八章の1 貧乏暇なし余裕なし
異世界生活64日目、夏の18日
一日の間様子を見ていたが、足に違和感も無く、サクラを散歩させても、問題なく走ったりすることもできた。体は回復したと見ていいだろう……高い治療を受けただけあって。
「(あんまり、休んでも居られないしな……)」
ドメニコを呼びに行った辻馬車の料金も、きっちりアルフィリアから取り立てられ……共通の食費などで、今の所持金は銀貨16枚のみ。あと一度か二度、探検に出ればそれで無くなってしまうだろう。財布事情と言う重たい現実を抱えたまま、朝食の席に着く。
相変わらずのメニューの朝食を三人で齧りながら、ふと気になったことを思い出した。
「そういえば……ドメニコさんとは知り合いになったんですか?」
動く死体騒動の時、施療院の事はアルフィリアに話していた。しかし、詳しい場所までは話題に上っていなかったはずだが……
「ああ、施療院って言うからには薬を使うだろうと思って。調べて行ってみたのよ。思った通り沢山買ってくれて……で、あんたの怪我にも連れてこれたってわけ。私の行動力に感謝しなさいよね?」
「あの辺りは治安が良くないんだ、若い女が一人で行ったらあっという間に拐われて玩具にされちまうよ」
「そこはそれ、私もちゃんと対策してるから。でもまあ、次からはもうちょっと安全なところで合流するようにするわ」
アルフィリアは着々とその行動範囲と成果を大きくしていっているようだ。能力と意気込みのなせる業、だろうか。自分と比べる物でも無かろうが、やはり特殊技能があるというのは強みだと改めて思う。
食事を腹に流し込んでから、ひとまずは先の牛狩りの報酬を受け取りに行くことにした。少なくとも一匹は確かに心臓を射たはず。その分の銀貨を入手しないことには、外出そのものに支障が出かねない。
広場では、祭りの跡はすっかり片付けられて平常通りの姿に戻っていた。組合に入り、牛を倒した報酬を受け取る……
「はぁい、こちら銀貨8枚です。こういった依頼の報酬金は、しばらくは取り置きしてるんですけどぉ……完了から大体30日くらいで組合の物になっちゃいますので、なるべく早く取りに来てくださいねぇ?」
「ご忠告、どうも……」
やはり、倒したと認められたのは一体のみだった。想定していたとはいえ、あれだけ痛い思いをしてこれだけと言うのは、やはり気分が沈む。
「うーん、他の人達はもっとたくさん倒せてたんですけど……でも、そういう時も有りますよ! 悪い時をどう乗り切るか、これが探検者に一番必要な素質だって言う人もいますし!」
「それでは、次の探検もお気をつけて……ま、本当に素質があるのならそもそも悪い時にならないのだろうけれど」
組合の三人組は果たして元気づける気があるのかどうか。少なくとも、アデーレにはそのようなつもりは無さそうに思える。
軽いとは言えない足取りで直営酒場を訪れ、何かしら受けられる仕事が無いか尋ねてみるが……
「おい、みろよあいつ……」
「ああ、生きてたんだねえ。てっきり牛に踏まれてくたばったと思ってたけど」
あの時、馬車で一緒だった四人のうち二人……確か名前はポンペオとカーラ。その二人が近くの席に座っていた。
「いや~、良い根性してるっすねえ、俺っちなら祭りでしくって死にかけたなんて、もう恥ずかしくて顔出せねえっていうか」
「図太いのはあっちだけで十分だってねえ?」
聞こえよがしに嘲笑う……性根の図太さならあちらも相当な物だ。こんなところで言い合いなどするつもりもない……と言うか、言い返せる要素が無い。よってその嘲りは無視し、何か仕事が無いか店主に尋ねた。
「ふん、そうだな……まあ、この馬車護衛でも……」
「おおっと待った、その仕事は私らが請けるよ」
馬車護衛はそこそこ安全に稼げる仕事だ。引き受けようと考えたその時、横からカーラが口を挟むが、これにはさすがに黙っているわけには行かない。
「待ってください、私が先に話をしているのですが」
「それがどうしたって言うんだい? もう契約したってんならともかく、まだなら誰に任せるか決めるのは依頼主、つまりその依頼主の代理人である店主ってわけだ、違うかい?」
「まあ……そうだな。『私ら』ってことはそっちは複数か?」
「ああ、あっちのポンペオと一緒にね」
「そうか、じゃあ……そっちに頼むとしようか」
「ああ、任された。悪いねえ、これも信用の差って奴さ」
店主はカーラの方に書類を回し、そして手早く手続きを済ませた彼女はカウンターを立ち去る。トンビに油揚げを浚われる、とはこのことを言うのだろうか。
「……こういう横入りは有りなんですか?」
「基本は先着順なんだがな……こういう護衛ものはなるべく腕のいい奴に任せておかないと、もし失敗でもすれば客と探検者、俺たちの業界全体への信用、全部を失うことになる」
「それは……そうですが」
「まあ、初心者がそうそう美味しい話にありつけるなんてことはないってことだ。特に、つい最近依頼どころか祭りのヘマで怪我をするような奴にはな」
「……二日で、随分と噂が広まるんですね」
「悪い噂は特にな。表通りをああやって歩いたりすりゃあ当たりまえだが」
怪我をすればおちおち広い道も通れないのがこの街らしい。こういった仕事なのに怪我人をあまり見ないのは、そういう事情もあるのだろう……
「まあ、怪我をしても自力で帰って来たのは悪い事じゃねえ。治癒魔法でも無いと、そのままくたばっちまうこともままあるもんだからな」
「それは、薬のおかげで血止めができたからで……」
「あの薬師嬢ちゃんのか。すっかり馴染みになっちまったな……まあ、そう言う仲間がいることも含めて素質って奴だ」
素質と言うには、あまりに人任せだが……意外とここの店主、ごつい見た目によらず気を使う性格なのかもしれない。
「で、他の仕事は……ロヴィス10匹の討伐に、ワタユキソウの種小袋2つ分の採取。作物を荒らすイノシシの駆除なんてもんもあるな」
「(どうするか……)」
ロヴィス。あの人型の……地球の概念で言うとゴブリンと言う方がしっくりくるあの生き物だ。まとめてやるのではないにせよ、不意を打って2匹が限度の相手を10匹は流石に無理がある。
次のワタユキソウとやら。どんなものか良くわからないのでウーベルトの同行が必要になるが……
「(そのウーベルトは……)」
店内を見回すが、あの猫背の姿は見えない。大概はカウンターから見やすい……いや、誰がどんな依頼を請けたかが見やすい席に居るのだが。
「ウーベルトなら居ねえぞ。他の奴に付いていってる」
「ああ……そうですか」
前回もそうだったが……都合よく他人が自分の予定に合うとは限らない。相手にも相手の生活があるのだから当然ではあるが。植物の見分けができるウーベルトが居ないとなると、二つ目も無理……そして三番目だが、前回牛で大けがをした所で、また大型動物の相手と言うのも気が引ける。
「まあ、何もこの中からどれか請けなきゃならねえってわけじゃねえ。無理そうだと思ったらやめておくんだな」
「しかし……やりやすい仕事が近いうちに来るとは限らないでしょう」
「そりゃそうだ」
所持金が尽き、道中の食べ物すら買えなくなる様になる前に動かなければならない。なら、この中で選ぶべきはやはり三つめ。知恵のある相手でないのなら、有利な位置に陣取るなどで勝てることは証明済みだ……事故が無ければ。
「では……」
「すいません! 緊急依頼です!」
イノシシ狩りの詳細を聞こうとしたとき、酒場の入り口がけたたましい音を立て、誰かが駆け込んでくる。つい先ほども会った、組合で働く赤毛の少年、ジーノ君だ。
緊急依頼。彼の発したその言葉の意味は解らないが……少なくともその成り行きを横で見守る価値は、十二分にあると思えた。




