」
部屋の中を探索する。アルフィリアは画面を、自分とウーベルトはその他を。空中投影している装置を取り外せないかとあれこれ試してみたが、それは徒労に終わった。床にはカップや筆記用具が散乱しており、この施設の最後は相当混乱していたのだろうことがわかる。
「何もありませんな……」
「ええ……そっちは、どうですか?」
「何にも。そもそも使い方も良くわからない道具を弄ってるんだから、何か出て来るなんて期待しないでよ」
「それも、そうなのですが……」
「まあ、ここの名前っぽいのはわかったわよ『西区12送達所』だって」
「送達……郵便って様子でもありやせんし、あの塔の天辺で回光通信でもやったんですかねえ」
「さあ……その辺りは、歴史学者に任せるとしましょう」
結局、この扉を開けた意味はあまりなかったようだ。ただ全くの無駄と言うのも今一つ気に食わないので、その辺りにある筆記具やカップを適当に拾って荷物の隙間に詰めておく。骨董品として価値があったりするかもしれない……
「これで、全て見て回りましたね」
「そうですな……まあ、魔凝石も見つかりやしたし、なかなかの実入りでしょう」
「それで、ここは調べ終わったとして……どうするの?」
「食料にはまだ余裕がありますが……」
遺跡の外に出てみると、日は傾きだしていた。今からでもある程度は進むことができるだろうが、ひとまず今日はここでキャンプをすることにする。周りが囲まれ、屋根がある場所と言うのは貴重だ。
周りの森から薪を集め、携帯食料を齧る。寝場所は操作室を使うことにした。出入り口が一つしかないので守りに適している。
「よーし、やるわよ~」
「お願いします」
予想通り『停止』の所を触れるとこの装置は動きを止めた。どうやら前時代の文明というのは、かなりわかりやすくできているようだ。固定の外れた魔凝石を再び回収し、ウーベルトをつっかえ棒にしていた操作室の扉をくぐる。
「しかし、真っ暗になっちまいやしたな」
「仕方ありません、中に居る時に何かあって、魔凝石が外れたら閉じ込められてしまいますから」
「どうせならベッドが残ってればよかったんだけど、全部ボロボロなのよね……ま、ちゃんとした床の上の分マシか」
念のため入り口にロッカーの扉をドミノ状に並べ、侵入者が来れば倒れるようにしてから、各自適当にスペースを取り横になる。光のない部屋の中で、眠りにつくのはそう難しい事ではなかった。




