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底辺だけど、異世界であがき抜く  作者: ぽいど
第七章 牛狩り祭り 編
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七章の4 後の祭り

異世界生活62日目、夏の16日



 顔を打つ水滴の感触で、目を覚ます。いつの間にか、周囲は明るくなっており、灰色の空から水が降り注いでいた……酷く怠く、足を動かせば苦痛が襲ってきたが、それでも……目の前で、重厚な木の扉が開き始めていた。



「よーし……ん? なんだお前は」



 中から出てきた衛兵が、こちらを見つけた……できれば、もっと早く見つけてもらいたかったが。事情を話して入れてもらい……ようやく、テルミナスの中へと入ることができた。

 雨の中、体を引きずって歩く。水を吸った服は重く、シーツは重さでずれて地面に落ちる。直に擦れる傷がさらに痛みを生む。窓や軒下から向けられる視線は憐憫か嘲笑か……少なくとも気持ちの良いものでないのは確かだ。

 それらから目を逸らすように視線を地面に落すと、花びらの残骸やら、食べ残しやらが散見される。



「(……祭りの跡、か……盛大にやったんだな……)」


「(こうなるのなら、牛狩りに行かず街に居ればよかった……)」


「(そもそも探検者になんか、ならなかったら良かったのか……いや、他に仕事なんて無かった……誰が、好き好んで、危ない事……)」



 確かに、自分で探検者になることを選んだ。しかし……望んでの事ではない。他にまともな選択肢が無かったから、仕方なく選んだのだ。だが、それも……他人から見れば好き好んで、あるいは金のために、喜んで選んだように見られるのだろう。



「(……結局、異世界でも変わらないのか)」



 力を入れられている職業などと言われるが……結局の所、探検者と言うのは底辺なのだ。自分の様な異界人ともなれば特に。何かを生み出すでもなく、何かを成し遂げるのでもなく、寿命を削り売ってその日の糧を得て、いつか動けなくなれば、努力不足、自己責任、そんな言葉を被せられ、誰に知られるともなく消えていく。



「(ああ……考えても無駄だ、歩いて……歩いて……)」


「(……今、どこ、だ……?)」



 今自分はどのあたりを歩いているのか、広場は過ぎているはずだが。景色を確かめようにも、顔が上がらない。足も、いつしか。手が振れて杖代わりの弩が倒れ、それに合わせて地面が




 目の前は、木の板。しばらくそれを見つめ……自分が寝ていることに気が付いた。体を起こ……せない。動いただけでも体中が痛い。首だけを辛うじて動かして……そこがアパートの自室であることに気付いた。室内に張られたロープに、自分の服がかけられている……



「おう、意識が戻ったな」



 そして、なぜかそこには数日前にあった男……北の日陰地区で医者をしている、ドメニコ・ロランディの姿があった。手にはオドの光が灯り、こちらに、何か魔法をかけているのがわかる。



「……なぜ?」


「そりゃあ、何に対しての『なぜ』だ?」


「……今の状況全て、でしょうか」


「じゃあ、一から説明するか。俺は診療所で早めの昼飯でも食おうと思ったら、辻馬車に乗った薬師が俺を強引に連れ出し、アパートの前で倒れてたって言うお前の治療をさせたんだ……よし、体を起こせるはずだ。ゆっくりとな」



 いつの間にか、そこまでたどり着いていたらしい。ベッドに手をついて体を曲げていくと、外は既に夕方近くになっているようだ。時間は、朝だったはずだが……



「で、見た所怪我は左足が一番酷く、雨にうたれ続けて体温が下がってた。そこで、一番大きい傷を魔法で治療し、湯たんぽを抱かせて温めながら、全身をゆっくり治してた、とそんなとこだ」


「湯たんぽ?」



 そんなものあったか? と思ったが、毛布の中で何かが動き……サクラが頭を出す。いくばくか丸くなったように見えるのは、気のせいだろうか……



「飼い犬にしちゃ変わってるが、まあ懐いてんなら良いだろ。足に違和感はあるか?」



 傷ついた筈の左足を動かしてみる。痛みこそ残ってはいるが、ごく普通に曲げ伸ばしができた。傷口は肉を寄せ集めたような傷跡になってこそいるが、治癒して何日も経過したかのように見えた。



「ない……と思います」


「じゃあ、少し歩いてみろ……よし、問題は無さそうだな。後は栄養のあるもん食って寝てりゃ治る」


「はい……ありがとうございます」


「治療費、出張費込みで銀貨35枚な」


「……」



 助けてもらったのは確かだが……その代償は、重くのしかかる物だった。治療費を受け取ったドメニコは手を振りながら部屋を去り……後には、サクラが残された。



「……息苦しかったろ」



 白く柔らかい毛皮を撫でる。特段鳴きもしないが……サクラも狼なりに治療に協力した、のだろうか。



「イチロー、起きたんだって? ご飯食べる?」



 そして、ドメニコと入れ替わりで入ってきたのは、手にお玉、さらにエプロンを身に着けたアルフィリア……サクラはその扉の隙間から出ていってしまった。



「……部屋まで運んでくれたんですか?」


「私とサンドラでね。祭り会場のどこにも居ないし、まあ、仲間と食べてるのかな~って思ってたのに。朝になってサクラが騒ぐから、何事かと出てきたら、よ。なんで行き倒れになってた訳?」


「……牛狩りで、しくじりました。昨日は一晩街の外に」


「一晩って……あの怪我で!?」


「薬で血は止めたのですが、上手く歩けず……締め出されてしまいました」


「……とにかく、栄養付けろって言ってたわ。ご飯、食べるでしょ?」


「はい……」

 


 食堂へ向かうべく立ち上がろうとしたが、それはアルフィリアに止められ。ベッドの上で食事をとることになった。もっとも……気分は到底、ゆっくり食事をとるなどという物ではなかったのだが。


 今回の一件は、大失敗と言う形で終わった。ひとまずの所生きてはいるものの……確実に倒したのは一匹のみで、治療費、さらに矢筒に入っていて失った矢の分も含めると、差し引きで銀貨37枚分の損失。治療に使ってしまった薬を含めると、もっと大きなものになる。

 手持ち資金の半分以上を失ったという事実は、相当な重圧をもって、圧し掛かってきていた……


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