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底辺だけど、異世界であがき抜く  作者: ぽいど
第六章 エランド・オブ・ザ・デッド 編
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六章の4 ドント・ビー・デッド

 男の覇気に押されてか、二人の方はそのまま小走りにどこかに消え……男の視線はこちらに向く。



「で、リンラン。なんか用か?」


「まあまあ、立ち話もなんだし、上がるよ?」


「おい、それはこっちが言う台詞……まあいい、客人ともども上がりな」


「だってさ、お言葉に甘えよっか?」


「たく……」



 リンランと、この男は知り合いのようだ。もっとも、そうでなければわざわざ訪ねはしないだろうが……一応は招き入れてもらったため、その言葉に甘え、ドアをくぐる。

 建物の中は外とは違う空気が漂っていた。この辺り全体に漂う何とも言い難い臭気は消しきれない物の、中は綺麗に片付いており清潔な印象を受ける。廊下を行くとベッドが並んだ広めの部屋が一つ。その向こうの部屋に入ると、机と椅子、ベッドが一つに、棚には薬瓶らしきものが見える。医療施設だということは一目でわかった。さしずめベッドの部屋が入院病棟で、ここは診察室といった所だろうか。窓はガラスが使われており、外の空気を遮断したまま室内の明るさを確保している。



「さて、紹介するね。こいつはイチロー、駆け出しの探検者」


「やっぱり探検者か。堂々と鉈だの弩だの下げてウロウロしてる様な奴は探検者くらいなもんだからな。俺はこの診療所の責任者……と言っても俺一人なんだけどな。ドメニコ・ロランディだ」


「初めまして……診療所、ということは医者ですか?」


「まあな。薬も使うが、ここじゃもっぱら魔法での外傷治療が多い。それでイチロー、見たところ健康そうだが、どこか痛みでもするか?」


「いいえ……体は健康だと思います。おそらくは」


「実は、最近噂の歩く死体の件なんだ」


「何? それで何でうちに来る?」


「順を追って話しますと……」



 ドメニコと名乗った医者に、歩く死体と出会ったこと、賞金がかかって追っていること、その途中でリンランと遭ったこと、など……昨夜から今日までの出来事を端的に話す



「なるほどな……本当に死人が歩いてるってか。確かにこの辺じゃ道端に死体が転がってることも珍しくは無いし、ここで死ぬ奴も少なくないが……」


「その死体、そう遠くないところに埋めてるんでしょ? 誰かに掘り出されたりしてない?」


「しらんよそんなもん。俺は医者であって墓の管理人じゃない。たとえ無くなってたとしたって、野犬が掘り出したか、その辺の安料理屋で腸詰になってるかなんて知ったことか」



 さらりととんでもない事が口走られた……安くてもこの辺りで食事をするのは止めておこう。昼時ではあるが。



「じゃあ、診療記録見せてよ、死んだ人のだけでいいから。今までの目撃証言と比べてみたい」


「まったく、仕方ねえな……」



 ドメニコが立ち上がろうとした瞬間、玄関がけたたましく開かれた音がする。



「待ってろ」



 それを聞くや否や、駆け足で飛び出すドメニコ。すぐに玄関からいきり立った男の声が聞こえてきた。どこかで聞き覚えのある声のようだが……



「ここに黒髪の探検者が来ただろ! 出せ!」


「おいおい、急患かと思いきや随分と元気な奴が来たもんだ、目の具合でも悪くなったか?」


「その目をやった奴がここに入ってきたんだよ! 奴の目も抉り出してやる!」



 覚えがあるはず、以前自分を襲った路上強盗だ。



「……まずいことになりました」


「うーん、誰か居るな~とは思ってたんだけど、あの時の強盗かあ。懲りないね~」



 声は一つだけ、あの時のハイエナ男だ。一人だけなら、対処できるかもしれない。かたにかけていた弩を下ろし、弦を引いてポーチから矢をつがえた。

 この建物は、見た範囲では漢字の『山』に近い形をしている。三本並んだ中央の線がベッドの並ぶ入院病棟、左右がそれぞれ診察室と玄関。そして入院病棟にはだれもおらず、窓があるのも見えていた。



「(言い争いをしているうちに……)」



 もちろん、さっさと逃げだしてしまうと言う手もある。しかし中を調べられればそれはすぐにばれるだろうし、舗装もされていない土の上では足跡も残る。土地勘もないところを追いかけられながら逃げ回るというのは、二度したい経験ではない。



「(幸い、証人も居る……やれる!)」



 診察室から玄関の方を覗くと、やはり角でハイエナ男からはこちらは見えない。言い争いの中、足音を殺して入院病棟に入り、玄関側の窓に近づく。木のそれをそっと開け、弩を構えて外に向け……その瞬間、腹を抱えたハイエナ男が2,3歩後ずさっているのが見えた。

 違和感を覚えながらもそれに狙いをつけると、何かがその顎を掬い上げ、ハイエナ男はそのまま後ろに倒れ込んで、仰向けのまま動かなくなった。



「(……何が?)」



 状況がつかめず、ひとまず身を隠して外の様子を見ていると、ドメニコが手に身長よりも長い棒を持って、玄関から姿を現す。



「そこで頭を冷やしてな。そりゃここは怪我人病人が客だがね、だからって増やされるのはお断りなんだ」



 言い終わるとき、その視線がこちらを向いた気がした……閉まっているはずの窓が開いているのだから当然か。

 そのままドメニコは戻っていくが……



「(……今のうちにやってしまうか? いや、でも……)」



 気絶した今、正当防衛と言うのは厳しいかもしれない。ドメニコのスタンスがわからない以上、情報収集にも悪影響が出かねないし、後から通報でもされたらことだ。

 トドメを刺すのは諦めて、診察室の方へと戻る。するとリンランが棚を開け、何やら紙の束を捲っていた。



「ドメニコ、強いでしょ?」


「彼は医者なのでは……」


「別に医者が強くちゃ駄目って決まりもないからね」


「それはそうですが……」



 紙束はおそらくカルテなのだろうが、辛うじて各項目欄の名前がわかる程度で内容に関しては全く読めない。仕方なくその場でたたずんでいたところへ、ドメニコが戻って来る。



「まったく、厄介ごとを持ち込んでくれる」


「ま~ま~。そこらのチンピラなんてどうってことないって知ってるからだよ」


「こいつ……とりあえず柱に縛っておいたから、帰りも()けられるってことは無いだろ……覇気ありませんって面しておいて、なかなかどうして恨み買ってるじゃないか」


「ご迷惑をおかけしました……」


「何、偶にあることだ、気にすんな……で、勝手に書類庫を漁るんじゃない」


「いたたたたた」



 長い耳を引っ張られるリンラン。まるで小動物のような扱いだ……そして開いた棚から書類の束を抜き取り、机の上に広げる。その数はざっと20束強。



「ここ15日ほどのはこれだけだ。読み終わったらちゃんと片付けろよ」


「ありがと~。さてさて……」



 改めてその書類を読んでいくリンランだが、徐々にその眉が寄り始める。



「あまり、良くはなさそうですね」


「うーん、聞きこんだ情報と比べてるんだけどさ……どーにも見た目が一致しないんだよね」


「ここにすべての死人が集まるわけでも無いでしょうしね……」


「ドメニコ、書類隠してない?」


「ねえよ。そもそも、この辺りでその動く死体の噂は聞かないぞ。見当違いなんじゃないか?」


「ん~……けど、なんせ手掛かりがないからさ。死体が動いてるってなると、魔法から始めていろんな可能性を当たってみないといけないでしょ? まだ出所を探した方が早いと思って」



 そのまま、リンランはすべての書類に目を通したが……結局手掛かりは無かったようだ。



「だめか~。一つくらい合うのがあってもいいのに。うーん、どうするかな~」


「……目的の方から当たるのはどうでしょう」


「目的……『肉をくれ』としか言わない相手の目的なんて、どう(はか)ったものかな?」


「死体ではなく黒幕の目的ならば、あるいは……」


「ほお、イチロー……だったか。お前は黒幕が居るって考えるのか?」


「私の知人の言葉ですが……自然に人が蘇ることは無い、あるとすれば人為的な物であるか、アーティファクトによるものである、と」


「死んだ人間を蘇生するアーティファクトなんてまず無い、だから人の手によるものだってことだよね? それはあたしも考えたけど、じゃあやっぱりそんな上級魔法使って『肉をくれ』って言わせるって何、って話になるよ」


「それは、そうですが……」


「黒幕とその目的があるってのはあたしもそう思うんだけどね……」



 やはり、手掛かりが足りないのだろうか。どうにも暗礁に乗り上げた気がする……やはりあの死体を取り押さえる他ないのかもしれないが、再び遭遇するのは一体いつになることか。

 そもそも、黒幕が居るのであればたとえ今の死体を捕まえても次の死体を作られてしまうかもしれない。そしたら賞金は望めないだろう。



「うーん、せめてこう、死体の特徴とかわかればな~」


「精々、首の傷くらいですからね……」


「……え? まって、君その死体よく見たの?」


「良く、と言うほどではありませんが、目の前に立たれましたので」


「それ早く言ってよ! で、首の傷って?」



 書類を放り出し、こちらの眼前……と言うよりは足元に迫るリンラン。その背後ではドメニコが宙を舞う書類を捕まえようと手を動かしていた……



「え、ええと……首が右から半分ほど、切られていたんです」


「ザックリやられてた感じだね? じゃあそれが死因……痛い痛い痛いってば」


「そうとは限らんだろ、死体になった後で付いたかもしれねえぞ」



 リンランの耳を引っ張り上げながらのドメニコの言。それも確かにそうだ。あんなものがうろついていたら刃物で一撃食らってもおかしくない。だがせっかくの手がかり、このまま立ち消えにしたくはない。



「(何か、こう……もっとなかったか、情報は……)」



 あの、ランプの下で見えた死体の姿を思い出す。そう長い時間は見えていなかったが、弩の狙いをつけしっかりと見据えていた……筈だ。そこから、新たな何かが……



「……そうだ、血が」


「血がどうした?」


「それだけ大きな傷なのに、服には血が付いていませんでした。泥で汚れて洗った様子は無く、おそらく生前ついてから服を着せられたのではないかと」


「心臓が止まってたって、体に血が残ってれば多少は流れ出るもんね……ってことはその死体、元は殺されたものだね。致命傷はその首の傷!」


「だが、首を切ったら血が噴き出るぞ。そんな派手な殺し方になりゃ、噂になるはずだ」


「ならない場所があるじゃん」


「……ああ、そうか。あるな」


「あの、それは一体……?」


「今から行くとこだよ。ちょっと遠いから、また話しながらでいいよね? じゃあね、ドメニコ!」


「は、はい……失礼します」


「……どうせ片付けないだろうとは思ってたよ」



 足早に診察室を立ち去るリンランの後を追う。玄関脇をふと見ると、伸びたまま縛り付けられたハイエナ男、そしてそれを気絶させたと思わしき棒が無造作に置いてあった。金属製で、持ってみればかなり重い。片方には何かしらの紋章が備え付けられていて、病院よりはどこかの宗教施設にでも置いていそうだ。



「ん? 戦杖だよ。珍しいでしょ?」


「あまり、一般的ではない武器だと思いますが……ドメニコさんは何者なんですか?」


「テルミナスで他人の過去を詮索するのは野暮ってもんだよ。ドメニコは医者で、金が無くても怪我や病気を治してくれる。それで十分さ」


「そうですか……治療は、タダなんですか?」


「いや、金はとるよ? ただツケにもしてくれるし、取り立ててるのも見たことないね」


「なるほど……」


「ほら、いくよ!」



 ここと彼の事は覚えていた方が良いだろう。アルフィリアの薬も頼れるが、選択肢は多いに越したことは無い……施療院の事を胸に留めながら、スラムをリンランと共に歩く。幸い、それ以後絡まれるということやハイエナが追跡してくるということは無かった……


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