七章の2 祭り当日
異世界生活61日目、夏の15日
問題なく目が覚めた。中庭に出ると空はまだ薄暗さが残っている。時間的には地球の4~5時あたりだろうか。目を覚ましたサクラが、皿を咥えて足元に近寄ってきた。飼い主たるアルフィリアはまだ寝ているようだ……
「エサはもう少し後でな」
すでにサンドラが朝食を用意し始めているようだ。まだ時間に余裕もあることだし、食べられるものがあれば食べていくことにする。
「おや、早いじゃないかい」
「今日は3時に門集合なので」
「ああ、牛狩りに行くんだったね。まあ、精々稼いでくることだ」
このアパートの朝食は麦粥かパンか茹でた芋の三択……今日はパンだった。いつもより早く食べてから、荷物を背負い、アパートを出る。
広場では資材の組み立てが始まり、祭りに備えているようだった。通りを抜け、ベスティアへの門に近づくと……門前に人が集まっている。
「え~、牛狩り祭りに参加される探検者はこちらへ! 探検者はこちら!」
その中心からする声から見て、そこが集合場所で間違いないようだ。人の輪の外側に加わるが……そこから少し離れたところで、見覚えのある顔を見つける。
「えー……付与術……付与術、いりませんか~……」
この暑い季節にはまるで似つかわしくない、長い黒服……大学の卒業式で着ているようなイメージのそれを着込んだ、イルヴァ・メストが、小さ目の声で何かアピールしていた。
「……何をしてるんですか?」
「あ、どうも……私も何かして、生活費稼がないといけなくて……」
「それで、付与術をかけている?」
「はい……効果、体感済みなわけですし……ひとつ、やってみます……?」
「……私、それで血を噴いたのですが」
「それは、際限なくマナ使ったからで……でも、ちゃんと改良済み……安全な範囲で、自動で切れるので……」
少し考えてみる。確かにあの身体能力は非常に強力、そう言えるが……イルヴァの言を信用するとしても、自動で切れるというのは裏を返せばいつ切れるかわからないということでもある。少なくとも前回、『マナが無くなりそうだ』と言う様な感覚は無かった。
戦っている最中に切れでもしたら……
「えと……両手か、両足で銀貨5枚……かなりお得だと思う……」
「それは、一回かけて切れたら、またかけないといけない、ということですか?」
「です……じゃないと何時か、お客さんいなくなるし……」
言うほど安くも無い。そもそも筋力を増強したとしても、自分の武器は弩だ。その威力が上がるわけではない。せいぜい奇襲からもう一発撃てるようになる程度だろう。その後鉈での戦いになれば……
「(……やっぱり有用そうなんだよな……)」
「……え、えーと……身体能力が嫌なら……武器とかでも……」
「武器にも?」
「矢とか剣とか……牛くらいなら一発で倒せちゃいます……マナはあらかじめ込めておく方式だから、安心……あ、防具でも可……」
武器や防具を魔法で強化する。気になる話ではあった。しかし詳しく話を聞こうとしたとき……鐘の音が聞こえてくる。
「集合時刻になってしまいました。また今度」
「あう……」
遅刻になっては元も子もない。集まっている人の輪に加わると、中央で身なりと恰幅のいい男性が台に乗り、メガホンを手にした。
「探検者の諸君! 今回は集まってくれてありがとう! 私が今回の主催者、バルド・カソーニだ! 活躍には相応の報酬を支払うことを約束しよう!」
今回の依頼人……確かになんというか、金持ちそうではある。そして相応に態度も大きい、と言うのは言わぬが花か。
「すでに別の探検者が、群れをこちらに追い立てている! 君たちはこれからベスティアに出て、これを狩ればいいだけと言うわけだ! これほど簡単な儲け話はそうは無いぞ諸君! すでに過去幾度も開催されている牛狩り祭りであるが……」
バルドは台の上で熱弁をふるう。なんとなく、学校の全校集会を思い出す光景だ。それに比べると、随分人数が寂しいところではあるが。少なくともこちらも同様に、聞き流していて特に問題が無い内容のようだ……
「さらに! 何と今回、テルミナス総督、フォルティス・ミレシウス様が狩りをご参観される! 無様なところを見せないよう、一層気を張り励むように!」
総督……良く解らないが偉い人なのだろう。周りが特段ざわついたりしない辺り、少なくとも人気がある人物ではないようだ。もっとも、誰が見に来ようが報酬目当ての自分たちにとっては関係が無い、と言うだけかもしれないが。
「すでに馬車が橋で待機している! 誰が何匹倒したかは馬車ごとに計測するので、自分の馬車から降りない様に! では、出発!」
半分以上聞き流していた事前演説も終わった。集まっていた探検者全員でベスティアに続く街門を抜けると、そこには馬車が全部で6台、2列になって停車している。
「1台5人! 1台5人ずつで別れて!」
先ほど呼びかけを行っていた男に組み分けられ、自分は最後尾の馬車に乗り込む。一見荷車だが、車体や車輪は鉄で補強されており、枠も高め、引く馬は4頭。速度を出せるように作られているようだ。
「よう、短い間だがよろしくな」
「ふふ、こちらこそよろしくね」
「なれ合いか? 俺たちも獲物を奪い合うんだぞ」
「まあまあ、かといって敵同士ってわけでも無し」
「イチローです、よろしく」
同乗者は発言した順に、ニクシアンの男性マラート、日焼けした女性のカーラ、豹のような異界人ガムト、髪を緑に染めた男ポンぺオ。皆弓を持っている。やはり、弩は少数派のようだ……全員が乗ったところで、組み分けをした男が車列の真ん中で声を上げた。
「各自、荷台に載せてある壷を確認してください! 5色の絵の具が用意してあるので、自分の武器だとわかるように印をつけてください! 具体的には……」
5人で5色、それで各馬車の番号と同じ数だけ、矢に線を入れる。これで参加者30人分の見分けを付けるのだそうだ。自分は黒色、最後尾なので6本の線を入れることになった。
馬車は先頭から順に出発し、勢いよく事前に設定されている狩り場へと向かう。その間に、矢に色塗りの作業をするのだが……速度が出ているため少なからず揺れてやりづらい。
「イチロー、だったかい? あんたは何のために探検者に?」
そんな中、話しかけてきたのはマラートだ。以前会ったアルチョムと違い、その言葉は都会風というべきか、田舎っぽさが無い。テルミナスに来て長いのだろうか。
「……何、と言えるほど大したものはありません。ただ、食うためです」
「そうか……俺はな、同胞達に勇気を与えたいと思っているんだ」
「勇気?」
「そう、ただ森で昔ながらの生活をするだけではなく、こうして新たな世界に踏み出していくこともできるのだと、示したいんだ!」
何やら自分語りが始まった。理想を抱いて探検者になるという人が居ても別におかしくは無いが。それが自分の種族のためとは……立派と言うべきなのか、それとも夢見がちというべきなのか。
「語るねえ、お兄さん。それでやってることがこんな近場での金策?」
「何事も、地固めってのは大事だろう!?」
「戦士としてどれだけの力があるか。重要なのはそれだけだ」
「俺っちとしては、むしろ力がない方がありがたいんすけどね、稼ぎが増えて」
面識のない大勢と馬車で移動していると、この世界に来た時の事を思い出す……待遇は比べ物にならないが。陰鬱で、会話らしい会話も無かったあの馬車を考えれば、随分とマシになったと言えるのかもしれない。ふと空を見上げると、太陽は雲に隠れ始めていた。日差しが無くなるのはよい事ではあるが……どうにも降りだしそうなのが気にかかる。
「(雨具も持っておくべきだったかな)」
そんなことを考えながらしばらくの間馬車の揺れを耐えていると、その揺れが止まる。辺りは見晴らしのいい草原で、他の馬車もある程度距離を保って横一列になっていた。
「(ここが狩場、か……?)」
弩に矢をつがえながら背後を見ると、街からさほど離れておらず、給水塔の上4分の1程が見えている。他の四人も各々弓を構えて、あたりに視線を走らせていたその時。遠くから鈍い、花火のような音が聞こえた。少し時間を置き、また聞こえる。それは徐々に近づき……東の地平線に、明るい光が見えた。そして同時に、無数の動物が、こちらに向け走ってくるのも。そして……
「来たぞーーー!!」
馬車のどれかから、誰かが、開始の合図とばかりに叫んだ。




