一章の4 消えた故人
「死人が、蘇ったのじゃ……」
村長……名前はドリノと言うらしい。彼は応接間のテーブルについて開口一番、そう言った。顔の皺は赤みを増した夕日によって強調されており、まるでホラー映画の予告編か何かを彷彿とさせる。
「死人が、ねぇ……」
一方のアルフィリア。深めに被っているフードがその表情に影を落としているが、おそらく相当不満げな顔をしているだろう。テーブルに片肘をついたその姿は、お世辞にも上品とは言い難い。
「それは一体、どういうことですか?」
そして自分はといえば、応接間の入り口で立ったまま。村長は元々アルフィリアとだけ話をするつもりだったようだ。自分はあくまでもアルフィリアの奴隷という立場なので、口をさしはさむ権利は無い、ということらしい。
しかしアルフィリア曰く、言い出しっぺが話を聞くのが筋と言うことで……テーブルに着いた二人を立ったまま眺めつつ、村長との話を始めていた。
「七日前、エドガルドという男が亡くなった。腕の良い狩人だったが、前々から胸を患っていての……身寄りもなかったので、わしらで葬ったんじゃが……」
「その、エドガルドさんが……蘇った、と?」
「二日前の夜、墓場で妙な光を見た者がおって、調べに行ったんじゃ、そしたら……エドガルドの棺が開いていて、中には何も……!」
恐ろしい物を見てしまった、と言わんばかりの声。村長は組んだ両手を額に当て、俯いた。これが非常にゆゆしき事態なのだと、彼らが考えているのが良く解る。これが地球であれば、死体が生き返って歩き回るなどありえない、とそれで済む話だったが……
「(魔法を体験した身としては、絶対あり得ないとも言い切れないのがな……)」
「蘇った死人は血が腐り、その苦痛を和らげるため、生者の血を求めるという……今はまだ誰も襲われてはおらんが、村の者は皆怯えておる……」
「では、その……無くなった死体を見つけるなり、何かをした人間を見つけるなりすれば、事件は解決ということでよろしいですか?」
「まあ……そういうことになるかの」
「わかりました。ではもう日も傾いていますので、明日の朝から調査を始めます」
「……言っとくけれど、囲んで武器で脅しておいて、事が済んだらよかったよかった、で済むなんて思わないことね。それ相応の礼ってものをしてもらうから」
「そ、それはもう……! では、今日の所はゆっくりと休んで下され」
アルフィリアが余計な一言を付け加えてくれたが、一先ず今日の所はしのぐことができたようだ。村長が村人を解散させた後、先ほどの集会場に戻り、水とパン、野菜の切れ端のスープを出してもらった。パンは固く、スープは薄い塩味しかしなかったが、それでも腹は膨れる。
後は寝るだけとなったのだが、集会所の床で横になると、毛布にくるまったアルフィリアが怪訝そうに話しかけてきた。
「……あんた、ずいぶん自信ありげだったけど。解決の当てがついてるの?」
「いえ、まったく」
「はあ!? じゃあなんであんなこと言ったのよ!?」
上体を跳ね起こしたアルフィリアはまったくの予想外、といった大声を出す。外に声が漏れたのではないかと心配したが、特に何も起こる様子は無い。
「声を抑えてください、聞かれたらまずいことになります……明日、調査すると言って、適当に姿をくらませれば良いんですよ、律儀に解決する必要なんて無いんですから」
「あ、呆れた……自分は村人と揉めるな、みたいに言っておいて……じゃあ、最初からその場しのぎだったってわけ?」
「ええ、殴られて怪我でもしたら損ですし。明日を最後に帰らないつもりなら、今日さえ凌げれば良いでしょう?」
「そんなの駄目に決まってるでしょ!」
「でも、最初に囲んで脅したのはあっちですし……」
「そりゃ、そうだけど……でもやっぱ駄目なものは駄目! やるって言った以上は、せめて最低限努力はしないと」
「時間を取られたくなかったのでは……」
「そうよ! なのにあんたが主人を差し置いて、勝手なこと言うから!」
「う……」
「とにかく、明日は事件の調査! わかったわね? 今度勝手な真似したら承知しないから」
アルフィリアは背中を向け、話を打ち切ってしまった……この反応は正直予想外と言う他ない。関わりたくない様子だったから、てっきり乗ってくるものかと思っていたのだが。
「(あんな態度は取るのに、口約束だけして、さっさとそれを反故にするというのは駄目なのか……思ってたよりも、誠実……とは少し違うか。自分の中のルールがある感じかな……?)」
アルフィリアがそう言う以上は、明日はこの村で事件の調査をしないといけない。力仕事ならともかく、この世界の常識もない自分には荷が重い話だ。とは言え、それを言っても仕方のないことなので、こちらも天井を見て目を閉じる。歩き通しの疲れによるものか、眠気はすぐにやってきた……