一章の5 捜査の基本:聞き込み
「……そもそも、死人が蘇ることなんて、あるのですか?」
「何にもしないのに死体が蘇るなんてことは無い。ただ……蘇生自体はまったく無い、とは言い切れないわね」
村人たちに半ば強制される形で、死者が蘇る事件の解決をすることになった自分とアルフィリア。水とパンの簡単な朝食を済ませたあと、件の狩人が埋葬されたという墓場を最初に調べることになった。村から少し離れたそこへ向かう道すがら、蘇りについてアルフィリアに尋ねたが、その答えは微妙なものだった。
「あるとしたら、その可能性は?」
「聞いた話じゃ……死んだ直後なら、強力な回復魔法で生き返ることもあるらしいし。あるいは、そういうアーティファクトもあるかも」
「アーティファクト、とは?」
「そうね……魔法を使った道具と考えておけば大体間違いないわ。狭義では、その中でも効果が強力で、一品物の事を指すけど」
「なるほど……それで、そのアーティファクトが関わって」
「可能性はほぼ無いわね。死人をよみがえらせるアーティファクトなんて、あったとしたら王侯貴族の宝物庫に収まってるわ」
そうこう言っている間に、村から2~300mほど離れた墓地にたどり着いた。さほど広いところではなく、墓の数も十個程度しかない。おそらく、時間がたった土地は再利用しているのだろう。
その墓場の中で目を引くのが、人一人入りそうな大きな穴。深さ二m程度で、底には木の棺。蓋は開いていて中には何も入っていない。ここが、問題の墓穴なのだろう。
「これは……掘り返されてますね」
「そうね……本当に死体がなくなってるのか確かめたのかしら」
穴の周りには乾いた土が小山を作っており、事件さえ知らなければ、これから埋めるところだと言われても違和感はない。しかし……
「手掛かりになりそうなものは見当たりませんね……」
「ん~……」
アルフィリアも腕組みをし、目を閉じてうなっている。やはり、そう簡単にはいかないらしい。足跡でも残っていればと思ったが、土に残された足跡は乱雑で、追いかけたりすることは難しそうだ。そもそも、そんなことをする訓練なんてしたことが無い。そうなれば、期待を向けるのは自分とアルフィリアが背負っている荷物になるのだが……
「ご主人様……荷物の中に、こう、便利な道具が入っていたりは……」
「無いわよ。あるのは地図と食べ物、キャンプ道具に……あと薬くらい」
「(当ては外れた……となると……)見つけた時の様子を聞きに行ってみますか?」
「そうね、そうしましょ」
考えるのは、得られる情報をすべて得てからでも良いだろう。一度村に戻り、事件発覚の時の一部始終を聞くことにした。
村長に第一発見者を尋ねたところ、ダリルという村人がそうらしい。村の中を探して回り、畑の中で草むしりをしているダリルを見つけ出した。茶色い髪をした、中年の男性。あちこちすり切れた服を着て、爪は土が詰まっているのか、黒い。体調が悪いらしく、しばしば咳をしているが、それでも仕事を休むわけにはいかないようだ。
「あんたがダリルね? 死体が消えてるのを見つけた時のことを教えてほしいんだけど」
「え、ええ? ああ、あんたらが……事件を調べるっていう?」
「昨日、集会所に居ませんでしたか?」
「ああ……俺は、まだこの村じゃ新参だからな……」
「まあ、その辺りはいいわ。それより当日の事よ」
「事件の日だな? その日は……」
ダリルの証言によると、夜遅くにふと墓場の方を見たのだという。すると小さな明かりが浮かんでいるのが見えた。気になって見に行ったら、エドガルドの墓から死体が消えていたという。
「……何かこう、気が付いたことは無いの?」
「……いや、無いな……コホッ」
「ふーん……」
これだけでは何の手掛かりにもなりそうにない……が、ふとある疑問が頭に浮かぶ。
「……なぜ、墓を掘り返したのですか?」
「え?」
「ああ……そういえばそうね。死体が無くなったのに、なんでわざわざ棺を全部掘り返す必要があったの?」
「あ、ああ、それは……夜だろ? 暗くて、穴底が良く見えなかったんだ。きっと勘違いだって思って……穴を掘って確かめたんだよ」
「そうですか……その時は、一人で?」
「ああ。村の連中は日が沈んだらすぐ寝ちまうからな。俺は、なんていうか……いろいろ村の奴がやりたがらない雑用もやっててな。墓堀りなんかもそうなんだが……それでよく遅くまで起きてるんだ」
「で、死体がないことを確かめて、村の人たちを呼んだってわけ?」
「そうだな……少し、驚いて腰を抜かしたりはしたが……とにかく、村に戻った。その後皆で墓場に来て……どうしようかとなってる所で、あんたら二人が来たってわけだ」
「なるほど……」
ダリルの証言には、特におかしいところは無いように思える。とりあえずダリルの話はそこまでにして、他の村人からも話を聞いたが、ダリルの証言を裏付ける物……つまり彼に起こされて、見に行ったということしか聞けなかった。
大よその聞き込みを終えた頃には、日も随分高くなっており、自分達は再び墓場に戻ってきていた。理由を挙げるのなら、少しでも何か気づけないかという所だろうか。要するに……行き詰っていた。墓地の柵に腰掛けるアルフィリアは墓場の中に視線を巡らせて、何か気になる物がないか探っているようだった。
「やはり、反故にしてしまった方が……」
「駄目だって言ってるでしょ」
再度の提案はあっさりと却下された。だがそういうアルフィリアも考えあぐねているのか、立ち上がって墓地をうろうろし始める……だからと言って何か出てくるわけでもなかったが。
「……後気になるのは、ダリルさんが見たという光ですね……普通に考えれば、ランタンか松明……」
「(……いや、もう一つあったな……光を放つ物)」
「ご主人様、魔法という可能性は? 確か、私に魔法をかけたとき、指先が光って……」
「ああ……その可能性はほぼ無いでしょうね。強力な回復魔法なら、死人を蘇らせることもできるって話は聞いたことがあるけど、そんな魔法を使えるやつが、こんなちっぽけな村にわざわざ来るなんて思えないもの」
「強力な回復魔法……私に使ったような?」
「あれ? あれは回復魔法の中でも初歩をちょっと抜けた程度よ。と言っても私の使える中じゃ最高だけど……とにかく、専門家には全然及ばない術なの」
「(結構重傷だったように感じたけど……痛くてそう思っただけか?)」
「だから、回復魔法って線は無い。わかった?」
「はい……じゃあ、例えば……回復魔法ではなく別の……そう、死霊術とかそういう……」
「うーん……その可能性は、無いでしょ。そっちも禁術だし。あんまりにも堂々としすぎてる……と、思う」
「……ご主人様はこの事件、解決の糸口は見えているのですか?」
「……そういうあんたは、何か気付いたことないの?」
「気付いたこと……」
問いかけに、改めて今回の事件を時系列に沿って考えてみる。まず死体が棺桶に入っていた。そこを疑う必要はないだろう。そして……死体が生き返った。となると棺桶で目が覚め、上に向かおうとするわけだが……最初に蓋が立ちふさがる。出るためには土ごと持ち上げるか、棺桶を壊すかしないといけないが、穴の底の棺桶に壊れた様子は無く、中に土がたまっている様子もない。
「死体が蘇ったという線には無理があるような気がします……」
「それは私が最初に言ったでしょ」
「う……それで、蘇ってないとすると、なぜ死体が消えているかが問題になるのですけど……」
「誰かが持ち去った、としか考えられないわよね」
「ですが、それはおかしいのでは……誰かが持ち去るため穴を掘ったなら、ダリルさんはあんな証言をするでしょうか? あれは明らかに、自分で掘ったことを誤魔化していると思いますが」
「つまり、棺を開けるその時まで何の異常もなかった、って言いたいの?」
「はい、何か目的があって棺を開け、その時点で死体が無いことに気づき、慌てて逃げ帰った……が、なぜ棺を開けたか聞かれると困る。なので、見てもいない怪しい光の事を言い出した……そう考えると辻褄が合います」
「じゃあ、死体は棺の中から消えてなくなったって言いたいの?」
「そう言うことに……なってしまうでしょうか」
「死体が勝手に消える、かぁ……」
どうにも支離滅裂な話だが、自分の持っている常識が通用するとは限らない以上、最終的にはアルフィリア頼みになってしまう。その彼女はといえば、急に地面を舐めるように見つめだしていた。そのまま墓地をくまなく調べていき……隅の方ではたと立ち止まって屈み込む。
「……イチロー、力仕事をしてもらうわよ」
そして立ち上がったその顔には、子供っぽさを感じる、得意げな笑みが浮かんでいた。