六章の6 チェイス・オブ・ザ・デッド
死体置き場での張り込みのため、諸々の準備を済ませてから、死体置き場入り口の小屋で、リンランと合流する。自分たちが離れている間も、この周囲を見守っていてくれたのだろう。いつしか雲は晴れ、西に赤い陽が沈もうとしていた。
「あ、戻った……って、その狼も一緒なんだ」
「まだ子供だけど、頼りになるのよ?」
「ふーん……追跡の訓練でもしたのかい?」
「訓練したわけではないのですが……少なくとも無駄に吠えたりはしないので」
「まあ、良いけどね……こっちはこれと言って動きは無いよ。じゃあ、行こうか」
今度は自前で用意したランタンを手に、地下道を行く。死体置き場まで戻り、悪臭の中身を潜める場所について考えるが……
「……死体の山の中は流石に避けたいですね……」
「その発想が出ること自体どうかと思うわ……」
「とはいえ、遮蔽物もないし。そうなるとやっぱり……」
3mほど高いところにある通路、そこしかないという結論に至る。まず自分が昇り、壁の梯子に縄をかけてリンランが。アルフィリアも幾分苦労しながら登って来る。手を掴んで引っ張り上げ、残るはサクラ。さすがに縄を登ることはできないだろうから一度降りて縄で結ぼうとしたのだが……どうにも嫌がられる。
「サクラ、大人しくするの」
「あそこに登るまでの辛抱だから、な?」
サクラはこちら、上に居るアルフィリア、そして荷台を順番に眺め……桃色の光と共に突如駆けだしたと思うと、荷台を踏み台にして、一気に跳び上がり……
「あっ! と、と……凄いじゃない、サクラ」
そのままアルフィリアに引っ張り上げられる。体長の倍以上はある高さのはずだが、イヌ科はあそこまでジャンプ力がある物だったろうか……とにかく、これで全員登った。荷車をもとの位置に戻し、ロープでこちらも上へ。
「さて、ここからは持久戦だ。張り込みはきついよ~? 目立たないようじっと待ちながら、ジリジリと時間が無くなる歯がゆさとこの判断が合ってるのかっていう疑心、とっくにバレてて今にも後ろから……なんて暗鬼と戦わないといけないんだからね」
「経験あるの?」
「何でも屋だからね。浮気調査なんかもしたことあるよ。君もいつか頼むことになったりしてね?」
「なっ……私は、そんな……浮気とかしそうにない人選ぶし!」
「興味はあるんだ? ふふ、なるほどね」
「(緊張感無いな……)」
弩の弦を引いて、ランタンの灯りを隠し、そのまま待ち続けてどのくらい経ったか。8つの鐘が聞こえて来たところで、少しだけ灯りを出し、保存食を齧って一息つく。変わったことと言えば、死体が3つ増えたくらい。
「来ないわね……ほらサクラ、晩御飯」
「生肉、持ち込んでたんですか……蠅だらけなのに」
「だって干し肉よりこっちの方が喜ぶし……虫よけ焚いてるもの」
「ああ、さっきから腐臭に混ざってたのはそれ?」
「そ。精製したオイルをランタンで炙ると、虫が嫌がる香りを出すの」
「道理で、顔に止まらなくなったと思いました……」
「へえ……これからの時期、便利そうだね。でも匂いでばれるかもしれないからダメだよ」
「腐臭に紛れて気付かないかと思いますが……」
「閉鎖空間の匂いは散りにくいからね。油断禁物」
「うう……わかった……」
へこむアルフィリアをよそに、サクラは生肉の塊を平らげた。尻尾を振る音が、羽音に混ざる……
それからさらに時間は立ち、虫よけの効果も切れたのか再び顔に蠅が止まり始める。暗くて見えないが、アルフィリアかリンランか……体を動かしてそれを掃う気配が感じられた。鐘が9つ鳴り、このまま日をまたぐかと思われた時、下の通路にオレンジ色の明かりが見えた。
手探りで2人と1匹の体に触れる。リンランからは返答のように腕を握られ、アルフィリアは少し気の抜けた声……
「(寝てたな……)」
サクラの柔らかい毛皮にも触れ、立ち上がったのを感じたとき、その灯りの主らしき声が聞こえた。
「まったく、こんな夜更けにこんな仕事たあな」
「ぼやくなよ、金はいいんだからよ」
男2人、どうにも怪しい魔術をしに来たという様子ではない。蠅と腐臭に文句を言いながら、荷車から落ちた死体を回収して乗せはじめる。
「あれは……回収業者、という所でしょうか」
「うん、ある程度たまると、観光客が居ない時間に死体を船に積んで、沖で捨てちゃうんだ」
「そりゃ、ほっときっぱなしってことは無いでしょうけど……これじゃあ、もう今日は……」
死体が無くては現場を押さえることもできない。今回は引き上げかと諦めムードが漂い、男2人が荷車の前後に別れて死体を運び出そうとしたその時。上から何かが降って来る。
丁度死体の山の上に墜落したそれは、不自然な動きで体を起こし、その口から音を出した。
「~~~~~~」
『うわぎゃああああああああ!!?』
悲鳴と共に逃げ出す男2人。投げ出されたランタンから油が漏れ、床に火が広がる。それに照らされるのは、昨夜遭遇したあの死体……賞金首たる動く死体は、男2人を追いかけることもなく、足元にある死体に目を向ける。
「まさか、製作者でなく死体そのものが来るとは……」
「予想外だね、ここはひとまず様子見かな」
「あ……何かするみたい……!」
動く死体はその場にうずくまり……来ていた服を脱いだ。死体らしく班のある背中があらわになるが……
「え……何してるの?」
「服を脱いで……他の死体にかけた?」
「弔っている……わけではないでしょうね」
行動の真意を掴めず、その様を眺めていると……そのかけられた服が、紫色の光を発した。ただ光るのではなく、複雑な図形を描く光の線……あれは、魔法だ。
「魔法……死体が……?」
「ううん、違う……魔法は魔法だけど、あれはあらかじめ用意された魔法陣に体のマナを吸い上げられているような……」
「アーティファクト……って奴?」
動くに動けないまま、事の成り行きを見守っていると……動く死体は砂のようになって崩れ、塵の山となってしまった。
そして、一拍も置かぬ間に。死体の山の中から一体が起き上がる。服をかけられた、その死体だ。ベストか何からしいそれを着なおし、辺りをうかがう様に、荷台から降りて二歩、三歩と歩く……嫌な予感。足跡は、今自分達が居るこの通路に向いていた……つまり。
腰のポーチから矢を取り出そうとするのと、新たな動く死体が、あの素早さで目の前に立ったのはほぼ同時だった。
「(鉈に持ち替え……そもそも攻撃して意味があるのか!? 突き落として……いや、あの身体能力で取っ組み合いになれば間違いなく負ける!)」
「~~~~~~」
何を言っているのかわからない音……ではなく、あれはこの世界の言葉で『肉をくれ』という意味だ。体が変わっても思考や行動は変わらないらしい。だとするなら、もしかしたら。
「生肉! 残ってますか!?」
「え!?」
「サクラ用の生肉!」
「あ、あるけど! 何!? 本当に肉渡せって!?」
言いながらも荷物を漁るアルフィリア。いつ目の前の死体が考えを変えて襲い掛かってくるかわからない……数秒の事のはずだが、随分と長い時間に感じられる。顔の横を肉の塊が飛び、死体の胸元に当たると、死体は素早くそれを抱きかかえた。
「~~~~~」
先ほどとは違う音。そして死体は猛然とこちらに突進してきた。死体の冷たい肌の感覚、つま先が強制的に持ち上がり、体に浮遊感。咄嗟に手を前に。腕全体にかかる衝撃、連続する金属音が遠ざかる。
「イチロー! 大丈夫!?」
ランタンを掲げたアルフィリアの顔が目に入る。手を貸してもらってよじ登る間に、足音が遠ざかっていく……膝を段差の上にかけたときには、そこにはアルフィリアとサクラしかいなかった。
「リンランさんは?」
「あいつを追いかけてっちゃったわよ。見向きもせずに」
「(目標が見つかった以上こちらは用済みか……)」
「サクラにも、この梯子は無理よね……」
「仕方ありません……戻りましょう。この上は路地でした。大体の位置ならわかると思います」
通路から降りて、来た道を走って戻る。大幅な時間ロス……どころか、もう追いつける可能性は低いが、ここまで来て諦めるわけにも行かなかった。
「ねえ、さっきの聞いた!?」
「何がですか!?」
「あの死体『ありがとう』って言ってた!」
「製作者は悪趣味なようですね!」
「それだけなのかしら!?」
「すいません、後にしてください!」
息を切らせながら地上に出て、走った距離と方向、そして地上に出たときに見えていた闘技場の角度から、死体とリンランが出たであろうマンホールの位置を探る。ほぼ入れ違いの形で、回収業者の呼んだらしい衛兵が地下道に入っていったのをやり過ごせたのは幸運だった。
青い月は天頂から傾きだし、かわって赤い月がその顔をのぞかせようとしていた。青く照らされた街に混じりだす赤い光が、まるで闘技場で流された血が外に漏れ出たかのように感じるのは、つい先ほどまで血と肉の溜まり場に居たせいだろうか。少し嫌な雰囲気を感じながらも周囲を歩き回り、やがて開いたままのマンホールを見つける。周囲の様子から見ても、この下が死体置き場なのは間違いない。しかし周囲にはあの死体も、リンランの痕跡も見つからなかった。
「(石畳じゃ足跡も解らないし……どうすれば……)」
「どこ行っちゃったのかしら……ヘルバニアンは素早いことで有名だけど、あの死体も相当な物だったものね……」
地下からここまでで、タイムロスは数十分ほど。軽く2キロは移動できる時間だ。入り組んだ路地を動き回ったのであればもはや追いつく方法は……
「(……いや)」
あの酷い環境の中にあった死体、その臭いが簡単に消えるはずはない。で、あれば。
「サクラ……ここから出ている臭いを追いかけられるか?」
「やっぱり、それしかないわよね。サクラ、眠いかもしれないけど、頑張って!」
サクラは一声鳴き、マンホールの臭いを嗅ぎ始める……やはり人語を理解しているような様子だが、この際その辺りを考えるのは無しだ。あの、妙な光る服。あれが原因で死体が動いているのだとしたら、それさえ押さえてしまえば事件は解決する。もっとも、懸念がないわけでも無いのだが……
「……あの服、アーティファクト……なのでしょうか?」
「多分、そうだと思う」
「あれを……黒幕が量産しているという可能性は?」
「可能性は低い、とおもうけど……ごめん、私そっちは詳しくないから断定はできない」
「いえ、低いとわかっただけでも……」
その時、鼻を高く掲げていたサクラが吠え、通りを歩きだす。あの臭いの中に居て麻痺してしまっているのではないかと危惧したが、その心配は無かったようだ。月明りの下、目印のように桜色が光り、表通りを駆け、路地を走り、時には……
「(不法侵入……とか言ってる場合でもないか)」
「上見たらだめだからね……!」
「下着ってわけでも無いでしょうに……!」
「気分の問題よ……!」
肩車で塀を越えさせ、扉の留め金を外して店だか家だかの敷地を抜ける。寝静まったように見える街も、時折窓から明かりが漏れており、夜にも……あるいは夜だからこそ活動する人間がいることを物語っていた。
武骨な雰囲気を作り出している闘技場周りから、昼間は大勢の人でにぎわっているであろう海辺の公園や、色鮮やかな建物の間を抜ける。疾走は早々に不可能になり、小走り程度の速さでサクラの後を追いかける……向こうは一向にそのペースを乱さない……と言うよりはこちらに合わせている。野生動物は伊達ではないということか。
「ま、まって……水、飲む……」
「もう島の東側ですね……一体、どこまで……」
水筒に口を付けながら、少し前で振り向くサクラのもとへと走る。追いつきかけたところで、サクラはさらに前へ。何度も繰り返したその行為のさなか、サクラは急に立ち止まり、上を向いた。
つられて上を見るが、そこにはただ家々の屋根と青色の月が見えるばかり……その時、背後から声がかかる。
「や、遅かったね」
何食わぬ顔のリンランがそこに居た。彼女もまた、ここまで死体を追ってきたのだろうか。だが立ち止まっているにしては、周囲に死体の姿は無い。
「あ、あんた……よくも、置き去りにしてくれたわね……」
「まあまあ、周囲に敵がいないのはわかってたんだから。それに、そう。自慢のサクラがこうして連れてきてくれるって信用してたんだよ」
「よく、言うわ……」
アルフィリアの追及も、肩で息をしながらでは迫力がない……それは置いておくとして、リンランの真意は別としても、追いついたからには聞いておかなければならない。
「……あの死体は、どうしたんですか?」
「や~……それがね……振り切られちゃった」
「……私たち置いてったあげく、逃げられたんだ」
「あはは、言葉の棘が刺さるな~……あたしたちヘルバニアンは瞬発力あっても持久力がね。なんにしても、あたしも一緒に行くよ……大丈夫、もう置いてったりしないからさ!」
「(そりゃ振り切られたんだからな……)」
「良く言うわ……」
「……追跡を続けましょう」
臭いを追えるとは言え、それは時間とともに薄まっていくはず。それに来るなと言ってもついて来ればそこまでだ。追い払うわけにも行かない以上、仕方ない。結局元通り、3人と1匹であの死体を追いかけることになった……




