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底辺だけど、異世界であがき抜く  作者: ぽいど
第八章 悪意、そして邂逅 編
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八章の5 脱出開始

 洞窟を離れるが、暗い中ランタンを灯すわけには行かない。見つけてくれと言っているような物だ。弩を手に、周囲の音を探りながら洞窟を出て……そしてすぐ、脱出を阻む大きな障害が目に入った。木でできた塀……と言うよりは防壁と言うべきか。丸太を横一列に立てて並べた、いかにも山賊の住処、と言わんばかりのそれが、行く手を遮っていた。



「あかん……こんなん、簡単には登られへん……」


「(どこかに、抜けられるところは……)」



 防壁にそって、視線を滑らせる。材料にされたのか、背の高い木は内側に無く、低木と繁み、そして切り株が残るばかり。低いところでも3mはある防壁は長径50mほどの、楕円状の範囲を囲っているようだ。自分たちの閉じ込められていた崖壁は、その壁の一部として利用されている。中央に大きな焚き火、その周囲には人影がざっと10以上見える。たき火の灯りに照らされて、防壁に足場を付けた見張り台。その近くには門。他に見える物は、大小のテント、小屋程度。



「結構おるわ……あんた、強い……ようには見えへんな」


「そもそも強ければ捕まっていません……」


「そらそうやな……さっきのはマグレか……」



 全員倒すなど不可能、そもそも戦闘は避けるべきだ。となると、選択肢としては……


1.この防壁を何とかして登る……あまり選びたくない。ヘルミーネのように暗いところ でも良く見える相手が居れば簡単に見つけられてしまう。


2.見張り台を制圧し、そこから逃げる……どうしても戦闘になる。見張りが1人か2人かなら、不意打ちで何とかなるかもしれない。しかしその際叫び声を上げられたり、大きな音でも立ててしまえば、そこまで。


3.どこか、抜け道でもないか探る……隠し通路などがあるようには見えないが、どこか修繕が行き届いていないところがあるかもしれない。


4.自分で穴を掘る……得策ではなさそうだ。適切な道具も無しに人が通れるほどの穴を掘るのは簡単ではない。



「(……消去法で3か……? いや……)」


「……なあ、止まっててもしゃあないで」


「質問ですが……あなたの荷物の中にシャベルなどあったりしませんか?」


「シャベル……無いなあ。工具は色々とあるんやけど」


「工具……ですか」


「せや。鍛冶、彫金、石工、木工、大工、宝飾、その他いろいろ。どれも一流やで、うち天才やから」



 小声ながらその口ぶりには自信が含まれている……モンシアンは職人修行の旅をするらしいが、彼女もそうなのだろうか。それはさておき、工具があるのなら選択肢4も現実的になる。穴でなくても、鋸で防壁を一部解体すると言う手も取れるのだから。とはいえ、大きな音が出ることは避けられない。



「(ここは慎重策でいくか……)」


「で、どうするん?」


「まずは、中を探ってみましょう。抜け穴でもあれば、儲けものです」


「せやな、こっそり出れたら、それが一番や」



 姿勢を低くし、なるべく繁みに隠れるようにして、防壁に沿い進む。焚き火の灯りこそ届いてはいないが、木がない分、上から降る月明りも随分明るく感じられる……青い月は傾き始めてはいるが、それでも当分の間その光に照らされることになりそうだった。



「とりあえず、気づかれてへんみたいやな……」


「ええ。ですがそれもいつまでか……」



 たき火の周囲では、盗賊たちが酒盛りをしているようだ。それに興じてくれている間は、こちらへの注意もおろそかになるはず。その間に何としても脱出したいところだが……



「(……そう都合よくは行かないか……)」



 防壁に穴が開いている所は無く、門の近くまで来てしまった。やはり、相手の手落ちに期待するというのは甘かったのだろうか。戻って反対側へ行こうとしたとき、気になる物が目に留まった。



「あれは……」


「馬車やな。あれを奪えたらちょっとは逃げんのも楽になるやろか」


「運転、出来るんですか?」


「まあ、ロバに荷車引かせたことくらいは……」


「(あまり期待しない方がよさそうか……)」



 そもそも、馬車で逃げようとしたら門を突破することになる。それは賢い選択肢とは思えない……それより重要なのは、その馬車は自分がついさっきまで乗っていた、護衛対象だった馬車そのものだということだ。さらにはそのすぐ横に、他と比べ明らかに大きな小屋が建っている。



「(ボスの家……ってところか……)」



 安全を考えるなら無視するべき場所だ。しかし……



「ここで、待っていてください」


「え、どないするん?」


「あの小屋を調べてきます」


「待ちいや、あんなとこ調べても逃げる方法なんか無いで」


「ええ、ですが……どうしても、気になるんです」



 自分が何故こんな目に遭ったのか。それくらいは知ってから去りたい。ヘルミーネを繁みに隠し、小屋へと近づく。幸い窓が開いていて、そこから中の灯りが漏れ出ていた。たき火から死角になる角度から近づき、その窓の下に張り付く。すると、中から話声が聞こえてきた……



「中々思い切ったじゃあないか、チリーノ。まさか板金鎧を5組も用意するたあなあ?」


「ははは、もううっとうしい旦那の顔色を窺う必要もない物で、解放戦線の皆さんには色々世話になったんで、お得意様に最後のサービスということで」


「おまけに御者まで殺しちまうとは。相棒だったんじゃなかったのか? ん?」


「まさか! 要らぬことを嗅ぎつけて、分け前をよこせとうっとうしいばかりで。これで最後、遠慮なく始末させていただきました……まさか、あなた様までお前は用済みだ、とは言わないで下さいよ?」



 声のうち片方はチリーノ。もう一つは聞いたことのない声だ。しかし、どうにも不快感と言うか違和感と言うか、岩を詰めた袋のような、聞きなれない音程の声だ……しかし……今、解放戦線、と言う言葉を聞いたような気がする。



「ガハハハ! あまりこのボッグザッグを見くびるなよ! 俺は約束を守る男だ、きちんと金は払ってやる!」


「ははは、こいつは失礼を……こちらは商品の横流しで儲け、そちらは手に入りにくい武器を買う。持ちつ持たれつの関係でしたが、それもここまで。早々に高飛びさせていただきます」


「まさかとは思うが……俺たちの事を知られたんじゃないだろうな?」


「いえいえまさか! ただ、旦那がどうも怪しんでいるようで。探検者組合に護衛を依頼するよう言ってきたんですよ。そこで、こっちも上手く日程を調整して緊急の依頼になるようにさせて頂いて……」


「それがあのガキってわけか。随分と頼りない護衛だな?」


「そりゃあもう。緊急依頼でたまたま来ただけですので。あんなものに引っかかるのは馬鹿か素人くらいなもので」



 大体の状況は飲み込めた。自分がその馬鹿な素人であるということに関しては、残念ながら認めざるを得ない。



「で、その素人を生け捕りにしてどうすんだチリーノ。さっさと始末しちまえばよかったじゃないか」


「何分、犯人が必要ですので。そのために奴の鉈を使ってビアッジョを刺し殺し、街道に転がしておいたのです。金目当てに森でこちらを襲い、ビアッジョと相打ち。こちらは御者を失って森の中を歩いて帰ろうとした所、獣に食われて……と言う寸法で」



 チリーノの言葉で、自分が生かされている理由も納得がいった。首を絞められたら独特の痕が残るという。片方が刺殺され、片方が絞殺されたのでは相打ちにならない。痕が消えてから、改めて殺すつもりだったのだろう。



「(とにかくまずは生きて帰らないと……)」



 生還さえすれば、その時点でチリーノの目論見は崩れる。おそらくチリーノには逃げられてしまうのは面白い結末ではないが……報告さえすれば、捜査の手が伸びることもあるだろう。少なくともただ失敗したのだという評価は避けられる……そう考え、窓から離れ、ヘルミーネのもとに戻ろうとしたとき。



「誰だそこに居るのは!?」


 それは甘い考えだと言わんばかりの声が、背後……ヘルミーネの居る方から聞こえてきた。


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