六章の9 ハイド・オブ・ザ・デッド
動く死体事件の犯人……と言うよりは元凶であるイルヴァ・メスト。彼女が捕まってしまわないよう、死体を処理する方法を考えてはいるが……
「(バラバラにして三人で手分け……いや、確かあそこ、調べに行った衛兵が居た。バラバラ死体なんか増えてたら流石に怪しまれるか……)」
「あ、あの……」
「(見つかるのは覚悟で、顔を切り刻んで海に捨てる? これなら運ぶ距離は少なくて済む……第一候補)」
「そうだ、アーティファクト使って自分で戻らせたら?」
「それは……無理です、完全に壊れちゃってますから……」
「(サクラに……アルフィリアが怒るな)」
「うーん……どうしよう……こうなったら……」
「え、えっと……」
……何やらイルヴァが言いたそうにしている。人一人運搬できる体格には見えないが、何か手があるのだろうか。
「何か、考えが?」
「はい、私、付与術が専攻で……」
「付与術って……あれよね、体や物に魔法をかけて強化したり、制御したりする奴」
「だから……」
「あれ専門って、あんまり見ないんだよね。やっぱり地味だから?」
「じ、地味……けど、この人の筋力強化くらいは……」
「……人一人、持ち上げられるくらいの?」
「はい……多分」
「……わかりました、おねがいします」
「じゃ、じゃあ、ちょっと失礼して……」
イルヴァはこちらの袖をまくり、そこに何やら呟きながら、オドで図形を書き始める。
「力、力、力、力……か弱き人の身に、駿馬の脚と獅子の膂力を……」
光の色は紫……個人差でもあるのだろうか。アルフィリアのように空間に描いているのではなく、直接肌に描かれているようで、指先が細かく肌の上を這うのは少々くすぐったいが、それ以外に異常は感じられない。そのまま、両手両足に淡い紫の図形が入ったが……見た目はあまり気持ちよいとは言い難い。アルフィリアの魔法のように、事が済んだら消えてくれるものであることを祈った。
「私、付与術かけてるとこって初めて見た」
「あたしもだよ。イチロー、どんな感じ?」
「特に、何か変わったようには……それで、これをどうすれば?」
「普通に力を入れると、普段より重い物が持てたり、速く走れたりする、はずです……」
半信半疑ではあったが、件の死体に近寄り……直接ははばかられるので、ベッドシーツでくるみ、持ち上げてみる……すると、まるで布団か何かを持ち上げたように、人間の体が宙に浮いた。
「おお~」
「わ、軽々……」
「(これは……すごいな)」
腕の図形が光を放っているのが見える。サクラのそれに似ているが、これは魔法が力を発揮しているという印なのだろうか。そんなことを考えながら一歩、外へ踏み出す。足にかかる負荷はほぼ二倍になっているはずだが、そんなことは感じさせない……それどころか、体が軽くなったような感覚すらある。プールに浸かった状態から水の抵抗を取り去ったらこのように感じるだろうか……とにかく、これなら運搬は問題なさそうだ。
「では、死体を戻してきます」
「ああ、もし捕まってもあたしたちの事は喋らないでね」
「あ、イチロー……もし無理だと思ったら、死体はどっかに捨てて戻るのよ?」
「そうならないようにはしますが……わかりました」
外の様子を伺い、寝静まった街に動く物がないのを確認してから、道を駆けだす。
「(速い……!)」
自分の体が、まるで別物に感じる。一歩一歩が大きく、そして素早い。まるでネコ科の動物にでもなったようだ。もっとも速度はチーターとまでは行かない、精々全力で漕いだ自転車よりも少し早い程度だ。だが、人一人背負ってなのだから、実際には……といった所か。
通りを駆け抜ける感覚は率直に言って心地いい物だった。既に塔が真北に見えていたが、手足に疲れは一切感じられない。体が普段使っている物質とは別の何かで動いているようだ。あるいはそれが、マナなのかもしれない……
夜中ということもあって人に見つかるということもなく、街を走り通してあのマンホールの所まで戻ってきた。まず下の様子を伺ってから、死体を投げ落とし、死体置き場へと降りる。ランタンが置かれ、調べられていた形跡こそあるものの、衛兵の姿は無い。与太話と聞き流してくれていたならそれで良いのだが、さすがにそれは高望みだろうか。
「(こんな感じだったか……いや、下手に工作するとかえってボロが出るか?)」
シーツから出した死体を山の上に乗せ……そのまま撤収にかかる。試しに通路への段差をジャンプしてみたが、さすがに一跳びとはいかず膝のあたりで引っかかった。とは言え、人間離れした跳躍力だと言って過言ではない。
地上に戻ってマンホールの蓋を戻し、再び全力で通りを駆け抜ける。荷物が減ったことで速度はさらに増し、曲がった通りを走るのにはかえって速さに注意が必要になるほどだった。
「戻りました」
「早っ!? もう戻ったの!?」
イルヴァの家を出てから、体感で一時間弱。戻ってきたときには、三人は共に床の血を掃除している所だった。
「ど、どうでしたか……?」
「ひとまず、見つかってはいないはずです」
「そりゃよかった。夜中に死体を抱えて走る不審者、なんて新しい賞金首が産まれちゃう所だったもんね」
「それは……避けたいですね」
後はこの部屋の血痕を出来るだけふき取り、いかにもそれらしい言い分でベストを組合に持っていくだけ。どう言った物かと思いながらも、血を拭き取ろうと桶に付けられた布を手に取ろうとしたとき、その手に何か雫が落ちた。
「(ん……?)」
その雫は赤く、次々と桶の中に滴り落ちる。それが自分の目と鼻から出ていることには、すぐ気づいた。
「う……!?」
「どうし……ちょっ、大丈夫!?」
「目と鼻からの出血か……典型的な魔法の過剰使用の症状だね」
魔法の過剰使用、確かに魔法の力は使ったが、あれは術の使用者ではなく、かけられた対象のマナを使う物だったのだろうか……
「も、もしかして……帰りにも使っちゃった……!? マナを無駄に使わないなんて、常識……」
「イチローは異界人だから……」
考えてみれば、すべてを術の使用者が賄うより、かけられた相手にも負担させる方が、同じ負担で大勢にかけられて合理的だ。以前にした、アルフィリアとの会話を思い出す。
『マナが無くなると、一体どうなるんですか?』
『……体中から血を流して死ぬ』
視界が赤くなり、三人の顔も見えなくなる。足元がふらつき、椅子か何かに引っかかって尻もちをつく。
「あーあー、もう。ほら、手取って」
「私は……死ぬんでしょうか?」
「馬鹿ね、この程度ならまだ休めば治るわよ。このまま寝てなさい」
伸ばした手が、アルフィリアに握られ、それに引かれて部屋の隅で横になる。なんとも無様ではあるが、この状態ではどうしようもない。顔が拭かれるのを感じながら、意識は霧散していく……
気が付いたとき、目に日が当たっているのを感じた。体を起こせば、そこはイルヴァの家……椅子には座ったまま寝ているリンランの姿があった。テーブルには、例の、死体を動かすベストが無造作に置かれている。
立ち上がると、顔に何か乾いたものが張り付いた感触がある。手でぬぐうと赤黒い、固まった血が細かく崩れて床に落ちた。
「ああ、起きた?」
リンランも目を覚まし、椅子から降りて伸びをする……と同時に、外から鐘が3回聞こえてきた。
「……私が寝てしまってから、どうなりましたか?」
「どうも何も。一通り血を拭いて、アルフィリアはサクラと帰ったよ。イルヴァはまだ寝室。大して何も起きちゃいないさ」
「そうですか……」
手足を見れば、あの図形はすでに消えてなくなっていた。時間制限があったのか、それとも力を使いきった為かはわからないが。
「で、どうする?」
「ひとまず……このアーティファクトを提出して……帰って寝なおします。全身がだるいし、妙に空腹ですし……」
「魔法を使いすぎたせいだね。まあ、事件は解決したんだ、ゆっくり休みなよ」
裏に水汲み場があるのを思い出し、そこで顔を洗ってから、ベストを畳んで外に出る。歩いてみれば、実の所自分たちのアパートとはそう離れていない。精々3~400mほどだ。結局の所、昨日一日をかけて島をぐるりと一周してきたということになる。途中経過があっての事だとはいえ、元凶がすぐ近くにあったとは、何とも気の抜ける話だ……
釈然ともしない感覚を抱きながらも、いつもとは違う通りから広場へ入り、組合へ。予定通りにベストを提出するが、さすがに訝しがられるのは避けられなかった。
「ええっとぉ……では、目撃証言を追いかけて倒した……と」
「はい、その服を奪った瞬間、塵になって消えてしまいましたが……」
「うぅん……昨日賞金首指定されて今日の朝、というのは……やっぱり少し早すぎるんじゃないかなぁ、と……」
「そう言われましても……実際にそうですので」
嘘は言っていない。確かにあの死体を追いかけたし、服を脱がせたら塵になった。それが自分からやったことであり、また新たな動く死体が生まれたことは言っていないが。アーティファクトの出どころなども聞かれたが、それは知らぬ存ぜぬで通す。
「それでは、ひとまずこちらは預からせていただいてぇ、魔法的特性を精査の上、今後の動向を注視したうえで状況の沈静化が認められれば、賞金をお渡しする……ということになるでしょうが……よろしいですか?」
「はい、お願いします」
「わかりました、それではお預かりしますねぇ。戻ってお休みになった方が良いですよ? 酷い顔ですから」
一応は誤魔化しきった、と考えていいのだろうか。席を立って広場に戻り、新たな探検に行かんとする人々の流れとは反対の向きへ歩く……アパートに戻ると、サクラは小屋の中で眠っているのか、長い純白の尻尾だけが外に出ているのが見えた。
部屋に戻って、ベッドに倒れ伏す。朝まで眠っていたにもかかわらず全身が疲労感に包まれており、そのまま目を閉じた。
「(夜勤明けの気分だな……起きたら……またイルヴァの所に……)」
少なくとも、やることが少ない分帰ってすぐ眠れるというのは、いくらか気分を楽にしてくれる。そのまま疲労に身を任せ、今日二度目の眠りについた……




