八章の2 緊急依頼とは
ジーノはあわただしくカウンターに駆け寄り、店主に書類を渡す。息を荒くしていることから、大急ぎで来たことがわかった。たかだか広場一つ、全力で走ろうが小走りだろうが大して変わりはなさそうなものだが、そこは彼の前向きと言うか前のめりな仕事への情熱のためなのだろう。
「おう、ご苦労さん」
「緊急依頼……とは、なんですか?」
「あ、イチローさん! 緊急依頼ってのは文字通り、急いで受けてほしい依頼の事です!」
書類束を渡しながら律儀にジーノ君は解説を始める。緊急依頼とは概ね数時間。遅くともその日のうちには引き受け、出発してほしい依頼のことを言うらしい。当然それだけ依頼料は高めに支払うものであり、その代わりに組合としてはこうして急いで事務処理や斡旋を行う……のだそうだ。その分、裏取りなどはおろそかになるそうだが。
「で、内容が……ほう、馬車の護衛、それもホムニス側の、か。依頼料金貨2枚」
高めどころか……自分が請けられる物の倍以上だ。おまけに内容は馬車護衛。上手くすれば何もなしで済む。先ほど横から取られた所でこれは、渡りに船と言うべきところだが、まるで見計らったようなタイミングと言う気もする……
「ほー、緊急依頼か。それじゃあ俺が……」
「私が請けます」
誰かが名乗りを上げようとしたところを先んじ、書類を取ってサインと指紋、契約に必要な手続きを済ませ、この依頼を自分の物とする。
タイミングが良いから、報酬が高いからと怪しむのは考え過ぎという物だろう。これはゲームではないのだから。需要があれば価格が上がる、ましてやすぐに欲しいとあればなおさらだ。経済の基本で考えれば、別におかしい話ではない……浮かんだ疑念を飲み込んで、依頼の概要を聞き出した。
「それじゃあ、依頼の馬車はもうホムニス門で待ってるそうだ。夕方までは待たないそうだから急ぐんだな」
目的地は森を抜けた街、行程は片道4日ほど。馬車一台、積荷は武具。依頼元は鍛冶組合の出入り商人の一つだとのこと。食料はギリギリではあるが往復分はある。必要なら帰りの分を目的地で買えばいいだろう。島の反対側まではそれなりに時間がかかる。買い出しをしている時間は無い、が……
「(それでも、薬だけは補充しておかないとな……)」
アパートに寄ると、丁度アルフィリアが荷物を背負って出てきたところだった。サクラを繋ぐ紐を外す彼女に、また薬の大瓶を頼む。
「薬って、また依頼に出るの?」
「はい、往復で……10日程度かと」
「そこそこ遠出ね……大怪我したばっかりで、大丈夫なの?」
「割のいい仕事なんです、逃せません。それに内容は馬車の護衛ですし」
「そう……じゃあはい、いつもの大瓶ね」
どこか憂いを帯びたような顔のアルフィリアから薬を購入する。サクラが怪我をしていた方の足に近づいて臭いを嗅ぐのは……具合を確かめてでもいるのだろうか。
「では、行ってきます」
そんなサクラの頭を軽く撫でてから、付いて来ようとする彼女を手で制し、アルフィリアに任せ。早足で島を横切り、西の街門へ向かう。相変わらず静かで清潔な中央付近、それを抜けて人がにぎわう宿屋街。そして西の大陸、ホムニスとの橋が架かる街門へとたどり着いた。
「(依頼の馬車は……幌付き、二頭立て……)」
行き交う荷車の間を縫って視線を飛ばし……停車所に特徴の一致する馬車を発見した。近くに寄り、待機していた御者に声をかける。
「失礼します。こちらはカソーニ商会の馬車でよろしいですか? 護衛依頼を請けてきた者ですが」
「ああ、早かったな。早速乗ってくれ。なるべく急ぎたいんだ」
日焼けし、ガテン系と言った印象の御者の言葉に、そのまま馬車に乗る。荷台には大量の木箱が積み込まれ、その隙間に1人、男が乗っている。
「おお、あんたが護衛か」
「……あなたは?」
「カソーニ商会の営業担当、チリーノだ。俺と積荷両方を護衛してもらうことになる。俺が居ないと、誰に何を売るかもわからんだろうからな! それから、御者の方がビアッジョ。むさくるしい旅になるがよろしく頼む」
やや痩せ型だが、自信にあふれた印象の男、チリーノ。歳は30前後くらいだろうか。こちらの方がメインの依頼主ということになるようだ。挨拶もそこそこに、荷台の空いた場所に腰掛けてすぐ馬車は出発し、ホムニス大陸へと向かった……
商会の馬車だからなのか、簡単な自己紹介をしている間にチェックは終わり、馬車は橋を渡る。対岸の街は以前と変わらず門の中に入れない人や、時間を調整する人でそれなりの賑わいを見せている。ベスティア側と違い、護衛が必要なようには見えない。
「チリーノさん、今回急ぎでの依頼ということで、詳細は聞いていないのですが……一体何からの護衛なのですか?」
「そりゃもちろん、色んな事だ。狼、積み荷を狙う盗賊、あとはこいつがうっかり運転を間違えて、荷崩れなんかを起こしたときに拾ったりもな」
「おいおいチリーノ、そいつはねえだろう?」
「盗賊……ですか」
盗賊が出るとすれば、サクラを拾ったあの森だろう。しかし、あそこに盗賊が出るという話は聞いたことが無い……あまり噂に関心のある方でもないが、それでも交易ルートに盗賊が出れば、商業都市であるテルミナスにはそれなりの騒ぎになるはずだ……こうして、護衛を付ける者が出る程度には。
「まあ、半分は念のためだ。何もなく済めばそれでいいだろう?」
「それは、そうですが……」
そう、何もなしで済むのならそれが一番。労せず金貨二枚を得られる。しかし……
「(何もないなら護衛を頼むはずもないか……)」
おそらくその期待は裏切られるであろうと考えながら、荷物の隙間から背後の街を眺める。その隙間は狭く、もし背後から追いかけられたら迎撃には苦労しそうだった。それでもひとまず、初日は特段何か起こることもなく、平地の真ん中で足を止め、夜営となった。
「でよお、商会がここまで大きくなれたのは俺たちが汗水たらして働いてるからだろってんだ! いつまで経っても給料は上がらず、肥えるのは経営側だけ、やってられるかっての! なあチリーノ!」
持参した酒を飲んだチリーノと御者のビアッジョは早々に管を巻き始めた。従業員の不満と言うのはどこの世界でも同じのようだ……
「ああ、牛狩り祭りだ~なんて浮かれやがるが、その準備をするのは俺たちで、旦那様はちょろっと挨拶をして、後は偉い役人と旨い飯食って終わりだ」
「(ああ……どこかで聞いたことあると思ったら、カソーニって……)」
先日の牛狩り祭りを主催した商人、確かバルド・カソーニと名乗っていた。どうやら彼らはそこの従業員だったようだ。
「まったく、探検者さんよお、あんたこの往復で金貨2枚もらえるんだって? いいよなあ、俺たちは休みなしで30日馬車を走らせて、ようやく3枚だってのに、たった10日。2倍だぞ2倍」
「はあ……」
矛先がこちらを向いた。流してしまいたいが、立ち去るわけにも行かない以上、適当に話を合わせる必要がある……
「ですが、定期的に定額の収入があるのは利点なのではないでしょうか。探検者は生活が不安定ですし……次いつ収入があるかわからないので、節約生活が基本ですし」
「けど、一発当てりゃデカいだろ? 俺もあやかりたいぜ。表通りに家立てて、美人の嫁さん貰ってよ」
「知り合いの探検者は、外で指を失ったとたん、妻子に逃げられましたが」
「そりゃあ俺達だって同じさ。商売に失敗すればな」
「ですが、大商店の雇われなのでしょう?」
地球で言うなら一流企業の正社員だ。月給……この世界に月という単位は無いが、30日区切りなら月給で良いだろう。それが金貨3枚と言うのは少し安いのかもしれないが……しかし、こうして嗜好品をたしなむ程度の余裕はあるのだし、店がつぶれることもそうあるまい。
「いくらでかい店でも雇われは雇われだ。小さくたって自分の店を持ってる方が稼ぎは上、男としての格も上ってもんなんだよ」
「考え方は人それぞれですが……それはさておき、酒は明日に残らない程度にお願いします」
「へっ、わかってるよ……」
会話を切り上げ、明日のために休むことになる。だがここで、これまでの旅とは違う要素があった。これまでは、同行者はいわば対等の立場として行動していた。そのため各々に負担を分散していたが……彼らは自分の雇い主。自分の負担を被せるわけには行かない。要するに……彼らと交代で夜警をすることはできない、ということだ。
「(夜明けまで……7~8時間くらいか……まあ、徹夜は慣れてるけど……)」
地球では一晩仕事をすることもザラにあった。一日二日の徹夜程度なら、昼間の移動中寝ておけばなんとかなるだろう。とは言え座っていては眠気に襲われそうなので、弩を構え、夜営地の周りを歩く。特に襲ってきそうな物は見当たらない……
「(射撃練習……は的になりそうな物が無いか)」
空には青い月が浮かんでいる。淡い光の中、流れ星がいくつか空を横切って、輝きながら燃え尽きる……最初は物珍しさに見上げた物だが、実の所、この世界は流星群とまでは行かないものの、流れ星が良く降る。おかげで、すっかり慣れてしまった。さらにBGMが男2人のイビキとなれば、風情も何もあった物ではない。
「(本でもあれば良かったかな……)」
まだ読めない文章も多いが、それでも少しずつ看板などで文字を覚えている。簡単な……子供向けの本ならば読めるかもしれない。娯楽に回せる金ができたら、考えてみても良いだろう。
「(いや、買わなくても図書館とかくらいなら、流石にあるよな……?)」
子供のころ、図書館は冷暖房完備な上、本を読んで時間つぶしもできる場所だった。その時、こんな異世界を旅するような本も読んだが……それらの物語の主人公のようには行かない物だ。
「(やっぱりああいうのは、安全を確保された立場だから楽しめるんだな……)」
とりとめもない思考が浮かんでは消える。青い月がいつしか西の地平へ消えて、赤い月が昇りだした。その光もすぐに太陽光の前に薄れていく……
「あ~、良く寝た……」
チリーノのその言葉と共に、一日目の夜警は無事に完了した。簡単な朝食をとってから、再び馬車で出発する。昼間は、その荷台で休ませてもらうことにした。勿論、何かあればすぐに起こしてもらうわけだが。
殺気の察知などができるわけでも無し、それならばまだ危険の大きい夜に起きていたい。動き出した馬車の揺れも、徹夜明けの瞼の重みには勝てず。荷台と荷物の箱が奏でるノイズは、意識の外へと遠のいていった……




