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底辺だけど、異世界であがき抜く  作者: ぽいど
第八章 悪意、そして邂逅 編
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八章の8 寄らば大樹の陰

異世界生活68日目、夏の22日



 夜間はチリーノを縛り上げて、昼は馬車を走らせる。それを2日繰り返し、3日目の朝。ようやくテルミナスの街門まで戻って来ることができた。



「この人を殺人、詐欺、拉致監禁で告発します」


「山賊と組んどった極悪人や! キッチリ絞ったってんか!」



 街門を守る衛兵にチリーノを突き出し、しばらく事情聴取を受けてから、昼前に税関を抜ける。行き交う大勢の人に、ヘルミーネは目を輝かせていた。



「おお~……凄いなあ! さっすが大都会や!」


「善人ばかりではないですから、気を付けてくださいね」


「わかっとるって。ほな、ここでお別れやな。まあ、すぐに会うかもしれんけど」



 何か含みを持った風なヘルミーネと別れ……そのまま組合へ向かう。事の次第を報告すれば、それで今回の事件で自分がやるべきことは終わるだろう。



「……おや、随分と早いお帰りですね」



 組合まで来たが……この受付嬢ことアデーレ、全員の顔とスケジュールが一致するとでもいうのだろうか。だとしたら恐ろしく有能ということになるが……今は彼女の職務能力に思いをはせる時ではない。



「依頼人に裏切られました。危うく、汚名を着せられ殺されそうに」


「ふむ……穏当では無い話のようですね。では、場所を移してお話を伺いましょう」



 アデーレは眉をひそめるが、それに関しての説明をしようとした矢先、背後の扉が開く。現れたのは……ごろつき2人に、もう1人……どこかで見た覚えのある身なりのいい男。誰だったか思い出す前に、ごろつきが前に出る。



「お前が探検者のイチローだな? カソーニ商会の馬車運転手、ビアッジョを殺しただろう!」


「いきなり表れて、一体なにを……!」


「うちのチリーノがねえ、あんたにハメられたって言うんだよ。いやあ、まだまだ裏は取れてないんだけどね? 従業員とどこの馬の骨とも知らない奴と、どちらを信用するかと言うとねえ?」



 従業員と言う言葉で思い出した。この男はカソーニ商会のトップ、バルド・カソーニだ……近くで見ると、何とも嫌味ったらしい顔をしている。こちらが事情聴取されている間に情報が回ったのだろうか。だが、事態を把握しているならこちらに来るのはおかしい。チリーノの嘘を信じたのだろうか。だが、そもそもチリーノはこのバルドから疑われていたと言っていた。



「(一体、どうなって……)」


「それじゃあ、公平に、取り調べてもらいましょうか。お前たち、彼を衛兵詰め所まで案内してやれ」


「ええ、もちろんですともカソーニさん。さあ、大人しく来い!」

 


 状況が今一つ呑み込めない。だが少なくとも……こうやって『公平』を口に出す相手は、そんなことはさらさら考えていない、ということは分かっているつもりだ。



「……嫌だ、と言ったらどうします?」


「こいつに、物を言わせることになるぜ」



 ごろつきが腰の剣に手をかける。このまま連れていかれたら、それが最後と思えてならない。だがここで立ち向かった所で……果たして状況が好転するのかどうか。だがここまで来て、言いがかりで大人しく捕まってやる道理もない。



「そこまでです」



 手を鉈にかけた時……凛とした、はっきりと通る声。受付嬢のアデーレが、後ろに立っていた。細身ながらその背は高く、こちらより少し低い程度かあるいは同じくらいか。その彼女が微動だにせず直立すると……ある種の迫力すら感じられる。



「カソーニさん。あなたは何をしているのかわかっているのですか?」


「もちろん、麗しい受付嬢さん。自分の仕事を投げ出し、依頼人を殺した無法者を捕まえるんですよ」


「いいえ、あなたは言いがかりによって、組合の会員を貶め、あまつさえその身に危害を加えようとしているのです。組合はこの不当な行動へ正式に抗議します」


「抗議……抗議ですか。なるほどその抗議は受け止めましょう……で? それが何か?」



 お前たちなど怖くは無い、とでも言いたげなバルド・カソーニ。だが、それに対しアデーレは……冷笑、とでも言うのだろうか。それをさらに上回る余裕を持った笑みを浮かべた。



「なるほど、カソーニさん。あなたは相当な……幸運の持ち主のようです。その程度の認識で、そこまで成り上がれたのですから」


「ほう……随分なお言葉ですな?」


「あなたは鍛冶組合の出入り商人のようですが、彼らの一番の得意先は誰か、知っていますか? 燃料の石炭を運ぶ、ベスティアからの馬車を護衛するのは? 今後の金属需要を大きく拡大する新大陸開発、先駆けとなっているのは誰か?」


「む……ふふ、残念ながらお嬢さん。私の販路は」


「解っておられないようですので、わかりやすく申し上げます」



 一段上げた音量でカソーニの言葉を遮り、アデーレは言葉を続ける。



「私たち探検者組合は鍛冶組合とも密接な関係を築いております。その気になればそちらの扱いに関して、『再考』していただくことなど容易。そして……まず、背後を見ることをお勧めします」


 あまりに流暢で堂々とした脅し文句に、耳だけでなく目まで釘付けになっていたが……その言葉に、開けっぱなしだった玄関扉の方に目を向ける。そこには大勢の人……めいめいが武装し集結した探検者たちが、玄関前を埋め尽くしている。



「なお暴力に訴えようというのなら、こちらにも相応の対応という物がありますが」


「い、いや……暴力など、まさか。しかしこちらも板金鎧5組に武器その他を奪われているわけで……そう、これは明確な契約不履行! こちらには損害賠償を求める権利があるはずですな。ざっと金貨1000は下らな……」


「いいえ、『当組合及びその構成員のいずれも、依頼の失敗により生じた損失はこれを賠償しない。但し請負者に故意または重大な過失があった場合を除く』契約時に必ず同意しているはずです」


「積み荷を丸々奪われて過失がないと?」


「本人からの申告では、依頼人に裏切られたとのことです。もしこれが事実なら、賠償金を支払うのはどちらになるかは、お分かりですね? 依頼人、カソーニ商会の会長、バルド・カソーニさん」


「い、いや、それはしかし……」


「もちろん、この件に関しては我々も『公正な』調査と対応をお約束します。ですので、本日は、お引き取りください」



 バルドもそれ以上は言い返そうとせず、苦虫を噛み潰したような顔で組合を後にする。ごろつき2人もすっかり委縮し、探検者たちの間を足早に抜けていった。



「一昨日きやがれってんだ!」


「探検者なめんな!」


「モグリの成り上がりが調子乗んじゃねえぞ!」



 一斉に囃し立てながら、探検者たちもまた解散していった。後には怒涛の展開に言葉を失ったままの自分……そして平常業務に戻った組合職員たちが残った。



「……では、先ほどのお話の続きを」


「あの、集まった人たちは一体……?」


「僕が裏口から出て、直営酒場から呼んできました! 大変でしたね、イチローさん!」



 扉の影から顔を出したのは、相変わらず元気を溢れさせているジーノ。仕事がら探検者の知り合いは多いだろうが、それでもあの短時間で呼び集めたには多すぎるような気がする。



「組合は構成員を守ります。それは一流の探検者でも、二流の探検者でも、祭りで大怪我をしたり素人にまんまと騙されるヘッポコであろうと同じことです。特に依頼料の未払いや難癖をつけての補償の要求、そう言った物から守るために結成されたのが、この組合の大本ですので」


「そして組合で何か問題が起きたら、できる限り駆けつけて助けになる! これは探検者全員の暗黙の了解なんですよ! 普段バラバラな探検者たちが仲間の危機には一斉に駆けつける! カッコいいですよね!」



 2人の言葉で合点がいく。おそらく組合のメンツと言った物も多分に含まれているのだろうが……なんにしても、組合に所属するメリットが、ここで顔を出したということらしい。



「では、こちらでも詳しいお話を伺います……マリネッタ、個室の準備をして」


「はぁい。それじゃあ、お疲れでしょうけど……こちらでも詳しいお話聞かせてもらってよろしいですかぁ?」



 いつもおっとりした窓口職員……彼女はマリネッタと言うらしい。彼女に案内され、来客用と思わしい個室へ通される。そこでまた一通りの事情を聞かれることとなった。とりあえず組合も独自に調査、交渉するということ、その結果が出るまでは連絡のつく所……最低でも市内には居るようにと指示され、組合での事情聴取は完了した。



「(……中途半端な時間になったな……)」



 広場に出た時には、昼と言うには遅く、夕方と言うには早すぎる時間。何をするという気にもなれず、結局アパートに戻ることにした……


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