一章の6 解決と報酬
アルフィリアに言いつけられた力仕事とは、またしても穴掘りだった。村から大きなシャベルを借りてきて、墓場の一点に突き立てる。この穴に何の意味があるのかは教えてもらっていないものの、彼女はこれで事件が解決すると確信しているようだった。
「あまり、墓を荒らしてほしくは無いのじゃが……」
1.5mほど掘ったところで、村長と数人の村人が墓場にやってきた。何度も墓場に出入りしているので、様子を見に来たのだろうか。
「あら、呼びに行く手間が省けたわ。そろそろ、この死体消失事件の真犯人を拝めるはずよ」
「なんと! それで、一体だれが……」
「それは……イチロー、そこで止めて!」
アルフィリアはちょいちょい、と手で出ていくように促し、入れ替わりで穴に入る。そして土を手でかき分け、土の中から何かを掴み出した。
「これが……死体を消した犯人よ!」
掲げたその手に乗っているものは……何とも形容しがたい、ドロリとした、黄色の物体……学校給食で食べたオレンジゼリーを柔らかくしたらこんな感じになるだろうかと言う物。
「あの、それは……?」
「んしょっ、と……」
掛け声とともに穴から出るアルフィリアは改めてそれを自分と村人たちの前に突き付け、面白いおもちゃでも見つけたかのように語りだす。
「これは、いわゆる粘菌の化け物ね。普段はこの液状の体で土中を動いて、ミミズやモグラなんかを食べるんだけど……地上に落ちてる動物の死骸も食うの。それこそ、骨も残さずね」
「骨も残さずって……そんなもの手袋越しとは言え掴むなんて……」
「この手袋は特別だから平気。で、こいつは栄養を取れば取るほど巨大化して、この時期、地面に茸を出して胞子をばらまくの。その茸を、この墓場で見つけたってわけ」
「(それで、地面を探してたのか……)」
「どこかから迷い込んだのか、もともと居たのか知らないけど……こいつが、墓にあった死体を食っちゃったんでしょ。多分、他の死体も無くなってるわよ」
掘った穴を覗き込むと、スライムモールドなる生き物がドロドロと流れ出して溜まっている。流動性はかなり高いようで、これなら棺桶の隙間から入り込んでもおかしくないだろう。
「ってわけで……そもそも死体は蘇ってなんかなく、ただ食われただけ。どう? これで分かったかしら? 死人が蘇って襲ってくるなんて、古臭い迷信はさっさと捨てることね」
アルフィリアは「どーだ!」と言わんばかりに、胸を張っている。村人たちも犯人を見せつけられては、納得するしかないようだ。ただ、あと一つ疑問が残っていると言えば残っているのだが……
「……じゃが、薬師殿。それならダリルの言った怪しい光は……」
「嘘なんじゃない?」
「嘘? なぜそんなことを」
「もしかして……棺に何か、手向けの品みたいなものを入れませんでしたか?」
「ああ、わずかだが金と、後は本人の好きだった酒を……まさか」
「ま、本人に聞くのが一番手っ取り早いんじゃない?」
アルフィリアの一言で、その場に居た全員が村外れにあるダリルの小屋に詰めかけた。大勢で詰め寄られたダリルは、あっさりと盗掘を白状。これまでも副葬品を掘り出しては、偶に来る行商人に売っていたらしい。
「このやろう!」
「村においてやった恩を忘れて墓荒らしか!」
「ひいいぃぃ!」
そのダリルは村人に袋叩きにされている。このまま殴り殺されるか、生き残っても村八分だろう。
「(まあ、どちらにせよ関係ないか。というか、副葬品が無くなってたってことは死体が無いのに気づいたのに取るものは取ったって……ん?)」
髪を掴まれて地面に引き倒されたダリルの首に、見覚えのある印が刻まれている。アドルフに教えてもらった、異界人には必ず入っているという、あれだ。つまりダリルも異界人ということになる。それならば、話は別だ。
「ま、まあまあ、落ち着いてください……ダリルさん、なぜこんなことを? 大したお金にもならないでしょうに」
ダリルを囲んでいる村人たちの間に割って入り、とりあえず殴るのを止めさせる。一応は事件の解決者……正確にはその奴隷ということもあり、一緒に殴られるということはされなかった。
ダリルは顔を腫らし、幾分聞き取りづらくなった声で答えた。
「ゲホッ! ゲホ……! 閉塞感だよ……何だっていい、閉塞感を晴らしたかったんだ……! 俺は土地も家畜も、道具すら持ってない……朝から晩まで他人の土地を耕し草をむしり、家畜の糞を掃除して、やっとその日の飯が分けてもらえる……これが一生続くんだ! 別の土地に行こうにもその金すらない! 何も変えられないまま、一生だぞ!」
「ふざけるな! どこに行く当てもないお前を拾ってやった恩を忘れて!」
「……ダリルさん、あなたは異界人ですよね? どうやってこの世界に来たんですか?」
そう、ダリルが異界人なら、こっちの世界に来た時のことを知っている可能性がある。何か少しでも解ることがあれば、帰る手助けになるかもしれない。だからこそ、正直さっさと引っ込みたいのを我慢して、いきり立つ村人たちとの間に立っているのだ。
「どうやっても何も……ある日、突然だ! 俺は夜明けまでかかって、山ほどの仕事を片付けて、仮眠室に入った……一瞬大きな音が聞こえて目が覚めたと思ったら、この世界だ……」
「(……無駄だったか。こっちと同じく、知らないうちに来てしまった……と)」
「畜生……俺は努力したんだ! ハーバードでMBAだって取った、大手の保険会社に入って、マンハッタンの超高層ビルでアホどもを見下ろしながら仕事をしてた! それがなんで、中世みたいな農村で小作農をやらなきゃいけないんだ……!」
「(MBA? バスケ……はNBAだ。MBAは……そう、経営学修士、しかもハーバードってことは……!)」
「あなた……アメリカ人ですか?」
「あ……? なんだよ、じゃあお前は中国人か? それともベトナム? はっ、こんな所で地球仲間に会うなんてな……ウエッ、ホ!」
「日本人です。しかし……話を聞く限り、あなたは相当なエリートのはず。その能力を何かに活かせば……」
「ああ、最初に聞かれたさ、『何ができる?』ってな! 言ってやったよ、ビジネスだ、って。そしたら奴らなんて言ったと思う? 収入を一年で倍にしろ、だとよ! できなきゃ炭鉱送りときた。俺は必死にやった、だが……」
「できなかった?」
「当たり前だ! 経営学は魔法じゃない、元々の地力や経営側の柔軟さで結果なんていくらでも変わる! ましてやこんな未発達のインフラと社会制度、おまけに風習や慣習! 結局俺は炭鉱送り、そこで十年以上過ごした……エホッ! それで、肺をやられてこのざまだ! ゲホッ! ガ、ホッ! ガフッ!」
ダリルの咳が激しくなり、地面にうずくまってしまった。その状態で殴り掛かるのも良心が咎めるのか、村人たちも取り囲んだまま手出しをしない。
「(まあ、築き上げた物が崩れたのはわかるけど……少しでも勝ち組だった分、まだ恵まれてた方だな)」
ダリルに背を向け、人の輪から抜け出るとアルフィリアが半目でこちらを睨んでいた。
「こら、あんた奴隷なんだから、勝手に私から離れるな」
「すいません……どうしても気になることがあって」
「ま、いいわ。喜びなさいイチロー、あんたに良い物を用意してやったわよ」
「良い物……?」
アルフィリアはくるりと振り向くと、村の中にある一軒の家へと歩き出した。ノックもせずにドアを開けると、壁には動物の毛皮がかけられ、木箱や樽が隅に積まれていた。ベッドが一つだけあり、後は小さなテーブルに食器や工具のような物が見受けられる。
「エドガルドが住んでいた家よ、ここにあるもの、何でも持って行って良いって」
「それが、報酬だと?」
「まあ、現金じゃないってのはあれだけど。逃亡奴隷がいつまでも奴隷服だとまずいでしょ。服くらいあるだろうから、着替えなさい。外で待ってるからね」
「は、はあ……(自分で探すのか……)」
確かに、今着ている服は農民たちの服と比べても質素、というか粗末な代物な上、着替えすら持っていない。アルフィリアの話では、30日近く旅が続く。まともな服は絶対に必要になるだろう。
小屋の中を探すと、ハンガーにかかった上着、椅子の背にかかったズボン、さらに木箱から下着やベルトなどが少々。ベッドの脇には長靴も脱ぎ捨てられていた。一応は、一通りの上下はそろったことになる。真夏の工事現場で一週間働き続けた作業着を思い出させるような臭いがするが、それは我慢すべきところだろう。ひとまず、背負っていた荷物を下ろし、見つけた物を着用することにした。
現代の服とは少々勝手が違って手間取ったものの、何とか着替えを終えた。サイズが不安だったが、幸運にもそれほど違和感がない程度には合っている。山で行動する狩人らしく、深い緑色に染められた布地は分厚く丈夫にできていて、肩や膝などに革で補強がしてあった。その服の上からポーチのついた革のベルトやベストを身に付け、革の長靴を履き手袋をはめた。これで一端の旅装束……のように見えるかもしれない。
「(見た目の評価は他人に任せるとして。家の中にあるもの全部持って行っていいんだよな……)」
荷物は重かったが、これ以上持てないというほどでもない。何か役に立つ物や価値がある物があればと、改めて家の中を探してみることにした。
「(瓶……酒? 要らないな)」
「(干し肉……? 大丈夫なのか? とりあえず置いておこう)」
「(毛皮か……高く売れたりするかも?)」
「(食器。そういえば一人暮らしだったんだし、二人分無いかも……もらっておこう)」
「(毛布、これは必要。シーツと一緒に貰って……ん?)」
毛布を丸め、シーツを畳んだところで、ベッドの下に木箱が隠されているのを見つけた。他の木箱と違い、簡単ではあるが錠前が付いている。中を開けてみたいところだが、鍵らしいものは見つからない。そうこうしていると、アルフィリアがドアを開けて入ってきた。ノックもなしに。
「ちょっと、着替えにどれだけかけて……あら、似合うじゃない」
「そ、そうですか?」
「うん。なんか、くたびれた服と疲れた感じの顔が醸しあってる感じで」
「(褒めてはいないな……)それで……こんなものを見つけたのですが……」
「んん? 錠前のついた箱か……鍵は無いの?」
「はい……」
「ん~……よし」
アルフィリアはしげしげとその錠前を見つめると、指先を光らせ、錠前と同じくらいの大きさの円と紋様を描き……
「それっ」
大きな風船が破裂するような音と、ほぼ同時の耳障りな金属音と共に、錠前がはじけ飛んで床に転がる。思わず手で顔をかばったが、アルフィリアの方は平然としていた。
「……魔法で、壊したんですか?」
「そう。鍵を探してもよかったけど……時間食いそうだしね。さてさて、中身は……」
アルフィリアは箱に手をかけ、両手で蓋を持ち上げる。その中には……
「……なるほど、狩りの道具ってわけね」
まず目を引いたのが、T字型をした弓。いわゆる、クロスボウだった。そしてその矢が束になっている。次に刃物、先のとがった鉈と両刃のナイフが入っていた。物騒なものが入っていたから、鍵をかけベッドに隠したのだろう。
「ふ~ん……? うーん……」
それを手に取ったアルフィリアは、構えてみたり部品を弄ってみたりとあれこれ触っていたが、やがて興味を無くしたのかそれをテーブルの上に置いた。
「重いし、使いにくそうね……これ、あんたにあげるわ」
「え、え?」
「何よ、武器の一つでも持ってた方が安心でしょ?」
「それはまあ、そうですが……」
その武器を自分が向けられることになるかもしれない、とは考えていないのだろうか。それとも、そうなっても対処できるだけの実力があるということだろうか。アルフィリアの様子からは、それがどちらなのかを窺い知ることはできない。
なんにしても、くれるというのだから貰っておくことにした。最低限売ることくらいはできる。もちろん、使えるようになれればそれに越したことは無いのだが、それには練習が必要になるだろう。
クロスボウと矢はどうせうまく飛ばせないだろうから、リュックの中にしまい込み、鉈はリュックの横に下げ、ナイフは腰のベルトに吊るす。これで一通り、エドガルドの遺品は装備し終わった。RPGのように、それですぐ使えるというわけでもないが。
「じゃ、そろそろ出発するわよ」
「わかりました……」
貰うものをもらった自分とアルフィリアは、村を出発した。村人たちはそれぞれの仕事に戻っていて、その中にダリルの姿も見えた。どうやら、とりあえず生き延びたらしい。しかし、彼の境遇を考えると、果たしてそれが幸せと言えるのだろうか。
「(そんなこと、言っていられるような立場じゃないか……)」
彼の言葉で、異界人の扱いが大体どんなものかわかった。元の世界の、この世界から見れば異質、高度に進んだ知識や技術を求められ、それを持ち合わせていないなら労働力として使い潰す。まるでくじ引きの景品か何かのような扱い……自分もダリルも
「外れ」というわけだ。
自分も、ああなっていたかもしれない。むしろ、ああなるはずだったのが、何の偶然か助かったに過ぎないのだ。ハーバードを出るほど明晰な頭脳を持っていたダリルの扱いがあれならば、自分は一体どう扱われるのか……想像したくない事柄だった。
「(帰らないと……取り返しがつかなくなる前に……)」
そのためには、何もかもが足らず、解らないことが多すぎる。しかし手探りででも進んでいかなければならない。さもないと、待っているのはダリルと同じか、それよりもっとひどい結末だ。
一先ずは、今回のトラブルをアルフィリアと一緒にとは言え解決し、対価を受け取ることができたことをせめてもの希望とし、同じ異界人の住む村を後にした。一時間弱も村道を歩くと、目の前には一面の草原と、そこを左右一直線に走る白い石畳が目に入る。
「さて、ちょっと予定が狂ったけど……今度こそ、テルミナスに出発よ!」
アルフィリアは右に曲がり、意気揚々と言った様子で歩みを進めていく……その先には、まだ何も見えなかった。